11-11 反逆の狼煙
「……さて、と」
斥候を送り出してからすぐにエニグマの耳に届けられたのは、王位継承の噂話であった。ベアトリスをこちら側に幽閉してからわずか二日と経たない内の決定、多くの人間の考えが集まる巨大帝国とは思えない身軽さである。
「まるで一人の人間が決めているかのような独裁ぶり……ククッ、もはや隠す気すらないとでもいった様子だな」
ベアトリスが死亡する前提で動いているかのような相手の行動に思わず苦笑を漏らすエニグマであったが、彼自身もまたベアトリスが無事に洗脳解除できているかの確認をまだしていない。
しかし彼のアビゲイルに対する信頼は高く、かの神父であれば必ず彼女を縛りつける鎖を解けると確信を持って次の行動に移っていた。
「ベアトリスを幽閉して二日目……後一日もすれば洗脳も解除できる。ギリギリ翌日までにベアトリスの説得ができるかがキーとなるが、アビゲイルの手にかかれば何の問題もなく――」
「お呼びでしょうか。主よ」
「いっ!?」
玉座から立ち上がって様子を見に行こうとする前に目の前に魔法陣が出現し、うやうやしく頭を下げる神父とその背後に立つ一人の少女がその場に姿を現す。
「このアビゲイル、主より命を受け馳せ参じた次第」
「様子を見に行こうと思ったが……もう終わったようだな」
突然の出現にこける様にして再び玉座に腰を降ろすエニグマであったが、アビゲイルが連れている少女がベアトリスだと分かった途端、いつもの余裕のある笑みを口角を上げて作りだす。
「素晴らしいな、アビゲイル。その手腕は賞賛に等しい」
「お褒めいただき感謝の極み。では改めてこの娘の紹介を――」
「待て。どうせなら皆に伝え聞かせよう。その方がお前のやり遂げた事の素晴らしさも、見習うべき姿勢も示すことができよう」
「その御心づかい、アビゲイルにはもったいないです」
そうしている合間にも待ちきれないといった様子でエニグマはメニューボードを呼び出し、そして今から陽気なピアノの演奏でもするかのごとく、軽やかにアイテムを操作してこの場にエルドルウとアウランティウムを除く全てのフロアボスを集結させる。
「おおっ!? 強制召喚とは久しぶりだぞ!」
「ふふふふ、殿のあの様子、よっぽど嬉しいことがあったのね」
「稽古の途中だったが、主の命となれば仕方のないことだ」
「あー! アルデインってばそんな口利いちゃっていいのかなー?」
アリアス、ヤマブキ、アルデイン、そしてブラン。それぞれが別の用事があろうと、エニグマの命は絶対。そして最も敬愛してならない存在だからこそ、何一つ文句もなく集まっている。
「揃ったか……今回の作戦の鍵となる人物を皆に伝えておこう。アビゲイル」
「はっ。此度の帝国の乗っ取りに際し、こちら側の大義名分となりえる者を引き入れることに成功しました」
横にずれて前に出る道を空けるアビゲイルに促されるまま、帝国の姫騎士は金色の髪を揺らし一歩一歩と前にでる。
「……では、本人から直接紹介してもらいましょうか」
既にベアトリスのことを事前に知っているエニグマは、さも礼儀正しく振る舞うことを期待していたが――
「……ベアトリス=エーカー。一応、元プルーティア帝国第二騎士団団長をやっていたわ」
「……それだけですか?」
「逆にそれ以外言うことあるの? 神父様。もしかして洗脳されていて無様な姿を十年以上晒していた事とか?」
それは今までのベアトリスの性格を知っていれば、決して飛び出すはずのない言葉のチョイスであった。金のショートヘアを手櫛でサラリと後ろに流し、自己紹介にしては無作法な態度をとり、それまで敵陣であったはずのど真ん中で腰に手を当てて立っている。
横暴とも取れる態度に、最初に苛立ちの声を挙げたのはアリアスであった。
「……貴様、なんだその態度は」
「何よ」
「つい先日わらわに半殺しにされておいて、しかも主の御前で何たる無礼な態度だと言っているのだ!」
「うるさいわねおチビ。あんた子供の癖に随分と上から目線じゃない」
「なっ!? これでも貴様の十倍は生きておるぞ! 貴様の方こそ成人しておる癖になんだその反抗期の田舎娘みたいな態度は!!」
「悪かったわね! 私だって最近までの記憶全部洗脳で作られたものなんだから頭が混乱してるのよ!」
「あははははー! 二人ともちぐはぐでおもしろーい!」
ブランは単純に二人の口げんかを笑ってみていたが、エニグマはベアトリスの様子に首を傾げる。
「……うん?」
よく言えばおてんばとも取れる口ぶり。悪く言えば肉体年齢に精神年齢が追い付いていないような、遅れてきた反抗期。流石にこのまま彼女に喋らせておくのもまずいと感じたエニグマはヤマブキに仲裁に入るように指示を下しつつ、アビゲイルに一体何があったのかとこっそり伺うことに。
「一体どういうことだ? まるで十歳そこらの思春期こじらせた女の子みたいじゃないか」
「みたい、ではなくまさにその通りでございます」
「……嘘……だろ?」
現実世界での歳の離れた姪をかすかに思い出させるような反抗ぶりに、エニグマは頭を抱えた。
「アレが子供の姿ならそれはそれで許されるかもしれないが、明らかに大人だぞ!?」
「それが、あの娘が十歳のころから洗脳され続けていたせいか、あの娘の精神的な成長も止まっていたようで」
「つまり見た目は大人、頭脳は子供を地で行く感じかよ……」
エニグマは頭を抱えた。このままでは某店長ならぬ子供女王が誕生となってしまうことになる。そうなってしまえば勝手に動く子供を相手に傀儡政権を行うなど、それこそ洗脳をしなければ――
「――ん? ……それだ!」
「何がでしょうか?」
「ククククク、いや、な。やはりエルドルウを配置しておいて正解だと改めて思っただけだ」
エニグマは一人邪悪な笑みを浮かべるが、その真意はアビゲイルですら推し量ることができずにいる。
「主よ……そのお考えをお聞かせ願い――」
「ちょっと神父様! 聞いてください!」
このダンジョン内でエニグマの話を遮るような愚か者がいるであろうか。
否、これまでは誰一人としていなかった。彼女が、ベアトリスがアビゲイルとの間に割って入るまでは。
「神父様! あの吸血鬼が――」
「私と主がまだ話している途中でしょうが!!」
それまで野放しにしていたアビゲイルも看過できなかった様子で、普段から身に着けている分厚い聖書の背をベアトリスの頭に振り下ろし、強制的に黙らせにかかる。
「いいですか! 何人たりとも主の御言葉を遮る権利などありません! よく心に刻み込むように!!」
「いったた…………ごめんなさい……」
「……俺の話は後でいい。ひとまずベアトリスの話を聞こうか」
素直に謝るところなどはまさしく子供であり、そして悪気があっての行動ではなくあくまで自分本位のワガママだということを留意しつつ、アビゲイルは怒りを鎮めるように大きくため息をつく。
「ハァ……」
「聞いてください神父様! あの吸血鬼が私に意地悪をしてくるんです!」
「意地悪などしておらん! わらわは此奴が処女なのに処女ではないと言い張るから問い詰めているだけだ!!」
「えぇ……そこ重要か……?」
特に恋愛対象として見ているわけでは無く、ただ単に使い捨ての道具としてベアトリスを利用していたエニグマにとって、その情報は無駄に羞恥心を煽るだけでそれ以上の意味が無かった。
「スンスン……やっぱり処女の匂いだ」
「そもそも匂いで分かるのか?」
「何を言っておる主よ。わらわは吸血鬼だぞ? 処女の血の方がいい匂いがするし、味も良い。非常食にしては上等だ」
「非常食ではないんだが……」
元々「MAZE」が設定していた種族背景が凝っていることを思い出させる一面でありながらも、エニグマはそれとは別にして率直な疑問を持つ。
「……ということは、洗脳されておきながら誰も手を出さなかったのか? 普通洗脳されていたとするなら……そういうことが、あるんじゃないのか?」
薄い本でしか得ていない性知識を披露するエニグマに対し、アビゲイルは真剣な表情で腕を組んで考え込む。
「ふむ? 生憎私にはそうした類の人間が考える事はよく分かりません故」
「フン、下らん。処女であれば剣術が上回る訳でもあるまい。不貞を働いていないという点では騎士道に乗っ取ってはいるようだが、今俺が直々に鍛えているあの娘の方が伸びしろがある」
「貴方はその全てを騎士道に繋げる考えは止めた方がよろしいですよ、アルデイン」
エニグマを除いて特に深い興味を示すことのない男性陣に対し、ベアトリスはそれはそれで不満といった様子のようで、真っ赤な顔でありながらアビゲイルに食って掛かる。
「それはそうと! し、神父様って男なのに女のそういう事に興味ないワケ!?」
「ええもちろん。神父ですから」
「っ……じ、じゃあ今好きな人とかいるの……?」
「あっ、その質問は――」
ベアトリスが踏み抜いた地雷をエニグマが止めに入る前に、アビゲイルのスイッチが入ってしまう。
「それはもちろん!! 我が敬愛すべき御方は創造主ただ一人!!」
「い、いやそうじゃなくて神父様、好きっていうのは――」
「貴方もいずれ主の素晴らしさが分かります! そしてともに全てを捧げるのです! そうなれば貴方も主の愛を受けることが出来ますのでご安心を!!」
そうして洗脳を解く時とはまた違った意味で両肩をがっちりと掴むアビゲイルに対し、ベアトリスはひきつった表情のまま言葉を失ってしまう。
「あの子、可愛そうだわ……」
「フン、アビゲイルの前で振る話題を間違っておるからだ」
「そうじゃなくてねアリアス……まあ、いいけど」
「んん……?」
絡新婦でありながら紛いなりにも女心が分かるヤマブキと、人の姿をしておきながら全くもって他の人間の心が理解できないアリアスとの差が垣間見える瞬間であったが、エニグマはそれに気が付くことなく自分自身の気を紛らわせることも兼ねて改めて号令をかける。
「いい加減……鎮まれ!!」
「――ッ!」
「そもそも処女だ処女ではないという論争が不毛だ!! どうでもいい!! 今俺達がなすべきことは何だ!!」
「ハッ! 帝国の陥落でございます!!」
アビゲイルが即座に膝をつくと、それに続いて各フロアボスもそれぞれ敬意を払う姿勢を見せ、呆然と立っているのはベアトリス一人となる。
「貴方も膝をついて頭を垂れるのです!」
「え、えぇ……」
今までは敬意を払われていた側であったベアトリスが、初めての行動に戸惑いを示す。しかし現時点で一番信頼を置いている神父から促され、ぎこちなくもその場に膝をついて頭を垂れる。
その姿を見て半分は満足した様子のエニグマであったが、ここで表情を緩めてはならぬとしっかりと口を閉じ、そして次に開くときにはまた声に張りを持たせた言葉でもってその場の者に問いを投げかける。
「帝国の陥落……事態は一刻も無駄にできない状況だ。なんでも後三日後には王位継承の儀が執り行われるそうじゃないか。まさに我々にとって渡りの船! そう思わないか……?」
「王位継承……? 一体どういうことです!?」
エニグマからまさかの言葉が出た事にベアトリスは思わず顔を上げるが、アビゲイルはそんな彼女の頭を掴んで無理やり頭を再び下げさせる。
「二度のご無礼をお許しください、主よ」
「いや、いい。頭を上げろ、ベアトリス」
「……何でしょう」
次は神父に怒られまいとゆっくりと顔を見せるベアトリスに対し、ダンジョンの主でありそして王位継承の後押しを担う者は静かに問い掛ける。
「お前はそれでいいと思うか?」
「……それはどういう意味でしょうか」
「洗脳が解かれた今、薄々と気が付いている筈だ。お前を洗脳し乗っ取った者が、今度は帝国を乗っ取ろうとしている、と。洗脳されている時のお前はこう考えていたそうだな? 自分の手でもう一度、栄光のあの帝国を蘇らせると」
「…………」
「それは洗脳が解かれた今でも、そう思っているのか?」
エニグマからの問いに対し、ベアトリスは黙ったままだった。確かに、自分が王の座を引き継いだあかつきには立て直すことを、バシェと決めていた。自分の手でもう一度、栄光のあの帝国を蘇らせることを、幼き時に見たあの景色をもう一度見ようと、決心をしていた。
そしてその決心はバシェがいない今でも、揺らぐことは無い。
「……ええ。あの腐った国家をこの炎で火葬して、新しい国家を築けるならそうしたいわよ」
ベアトリスはそう言ってその場に立ち上がり、自分の意思をはっきりと示すかのように右手を伸ばしてその手のひらに紅蓮の炎を宿らせる。
話術でもって説き伏せる必要など無い。彼女には既に突き動かされるだけの憎しみが、怒りがその胸に灯されている。
エニグマはそれを見てまるで歓迎するかのように大きく口元を歪めて笑みを作りだすも、敢えて改めて問い直す。
「……それが、“戦火の戦乙女”としての答えか」
「いいえ。これは――」
――反逆者として、です。




