第三話 月の子守唄
今回はちょっとまったり回です。
森の夜とネイアのお話。
そして少しだけ物語が動きます。
楽しんでいただけたら嬉しいです!
「私を助けて。」
───俺たちが?巫女様を?
「はぁ?何から助ければいいんだよ?」
巫女様なんて崇められてんだ俺らじゃなくてもいいはずなのに…
「それに、なんで俺らなんだよ」
「あいつらじゃダメなのか?」
ノアは巫女を見据えた。
「き、急にすみません……」
巫女は、はっとしたように手で口元を隠し、申し訳なさそうに俯いた。
「おい、ノア一気に聞きすぎだ、ちょっとは待ってやれよ。」
ルフトは宥めるようにノアの肩を軽く叩いた。
「ひとまず、事情を聞かせてもらえるかな」
ルフトはネイアへ穏やかな視線を向けた。
「これを見てください。」
そう言うと巫女は、黄色と黒の模様が描かれた円盤を差し出した。
「なんだこれ?」
右側は黄色、左側は黒。
黄色い部分の方がわずかに大きい。
ノアは顎に手を当て、まじまじと円盤を見つめた。
「……ん?」
どこかで見たことがある気がする…
「あっ!」
「月か、これ!」
「そう、これは月の力に反応して満ち欠けを示してくれる道具、『月盤』と言います。」
「大昔、私たちの先祖がまだ地上で暮らしていた頃は、占いの道具として使われていたそうです。」
「で、これがどうしたんだ?」
ルフトは不思議そうにネイアへ尋ねた。
巫女は月盤を胸元で握りしめる。
「十日後。」
「月が満ちる時。」
巫女は俯いたまま続けた。
「私は生贄として、アルテミス様の元へ行かなくてはなりません。」
「皆、名誉なことだと言います。」
「でも私は、どうしても怖くて……」
「は?!生贄?!」
「しーっ!」
「こ、声が大きいです!外には見張りがいるのでお静かに!」
んぐぅ!
いきなり口を塞がれた。
ノアはじたばたと身をよじる。
「……もう大丈夫ですか?」
周囲を見渡すと巫女がおそるおそる手を離す。
「ぷはぁ!生贄ってどういうことだよ!」
「お前巫女様巫女様って崇められてたじゃねぇか!」
ノアは納得が行かないように声を荒らげる。
「……だからです。」
ネイアは寂しそうに笑った。
「巫女だから生贄になるんです。」
「大昔、この森ではエルフとドワーフが共に暮らしていました。」
「長い年月を共に過ごすうち、エルフとドワーフが恋に落ちることもあったそうです。」
「ですが、生まれてくる子どもは皆ドワーフの特徴を強く受け継いでいました。」
「その結果、エルフの血は少しずつ薄れ、数を減らし……やがて森から姿を消したのです。」
ネイアはそこで言葉を切り、自嘲するように小さく笑った。
「そして、エルフが姿を消した頃から巫女の儀式が始まったと伝えられています。」
「なぜ生贄を捧げるのか。なぜ巫女でなければならないのか。」
「私も知りません。」
「ただ、この森では昔からそう決められているのです。」
「だから私は、生贄になるんです。」
言い終わると巫女は寂しそうな目で外を眺めていた。
「で、お前はどうしてほしいんだ?」
ノアは巫女を真っ直ぐ見据える。
「神様をぶっ殺して欲しいのか、それともここから逃げ出したいのか。どっちなんだよ」
巫女は答えに迷うように唇を噛んだ。
「本当は……逃げたいです。」
震える声でそう答える。
「でも、私が逃げたらこの森がどうなるのか分からないんです……。」
巫女はぎゅっと服を握りしめた。
「もし皆に何かあったらと思うと……怖いんです」
「そんなこと聞いてんじゃねぇよ。」
ノアは巫女を見据えた。
「俺が聞いたのは、お前がどうしたいかだ。それだけだ。」
巫女の肩がぴくりと震える。
開きかけた口は何度も閉じられた。
言ってはいけない。
思ってはいけない。
そうやって押し込めてきた言葉が喉につかえているようだった。
やがて大粒の涙が頬を伝う。
「森がなくなってしまうかもしれない…」
「みんながどうなるか分からない…」
「それでも私は逃げたい……!」
「普通の女の子として生きてみたいんです!」
巫女は声を震わせながら叫んだ。
「だからお願い!私を助けて!」
「わかった。」
ノアは迷いなく答える。
「いいよなルフト?」
「まかせろ!」
満面の笑みで親指を立てた。
「ありがとうございます」
巫女は涙を拭い、へにゃりと笑った。
「で、助けるって言ったけど、どうするよ?」
「ん〜」
ノアは少し考えて
「特に決めてない!」
「ですよねー」
ルフトは呆れたように肩を落とす。
「ま、あとから考えればいいだろ!」「腹減った〜とりあえず飯食おうぜ!」
ガツガツ、ムシャムシャ
「お、おまえ、あのなぁ…」
ルフトは呆れたようにノアを横目で見る。
先ほどまで涙を流していたネイアも、その様子に思わず吹き出した。
「ふふっ……」
「ん? なんだよ。」
「いえ……なんだか、兄妹みたいだと思って。」
巫女は柔らかく微笑む。
「俺の方が姉て感じだろ!実際妹だっているしな!」
そう言うとノアは鼻息を荒くした。
「妹さんがいるんですか?」
「ああ、ノエルて言う妹がいんだけど今は病気で自由に動けねぇからこの旅で必ずオリジンハートを見つけて助けてやるんだ!」
「家族が…大好きなんですね。」
「あぁ!当たり前だろ!」
迷いなく答えるノアを見て巫女は少しだけ目を伏せる。
ノアは嬉しそうに語り終わると、再び食事に戻った。
「お前も食わないと全部食っちまうぞ?」
「私は大丈夫です。お二人でごゆっくり食べてください。」
二人は久々の食事を満喫し、あっという間に料理を平らげていった。
「ふぅ〜、食った食った。」
ノアは腹をさすりながら満足そうに息を吐く。
「お前すごい量食うよなぁ……」
「そうか?」
「そうかじゃないだろ。俺の分まで食おうとしてたじゃないか。」
「残したらもったいねぇだろ?」
「人の皿に手を伸ばすな。」
コンコン。
不意に扉が叩かれた。
「んんっ。」
ネイアは小さく咳払いをすると、慣れたように巫女の顔に変わる。
「入りなさい。」
「ハッ、失礼します。」
扉が開きアガメたち従者が入ってきた。
巫女の前で膝をつき深々と頭を下げる。
「もう夜も更けてきました。そろそろ客人を住居へ送り届けた方がよろしいのでは?」
「そうですね。アガメお客人を住居へ案内しなさい。」
「かしこまりました。」
「こちらへどうぞ。」
アガメは立ち上がると、出口へ向かって歩き出した。
「んじゃまた。」
ノアは軽く別れを済ませると、出口へ向かって駆けていく。
昼間の明るさが嘘だったかのように、森は深い闇に包まれていた。
その中で、空から淡い光が降り注いでいる。
「月?」
ノアは空を見上げる。
「……じゃねぇよな?」
「なんなんだ、あれ。」
「古代の遺物らしい。それ以外は知らん。」
アガメはぶっきらぼうに答えた。
「貴様ら、巫女様と何を話した。」
アガメは探るような視線を向ける。
警戒されてんな…
「別に。」
ルフトは肩をすくめた。
「外はどんなところなのか聞かれただけだよ。」
「そうか。巫女様に余計なことを吹き込むなよ。」
「ああ。」
しばらく歩くと大樹の上に簡素なツリーハウスが見えた。
「ここが貴様らの住居だ。」
「ここにいる間は自由に使ってもいいと仰せつかった。」
「うぉぉ!木の上に家がある!すげぇ!」
「フン。大人しく家の中にいることだな。」
アガメは嫌そうな顔でこちらを見ると森の奥へと消えていった。
「なぁルフト!早く入ろうぜ!」
ノアは目を輝かせながらツリーハウスを指差し、その場でぴょんぴょんと飛び跳ねている。
「はいはい、わかったよ!」
ルフトは苦笑しながら階段を上がって行った。
ツリーハウスの扉を開けると中にはベッド、タンス、長机、椅子、それに簡素ながらしっかりとしたキッチンがある。
これなら最低限生活できそうだな。ルフトは部屋を見渡しうむうむと頷く。
「すげぇぞ!ベッドがふかふかだ!」
ノアは勢いよくベッドへ飛び込み、そのままごろごろと転がる。
ノアは相変わらず新鮮な環境を楽しんでいるらしい。
「で、どうするよネイアのこと。」
「どうするって?」
「助けるって言っただろ!」
「後で考えるって言ったじゃねぇか」
「お前なぁ……」
ルフトはベッドの上に腰掛けると力なく倒れ込む。
「まぁ、とりあえずなんで生贄が必要か調べてみるしかねぇだろ」
「あとアルテミス様ってやつだな」
とりあえず方向性は決まったのか。
ルフトはぼんやりと天井を見上げる。
久々の休暇になると思ったのに、面倒ごとに巻き込まれてしまった。
「そういえばさ?」
「ん?」
「ここって風呂あんのかな?」
ノアが何気なく聞いてみた。
ぶほっ!
「あ、あんじゃねぇかな?」
なにこいつ吹き出してんだ?
「お!あったぞ!」
「どっちが先入る?」
「俺!」
ルフトは勢いよくベッドから起き上がった。
「なんだよお前も入りたかったのかよ」
「さっさとしろよな」
────ふぅ…
「久々の風呂最高だったなぁ…ノア次いいぞ〜」
「やっとかよ。て、どこ行くんだ?」
「ちょっと外で涼んでくるわ」
そう言うと風呂から上がったルフトは火照った体を冷ますため、部屋の外へ出た。
「そうか」
適当に返すとノアは風呂場へと入っていった。
ガチャ。
心地いい夜風が頬を撫でる。
見上げれば、天井のように広がる木々の隙間から淡い光が降り注いでいた。
「はぁ、いい風だな。」
風で木々が揺らめき木葉が擦れ音楽を奏でているようだ。
風に吹かれながらぼーっと森を眺めていると近くから声がした。
「ん?」
「歌声?」
声の方を見るとそこには寂しそうな顔で森を眺める少女がいた。
「ネイアか…?」
白髪が月明かりを受けて淡く輝く。
森の奥から聞こえていた歌声は、どうやら彼女のものらしい。
思わず見入っていると、
「おいルフト一人で何ブツブツ言ってんだ?」
浴室の窓からノアが顔を出してきた。
「いや、ほらあそこ。」
「あのでかい木の下にいるのネイアだよな?」
ルフトは正面にある大きな木を指さした。
「ん?ああ、ほんとだ。」
「あいつ一人で何してんだ?」
ネイアは大木の下で森を眺めながら歌っていた。
その横顔はどこか寂しげに見える。
「森のこと聞きたいし。行ってみるか?」
「すぐ上がるから待ってろ」
しばらくして着替えを済ませた二人は、ネイアの元へ向かった。
近くまで来るとさっきよりもはっきりと歌声が聞こえる。
灯りに照らされた白髪が淡く輝き、夜風になびく。
その姿はどこか幻想的だった。
「ネイア歌上手いな。」
「ひゃっ?!」
ネイアはびくりと肩を震わせ、慌ててこちらを振り返った
「お二人ともど、どうしたんですか?」
「悪い悪い涼んでたらネイアが見えたもんだから、ちょっと話したくてさ。」
そう言うとルフトはネイアの隣に座り、淡い光に照らされた森を眺めた。
「よくここに来るのか?」
「考え事があると時々。」
「ここは森が見渡せるからお気に入りなんです。」
「そっか…。」
「さっき歌ってたのは?」
「あれは私が小さい頃母がよく子守唄で歌ってくれた歌です。」
そう言ったネイアは、寂しそうな目で森を見つめた。
「どんな歌なんだ?」
「えぇとですね…」
そういうとネイアは静かに歌い出した。
月のひかりに 導かれ
小さな旅人 やってきた
月と旅人 手を取りて
森に命を 蒔いたとさ
喜び悲しみ 分け合って
二人は長く 寄り添った
月は今でも 見守るが
旅人だけが 帰らない
ネイアの歌声が止む。
木々を揺らす風の音だけが静かに響いていた。
「綺麗な歌だな。」
「ありがとうございます。」
「この歌だけが母との唯一の思い出なんです。」
ネイアは遠い日を思い出すかのように微笑みながら空を見上げた。
「そっか。聞かせてくれてありがとな。」
「はい。」
しばらくの沈黙の後ノアが口を開く。
「なあお前アルテミス様がどんなやつか知らねぇの?」
「はい。私も一度もお姿を見たことがなくて。」
ネイアは申し訳なさそうに首を振った。
「生贄の儀式の時にならないとお会いできないそうです。」
「会ったこともないやつのために生贄にならなくちゃいけないのか…」
「しかし助けようにも手掛かりがないとなぁ…」
再び沈黙が流れる。
「……ん?」
何かに気づいたのかノアが眉をひそめた。
「どうした?」
「あれ…なんか見えないか?」
森の奥で、小さな灯りが揺れていた。
「あれってアガメってやつだよな?こんな時間に何してんだ?」
「怪しいな…追うぞ!」
そう言うと三人は気づかれないように静かに後を追って行った。
しばらく追うとアガメは何もない場所で立ち止まり辺りを見渡すように視線をやる。
「この辺りは立ち入りもほとんどない場所のはずですが……」
アガメは慣れた手つきで壁の一部を押した。
──その時。
ゴゴゴゴ…。
地面が震えた。
木々の間に隠されていた岩壁がゆっくりと横へ動いていく。
「なっ……!?」
その奥には、闇へと続く石造りの階段が現れた。
アガメは迷うことなく階段を降りていく。
やがて岩壁がゆっくりと閉じ、再び森の風景へと戻った。
「ど、どうするんですか……?」
ネイアが不安そうに呟く。
「決まってる。」
ノアはにやりと笑った。
「俺らも行くぞ。」
第三話 終
ここまで読んでいただきありがとうございます!
今回はネイアとの交流が中心のお話でした。
夜の森の雰囲気や子守唄のシーンを気に入っていただけたら嬉しいです。
そして最後には森の奥に隠された謎の場所。
そこには一体何があるのか…
次回から少しずつ森の秘密に迫っていきます。
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