12-2 人間性
「――エルドルウの移動も終わりましたし、私も主の命の通り、休息と致しましょう」
ここ最近になって主であるエニグマから別室を与えられたアビゲイルは、その別室にて休息を取るようになっていた。それまで主な滞在場所であった玉座の間を離れ、廊下を歩いて少し離れた隠し部屋にて、許可が下りれば休息を取る。何かあれば即座に玉座の間に戻る。これがアビゲイルの現在の生活スタイルであった。
「MAZE」においても侵入者が来ない限り、配置したモンスターは休息を取ったり食事を取ったりと、至って普通の生活を行っている。人型のモンスターの多くは仮眠をとることが多いが、それもあくまで何も指示が下されていない場合のみであり、侵入者が来るとなれば即座に起き上がって行動を開始する。
「それにしても一時的とはいえあの小娘と同居することになるとは、心が落ち着きませんねぇ」
普段であれば一人でゆっくりと椅子に座って聖書を眺め、嗜好品であるコーヒーを片手に優雅に休息を取るアビゲイルであったが、この日は少しばかり違う。
「はぁ……自分の部屋だというのにノックをせざるをえないとは、難儀なものです」
自分の手によって無事洗脳を解くことができたベアトリスが、今でも自分の部屋にいる。主であるエニグマに突貫工事で別室を作って貰うように大仕事をお願いすることなどおこがましいと考えているアビゲイルは、この状況にあと数日は我慢せざるを得ないことに思わずため息をついた。
「……返事がありませんね。どうしたのでしょうか」
確か彼女は終わってからはどこにも寄り道せずに、まっすぐに部屋に戻るように指示を下されていたはず。アビゲイルは不審に思いながらも、廊下と同じタイル模様の壁に手を当て、ぐっと力を込めて扉を開いた。
「……何をしているのです?」
「えっ、あっ、いや――」
「人のベッドで寝たいのならば、せめて服を着てから寝て欲しいものですね」
アビゲイルがぼやいた通り、天蓋の付いたベッドにて一糸まとわぬ姿のベアトリスが布団を胸元まで被っている。ベアトリスはというと入ってこられて裸を見られたことに顔を真っ赤にして、その予想外の反応に更に恥ずかしさを覚えていた。
「――えっ、もしかして私が間違ってるの?」
顔を隠すために頭まで布団にくるまる姿はまるで大福のようにも見える。そして中身の餡子はというと、ヤマブキから吹き込まれた作戦が見事に外れた事に静かに愚痴を吐いていた。
「男なんてお色気で即効落とせるって言っていたのに、やっぱり神父様堅物だからそんなの効かないんじゃないの!?」
「全く。元々の文化なのか、誰かに変な入れ知恵されたのか。はたしてどちらなのやら」
妙にカンの良いアビゲイルのぼやきを布団越しに着たベアトリスは恥ずかしさを増して更に布団に丸まる様にして小さくなるが、それを横目にアビゲイルは机の上のランプに明かりをともし、代わりに天井のシャンデリアの照明を落として一人静かに読書に耽り始める。
「…………」
「……死にたい」
あまりにも生真面目、そしてあまりにも盲信的。アビゲイルにとって、主以外のモノ全てが道端に転がる石ころにも等しいものでしかなかった。唯一エニグマとかかわりのある者だけは別個として認識できるものの、それでもそれまででしかない。故にこのベアトリスも、アビゲイルにとっては何も変わらない、唯の小娘に過ぎなかった。
「……もう、寝よう」
時計も既に零時を回っている。針を同じくして昼の十二時には、エニグマが考え付いた真の王位継承が始まる。ベアトリスはその主賓であり、主催者となる存在。体調は万全に整えておかなければならなかった。
「……おやすみなさい、神父様」
寂しく一人呟くと、ベアトリスは布団から頭だけを出して静かに目を閉じる。
それからしばらくしてアビゲイルは一区切りまで読み終えたのか、聖書を閉じて机上に置き、そして椅子から静かに立ち上がってベッドの方へと近づいていく。
「すぅ……すぅ……」
既に寝息を立てて眠る少女に影を落とし、アビゲイルは静かに右手を伸ばして少女の頭を撫でる。
「明日の為に、しっかりと休息を取りなさい」
そうしてアビゲイルは静かに椅子の方へと戻ると、腰を降ろして読みかけだった聖書を再び開いたのであった。




