表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アメ降るホシの黎い空  作者: ペーはぁど
18/23

一人目 やまないアメはなおも激しく

 先日に比べてもなお激しい雨が降る。錆の浮かんだ給水塔がその身を晒して雨を受け止めている。カンカンと音が聞こえてくるようだ。


 給水塔につながるはしごが雨に濡れている。錆びた全身を伝う雨はいつもと変わらない。


 床の上は水ばかりでもはや川のようになっていた。万が一ではあるが、足を沈めれば身体を持っていかれるかもしれない。それほどの勢いだった。



「どういうことなんだ……」



 つぶやきが雨音に負けて砕けた。


 わずかばかりの軒下に座り込み、空を見上げる。激しい雨に阻まれて雲すら見通すことができない。考えれば考えるほど答えが見いだせないでいた。



「篠崎が女……?」



 信じられない言葉が自分の口から飛び出す。


 記憶の中で彼は確かに男だった。少なくとも入社当時の名簿ではそうだったはずだ。

 それ以外に明確に確認したことはないが不自然さはなかったと思う。

 にも関わらず本人の反応からしても元々女だと言わんばかりの反応だった。



(いや、まさか……)



 ここしばらくは着ぶくれした作業着姿しか見ていなかったとはいえ、男女を間違えるようなことがあるだろうか。


 記憶とのあまりのギャップに混乱がひどい。そんなバカなと思う気持ちと本人の言葉を信じる気持ち、そのあまりの隔たりに頭痛がする。


 こんなに雨が降っているのだから、頭痛は低気圧のせいだと思いたい。



(そんなわけないんだけどな……)



 次にどんな顔をして後輩に会えばいいのだろう。

 答えの出ないまま頭の中がぐるぐると回る。


 こんなときこそ誰かに話を聞いてほしいものだが、なぜか今日に限って彼女の姿が見当たらない。いつもならとっくに声をかけてきているだろうに。



(いや、何を期待しているんだ……)



 この不思議な雨の世界とやらで出会った少女。いつしか会話をするのが当たり前の関係になっていたが、今でも名前すら知らない。


 最初に声をかけてきたのが彼女からとはいえ、名前すら聞かない関係を続けている。そんな相手を頼ろうとしてしまった自分に驚く。



(なんでこんなときに……)



 余計なことに気づかなければよかったと思ってももう遅い。

 彼女に話をするという選択肢はなくなってしまった。



(そういう意味では彼女がいなくてよかったな……)



 ぼんやりと空を見上げると、軒下から雨垂れがそうだそうだと言わんばかりにいくつも落ちるのが見えた。


 ここに来て初めてと言えるほど激しい雨にも関わらず、やはり雨水は体温を奪っていこうとはしない。そこに流れているのにまるで存在しないかのようだ。



(結局、篠崎のことはどうすればいいんだ……)



 今思えば気づかなければよかったと思う。そうすればきっと明日も明後日も何事もなく過ごせたはずなのに。

 直近で起こったことがあまりにも衝撃的すぎて何をしても忘れられそうになかった。



(何にも浮かばないな……)



 自分の仕事に没頭してしまう手もある。だが後輩を放っておいてまでしないといけないものかと言われるとちょっとだけ弱い気がする。


 もしかしたら昼食に誘われるかもしれない。そうなればいよいよ逃げ場はないだろう。



(いっそ開き直って直接聞いてみるのもありだろうか)



 あの後輩ならちゃんと話せば勘違いしていたと思われても笑って許してくれるのかもしれない。

 だけどそれ以上に夢に見た男の篠崎が頭から離れない。



「一体……どうすればいいんだ……」



 思わず漏れたつぶやきに答えは返ってこない。

 時間だけがゆっくりと過ぎていく。


 雨はなおも激しさを増していく。迷宮に入り込んだような気分だった。

 足元を流れる水の嵩が増えていく。ひとまず疑問には目を瞑って流されるままにすべきなのだろうか。



(そんなことをしたらそのうちストレスで倒れるだろうな……)



 一度気づいてしまったものを無視し続けていられるほど器用な性格じゃない。それは自分が一番よくわかっている。



(……だったら確かめるしかない、か)



 やることはとっくに決まっていた。やり方がわからないままで。


 こんなときに相談できる相手がいたらどんなに楽だろう。悩んでいることを洗いざらいぶちまけてしまえばいいのだから。



(いや……頭がおかしくなったと思われるだけか……)



 自分が相談されたときのことを思い浮かべてみる。その時はきっとこいつ疲れてるな、と思って終わりだろう。心配なら休むように少し強めに言うくらいだろうか。

 どのみち、きっとまともに取り合おうとしないだろうことだけは容易に想像できた。


 同じ状況にならなければきっと共有できないであろうこの感覚が悩みの出口を隠してしまっていた。


 もし今日、彼女がいたら。今、彼女が現れたら。

 この情けない状況の背中を押してくれるだろうか。



(何を期待しているんだろうな……)



 こんなことを思っている時点で、きっと心は決まっているだろうに。


 ザアザアと雨が降る。もしいつもくらいの雨が降っていたら、いつものように彼女はそこに立っているのだろうか。



(……一度寝るべきかな)



 踏ん切りがつかないのはもしかしたら疲れているからかもしれない。


 寝て起きたらきっといい方法が思い浮かんでいる。

 そう自分に言い聞かせると、今日はもう引き上げることにした。



「……おやすみ。多分、また来るよ」



 返事がもらえるとは思っていない。ただ、それでも挨拶はするべきだと思った。

 だから、雨音に負けるくらいに呟いただけ。



(ふふ……ええ、また。そのときはきっと……)



 背中越しに声が聞こえた気がした。

 慌てて振り返るが、当然そこに彼女の姿はない。風もなく雨が降り続いているだけ。


 ただ、少しだけ雨足が弱まっているような気がした。

 多分、それはただの気のせいだろうけど。



お読みいただきありがとうございます。

もしよろしければ評価をポチッといただけますと作者は泣いて喜びます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ