12-1 仕掛け
――王位継承前日となり、エニグマの口からアビスホールの住民に対し計画の全てが明かされる。その内容に不満が一部残ったものの、エニグマに対して反論を述べる者もおらず、最後の会議はつつがなく終わる。
「ちぇー、姉さんが出て言って俺はダメってずるいよなぁ」
「当たり前ですエボニー! 貴方にはエルフの村の番っていう役割が与えられらているんですよ! ちゃんとご主人様の言いつけを守りなさい!」
「へいへいっと」
中ボス軍団の中で最後まで残っていた姉弟の見送りも終えて、その場に残っているのは未だに不満が溜まって頬が膨らむアリアスとそれを含み笑いでもってあざけるアビゲイル、そしてこのダンジョンのマスターであるエニグマと玉座の背後に立つ少女だけとなる。
「さて、と――」
「主よ! どうしてわらわは今回出撃禁止なのだ!」
「簡単な話だ。最初の国崩しで一気に手札を見せる必要も無い。現にお前だけじゃない。アルデインにアウランティウムも控えとして居てもらう予定だ」
今回の戦いは一対多数になるのは必然であり、エニグマはそれを踏まえて乱戦で活きるモンスターあるいはボスを選抜している。アルデインもアリアスも、一対多数というよりも一対一にて本領が発揮されるボスであり、今回の戦いには向かない。その上最初から全力を出すまでもないと、ダンジョンマスターとして判断を下す。
「ベアトリスから聞いた限り、敵は精々レベル40行けばいい方だろう。そこにアウランティウムを投入しても面白くない。巨象がありを踏みつぶすだけで白けてしまうからな。それにしても、この世界に来てから戦力解析がいまいち機能していないな……」
以前に腕っぷしのあるエルフのゼルーダを計測した時も、エニグマはレベル30代とまではおおよそ特定できても、細かいレベルや能力までは見立てることが出来ずにいた。それはこの世界が「MAZE」とは違う法則で成り立っているからであろうかと、エニグマは予測をたてる。
「「MAZE」と似て非なる世界、か……まあいい。俺は俺の育ててきたモンスターを信じるだけだ」
「主よ。必ずご期待に沿いましょう」
「期待しているぞ。そしてアリアスよ」
「……なんだ」
本人曰く百年を超える時を生きてきた吸血鬼だというアリアスであるが、先ほどのベアトリスとの喧嘩といい、現在頬を膨らませている仕草といい、見た目相応の精神年齢としか思えない。が、それを口に出せば殊更に機嫌を悪くすると考えたエニグマは逆にやる気を出させるための一言を告げる。
「俺がいない間、そしてアビゲイルがいない間、このアビスホールの留守を任せられるのはお前だけだ。その意味をよく考えてくれ」
「……! 分かったぞ主よ! このアリアス、主との愛の巣を見事に守って見せようぞ!」
「愛の巣とは誰も言ってないんだけどな……」
エニグマの一挙一動に暴走する確率がずば抜けて高いアビゲイルとアリアスであったが、今回も例に漏れずに何故かエニグマが言ってもいないことをでっち上げ始める始末。
「ではわらわも持ち場に戻る! 帰りはリーパーと一緒に主の好きなメイド服で迎えてやるからな!」
「いや別に俺はメイド服が趣味って訳じゃ――って、いってしまったか」
「フン、あまりにも幼稚な思考回路ですね」
言葉の割に嫉妬心が見え隠れするアビゲイルを横目に、エニグマはそれまで玉座の後ろに潜んでいた少女に声をかける。
「エルドルウ」
その名で呼ばれた少女は静かに本来の宿主の前に立ち、そしてにっこりと笑ってエニグマにぎゅっと抱きつく。
「さて、アビゲイル。俺は今からエルドルウを身体に寄生させる作業に入る。誰も見に来させるな。それこそこの瞬間の立ち会いを任せられるのはお前だけだからな」
「ハッ!」
「特にいま匿っているエルフ姉妹とベアトリスには見せるな。場合によっては……奴らも宿主となってもらうからな」
「御心のままに」
そうしてエニグマは全身脱力して玉座にもたれかかり、そのまま目を瞑る。エルドルウはそれに対しまるで絡みつくようにして体を密着させ、そしてエニグマの服を破いて胸元を曝け出し、そして心臓に値する箇所に静かに口を密着させる。
そしてそのまま、彼女は寄生体本体の移植を始めた――
◆◆◆
――同時刻。アリアスが玉座の間を離れ、引き返せば最終面へと続く長い階段を歩いている時の事だった。
「うふふふふ、いいのよいいのよ。正直に教えて頂戴な」
「う、うるさいわね! 別にあんなのなんとも思ってないっての!」
「本当、顔を真っ赤にして可愛いわね。食べちゃいたいくらい」
そこには壁を背にして逃げ場を失ったベアトリスと、蜘蛛の足を壁に突き刺して行き場を無くした上で問いを詰めている意地悪な絡新婦の姿があった。
「それは新人いびりか? ヤマブキ」
「あらアリアス。丁度良かったわ。貴方もちょっと聞いて頂戴」
そう言って足の片側を開放し、そこにアリアスを迎え入れて改めてベアトリスへの尋問が続けられる。ベアトリスはいち早くもこの状況を抜けたい様子であったが、刃を交えずとも目の前の相手が逆立ちしても勝てない相手だということを悟ってか、額から汗を流すばかりでその場を抜け出せずにいる。
「くっ……一体私に何を求めているのよ!」
「何も求めていないわ。ただ正直になって欲しいだけよ」
「何を正直になるのだ? 此奴は見ての通り図々しいからある意味常に正直ではないか」
「分かっていないわね、アリアス。いいから私とこの子の会話を聞いてて頂戴」
そう言ってヤマブキは再びベアトリスと目線を合わせると、妖しい笑みを浮かべて同じ問いでもってベアトリスを追い詰める。
「貴方、あの神父様――アビゲイルのことが好きなんでしょ?」
「なっ……!」
その瞬間ベアトリスは頬どころか耳までも真っ赤にして言葉を失い、そしてアリアスに見られている今、恥ずかしさがさらに増して汗だくになってしまう。
「なっ、そっ、そんな訳無いじゃない!」
「いい加減素直になりなさい。あの神父様も素直な子の方が好きなはずよ?」
何かと思えば、ベアトリスがもしかしたらあの教信者アビゲイルに好意を持っているのかもしれないという話であり、アリアスにとっては何も興味を引く事が無い話題で盛り上がっていたというのである。
「何かと思えば他人の色恋沙汰か。わらわには関係がないな」
「それはどうかしら? もしこの子が神父様とくっついた時の事を考えてみて?」
一切の興味を示さずしらけ気味のアリアスであったが、それでもなお押し付けてくるヤマブキを面倒と思ったのか、ほんの少しだけ考えるために腕を組んで目を閉じる。
「うーむ……」
小娘が似非神父とくっつく→似非神父は小娘の世話で主の世話まで手が回らなくなってくる→側近の座が空く→わらわが一番の側近になる→わらわが主の一番の寵愛を受ける→わらわ大勝利!!
「――ハッ! そういうことか!」
「流石はアリアス、すぐに気が付いたわね」
ヤマブキが計画通りといった様子でアリアスと目を合わせると、アリアスはそこから態度を百八十度変えてベアトリスに取り入るように優しい言葉を次々と投げかけていく。
「なんだそういうことか! 早く言ってくれれば良いものを! このアリアスがそちと似非神父をくっつける恋のきゅーぴっととなってやろうぞ!」
「だから何なのよ藪から棒に! 別に私は、あんな神父様なんか――」
「あらそう? 良かったわぁ、だったら私が頂いても文句はないわよね?」
それでもまだ意固地になるベアトリス。ならば押してダメなら引いてみよの精神で、ヤマブキは自らが神父を狙っているかのような素振りを見せ始める。
「心配だったのよ? 貴方が本当は神父様のことを想っているんじゃないかって。でもこれでスッキリしたわ。これから私がアタックを仕掛けるけど、貴方は一切手を出さないってことで――」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! それはズルいんじゃない!?」
そして見事、引いた途端にくいついてくるベアトリスを見て内心笑いが止まらないながらも、ヤマブキは更にこう続ける。
「でもそうでしょ? あれだけ私が念には念を推して聞いたのに、違うっていうのでしょう? だったら何の心配もないじゃない」
「だから、あーもう! 分かったわよ!! 私だって神父様のことが、す、好きなんだからね!!」
「あーあ、見事に引っかかりおったわこの阿呆」
話術は無くとも人を惑わすことに長けているヤマブキの誘導に見事引っかかったベアトリスは、遂に本音を二人の前で吐露してしまう。
「何!? 悪いの!? だって、だってズルいじゃない! 洗脳を解いてくれて、しかも何もかも失って死のうとしていた私を身体を張って止めてくれたのよ!」
「その上一晩中泣いていた貴方をしっかりと抱きしめていたものね。普通なら誰でも惚れるに決まっているわ」
「ほう、やるではないかあの神父も」
「みっ、見ていたの!?」
実は念の為にとエニグマから子蜘蛛だけは放っておくようにと、アビゲイルにも了承済みで仕掛けて観察を行っていただけであったが、ヤマブキはここで思わぬ収穫を得ていたというのである。
「それから殿が新しく作って下さった別室を神父様の私室だと勘違いして色々と物思いに耽っていたことも確認済みよ」
「あぁー! あぁー!! 別の意味で死にたい!! いっそ殺して!! 殺しなさいよぉー!!」
その場にうずくまって両手で頭を抱えるベアトリスを満足げに見下すヤマブキとアリアスであったが、ここで飴と鞭といわんばかりに甘言を重ねてベアトリスを引き入れようとヤマブキは耳元で静かに囁く。
「そんな神父様の好き嫌いとか、攻略法を知りたくないかしら?」
「えぅ……そんなの、無理でしょ。神父様、あのフードの男に――」
「だからそれを振り向かせるのが女としての貴方の使命でしょ。大丈夫よ、このヤマブキに任せておきなさい」
ベアトリスが半信半疑で顔を上げると、そこには魔性の笑みを浮かべてベアトリスを迎え入れる二人の姿が。
「大丈夫。まずは軽めのアタックからいってみましょう――」




