表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/4

2話

「ギチギチギチッ!」

 『ポイズン・センチピード』の巨大な顎が、蓮の喉元を狙って振り下ろされる。

 蓮は咄嗟に身を翻したが、鋭い脚が肩の肉を深く抉った。焼けるような激痛。それと同時に、傷口から紫色の毒が回り、視界がぐにゃりと歪む。

「がっ……、はぁっ……!」

 並の人間ならここで絶望し、動けなくなる。だが、今の蓮を動かしているのは正気ではない。

 彼は逃げる代わりに、抉られた肩の痛みを無視してムカデの胴体に飛びついた。節足の隙間に指を突き立て、外殻を無理やり剥がして、剥き出しの肉に食らいつく。

「『ドレイン』ッ!!」

 ズル、と何かが引き抜かれる感触。

 ムカデの巨躯が激しくのたうち回り、岩壁を砕く。蓮は振り落とされそうになりながらも、決してその牙を離さなかった。

《経験値を吸収しました。Lv3→Lv5》

《『毒耐性・小』を獲得。毒素を分解し、魔力へ変換します》

 どす黒かった血が、一瞬で鮮やかさを取り戻す。

 肩の傷口からは白い煙が立ち上り、新しい肉が盛り上がって傷を塞いでいく。

 一方、三メートル以上あったムカデは、まるで数十年放置された干物のように萎び、最後は乾いた音を立てて崩れ落ちた。

「……はぁ、はぁ。生き、返った……」

 蓮は壁に背を預け、荒い息を整える。

 この極限状態の中で、彼は初めて自分の内側に芽生えた「力」の正体を確認しようと、意識を集中させた。

【ステータス確認】

• 名前: 佐藤 蓮

• レベル: 12

• クラス: なし(簒奪者への変質中)

• 保有スキル:

• 『経験値強奪ドレイン』: 対象から経験値、生命力、スキル、記憶の一部を直接奪い取る。対象を殺害、または無力化することで発動効率が上昇する。

• 『自己再生・微』: 奪った生命力を消費し、肉体の損傷を修復する。骨折程度なら数分で完治可能。

• 『毒耐性・小』: 低級の毒を無効化し、微量の魔力へと変換する。

• 『硬質化・皮膚』: 皮膚の密度を一時的に高め、刃物や衝撃に対する防御力を上げる。

(これだ。この力が……俺の命綱だ)

 これまでの蓮は、ステータス画面を開くことすら苦痛だった。そこにはいつも、一般人以下の数値と「スキル:なし」という冷酷な現実が突きつけられていたからだ。

 だが今は違う。魔物を喰らうたびに、文字が、数値が、書き換わっていく。

「カトウたちは……今頃どのあたりだ。まだ十階層か、それとも十一階層か……」

 Bランクパーティの彼らなら、慎重に進めば数日はかかるはずだ。

 蓮が突き落とされたのは、その遥か下の未踏区域。

 ここから生きて帰るには、道中のすべての魔物を「糧」にして、カトウたちを追い越すほどの速度で進化し続けなければならない。

 ――ガサッ。

 再び闇の奥で気配がした。今度は、一匹ではない。

 複数の赤い目が、群れを成して近づいてくる。

 『嘆きの迷宮』中層の捕食者、『ケイブ・ウルフ』だ。

「……ちょうどいい。一匹じゃ、全然足りなかったんだ」

 蓮は、ボロボロになったシャツを脱ぎ捨て、筋肉が浮き出始めた上半身を露わにする。

 右拳に『硬質化』の魔力を込め、彼は自ら暗闇の渦へと突進した。

 一頭のウルフの首を掴み、その重さで地面に叩き伏せる。

 もう一頭が背後から飛びかかるが、蓮はそれを顧みず、押し潰したウルフの喉に直接手を突っ込んだ。

「食わせろ……もっと、もっとだッ!!」

 洞窟内に、魔物たちの悲鳴と、それ以上に不気味な「男の笑い声」が響き渡った。

 

 ――絶望のどん底で、青年は「人間」であることをやめ、「捕食者」としての産声を上げた。


ケイブ・ウルフの群れとの戦いは、凄惨を極めた。

 一頭の喉笛をドレインで枯らしている間に、別の二頭が蓮の背中と太腿に深く牙を立てる。本来なら致命的な負傷だ。しかし、蓮は苦悶の声を上げることさえ忘れ、目の前の獲物を「吸収」することに没頭した。

「あ……が、ははっ! 痛いか? 俺も痛いよ……。でも、お前のおかげで、今治るんだわ!」

 ドロリとした生命力が右腕から流れ込む。瞬時に背中の傷が塞がり、失われた血液が熱を持って全身を巡る。

 食らいつくウルフ、それを内側から吸い尽くす人間。

 どちらが魔物か分からない光景が暗闇の中で繰り返された。

《Lv12→Lv17》

《スキル『夜目・微』を獲得。暗闇での視認性が向上します》

《スキル『嗅覚強化』を獲得。血の匂いと魔力の流れを感知します》

 最後の一頭が乾いた革袋のようになって転がった時、蓮は返り血で真っ黒に染まっていた。

 立ち上がると、視界が以前より鮮明になっていることに気づく。壁の凹凸、空気の揺らぎ、そして――階層の奥から漂ってくる、ひときわ濃厚な「死」の気配。

「……いるな。このエリアの『主』が」

 蓮は、ウルフの死骸のそばに落ちていた、折れて錆びたショートソードを拾い上げた。かつてここで命を落とした探索者の遺品だろうか。

 もはや武器としての体裁は保っていない。だが、今の蓮にとっては、魔力を流し込むための「ストロー」に過ぎない。

 さらに深く、迷宮を下る。

 道中、岩場に擬態していた『ストーン・ガーゴイル』が不意を突いて襲いかかってきた。鋭い石の爪が蓮の頬を裂く。

「遅いんだよ」

 蓮は避けることすら最小限に留め、ガーゴイルの硬い腕を鷲掴みにした。

 『硬質化・皮膚』を発動させた指が、岩の肌に深く食い込む。

「『ドレイン』!!」

 無機質な石の体からさえも、蓮は「存在の力」を強引に引き抜く。

 みるみるうちにガーゴイルは白く脆い砂岩へと変わり、蓮が軽く力を込めるだけで粉々に砕け散った。

《Lv17→Lv21》

《スキル『剛力』を獲得。筋力が大幅に上昇します》

 進むほどに、蓮の足取りは速く、正確になっていった。

 生きるために、金のために、カトウたちの顔色を窺い、震えながら荷物を運んでいた頃の佐藤蓮はもういない。

 今の彼にあるのは、かつてないほどの全能感と、それを凌駕する「渇き」だ。

(足りない。こんな雑魚の経験値じゃ、あのクソ野郎たちを地獄へ引きずり下ろすにはまだ足りないんだ……!)

 通路が急激に広がり、巨大なドーム状の空間に出た。

 天井からは無数の白い糸が垂れ下がり、床には白骨化した人間や魔物の死骸が、幾重にも重なっている。

 ――キィィィィィィィィッ!!

 鼓膜を突き刺すような高周波の鳴き声。

 天井の闇から、八つの巨大な紅い瞳が蓮を射抜いた。

 

 フロアボス――『土蜘蛛つちぐも』。

 その巨体がゆっくりと降りてくる。蓮がこれまで一度も拝んだことのない、絶望的な威容を誇る魔物。

「……ようやく、まともな『ご馳走』が出てきたな」

 蓮は錆びた剣を構え、口角を吊り上げた。

 心臓が早鐘を打つ。それは恐怖ではない。

 目の前の巨大な経験値を、どうやって「喰らってやろうか」という、歪んだ歓喜だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ