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11-6 分かれ道

 薄暗く見通しの悪い館内部ダンジョンを普段なら先頭立って突き進む団長が、この日はアビゲイルの後を追うように一歩一歩と着実に足を進めている。偶然にもアビゲイルが持っていたというカンテラを片手に、ベアトリスは血を塗りたくってそのまま乾かしたかのような不気味な壁に手を這わせつつ、着実にダンジョン攻略のための道を歩み続けていた。


「それにしてもダンジョンに住んでいるモンスターに止めを刺さないのですね、貴方は」

「ええもちろん。どんな畜生であろうと、生きとし生ける者を無理矢理死に導く必要はありませんから」


 無論真っ赤な嘘であり、しゅであるエニグマの命により館内全ての戦闘行為じさくじえんを任されている以上、アビゲイルに黒ゴブリンを殺すという選択肢は無くなっていた。

 本来なら徘徊しているだけの筈の者に傷つけられたことに困惑と怯えを示しながら、黒ゴブリンは傷ついた仲間を引きずって壁の亀裂へと消えていく。その姿をアビゲイルが目にするも、特に何も感じる事無く素面のまま更に先へと進んでいく。


「……凄いですね。最初の戦闘以降、モンスターの姿が見えないどころか、見つかったとしても逃げていきます」

「逃げていくなら好都合。むやみな殺生をせずに済みますからね」


 本来ならば原生するモンスターに手を出すはずのない存在から手を出され、なおかつ反撃しようにも到底かなわぬ存在となれば、さわらぬ神にたたりなし状態となるのもごく自然な事であろう。

 冒険者にとって苛烈な道中となるはずがこれほどまでに余裕綽々で通過できるなど、まさにこのダンジョン所属の者でしか成し得ないことである。


「ここは――」

「分かれ道、のようですね」

「分かれ道……!」


 そしてついに、中ボスへと続く分岐路の前へと到着する。アビゲイルはここまで予定通りと対象に背を向けたまま安堵の息を漏らし、ベアトリスはここまでの道から敢えてアビゲイルが分かれ道と口にした意味を理解すると、消えかかっていた不安感を呼び覚ましてしまった。

 それを知ってか知らずか、アビゲイルはベアトリスの方を振り返って予定通りの台詞をここで吐き、相手の様子を伺う。


「では、どうしましょうか。貴方と私、二手に分かれて――」

「い、いえ! 片方ずつ攻略してはどうでしょう!?」


 てっきりここで頷いてもらうはずの予定が、目の前の女性――否、もはや少女とも言うべき幼い思考に陥ってしまった存在が、神にすがりつくかのようにアビゲイルの服の袂を握っている。


「……どうしてでしょう? 二手に分かれた方が効率がよろしいのでは?」


 一瞬は呆気にとられたものの、ここで主の作戦を不意にしてしまう訳にはいかない。アビゲイルは何とかしてここで自分と別れさせなければならないと、話術スキルを用いた世得を試みることに。


「一体どうして、貴方ほどの方なら、帝国騎士団第二団長とあろう方が――」

「――この期に及んで、惜しくなってしまったのです!」


 話術を用いた神父の言葉を遮ってまで、ベアトリスは心の内を吐露する。既に彼女は話術などによる心境変化の前に、別の心境へと変化してしまっている。


「……命が、ですか?」


 そこですかさず、アビゲイルは別の答えを促す。そこから別の話法で導くためであった。

 対するベアトリスは堪えていた。神父の言葉に、頷いてはいけないと、分かっているからだ。

 自分の本音に、耳を傾けてはいけない。頷いてしまえば、耳を傾けてしまっては――


「私は……まだ……………………死にたくない!!」


 ――ただの生娘に戻ってしまうから。


「……懺悔なさい。話だけでも聞きましょう」


 そこから先は奈落の底へと転がり込むように、小さな亀裂から水が決壊するように、ベアトリスは己が心の内に秘めていたものを全て吐き出し始めた。


「第二騎士団――ただ単に叔父上が私を戦乙女として戦場で活躍させたいがための、お膳立てされた騎士団…………采配ミスの一つで、多くの騎士が命を落としていく。それでも私は、気丈に振る舞って、戦いに勝って、叔父上に、帝国の民に認められるような騎士団を作ったつもりだった! でも、でも――」

「……いざ自分が死と直面した途端、怖気ついた、と」


 何とも無様な騎士がいたものだと、アビゲイルは一人の女性を前に完全に呆れかえっていた。幸いにもベアトリスはその場に崩れ落ちて泣いていたためその表情を見られずに済んだものの、アビゲイルはこの時ばかりはアルデインと同様、何故このような姫扱いの騎士を仲間に引き入れなければならないのかと困惑するばかりであった。


「……しかしそれですと、貴方の為に死んだ多くの仲間が浮かばれないと思いますけど」

「分かっています……だからこそ、今度は私が……私自身が!! 足を止めてはならないのです……!」


 自分の発した言葉の意味など、分かりきっている。しかし二律背反して、死にたくないと叫ぶ幼き自分の姿もそこにある。ベアトリスはそこまで親しくなかったはずの神父に全てを吐き出しきると、唇を強く噛みしめて涙をぐっとこらえ、腰元の剣へと右手を添える。


「では、当初の予定通り、ここで二手に分かれましょう。そして再びここでおち合いましょう」

「……では、これを貴方に」


 ようやく既定路線に乗せることが出来たアビゲイルは、予定通りここで渡すはずだったとあるアイテムをベアトリスの手に握らせる。


「これは……?」

「笛です。何かがあった際にお吹き下さい」


 それは犬笛だった。人間に聞こえない音域の音も出すことができるという笛の一種で、少なくとも今渡されてどうにかなるようなものには通常考えられないものであった。

 しかしベアトリスはそれをぎゅっと握りしめると、後生大事にひもで首に下げ、胸元にしまい込んだ。


「……ありがとうございます」

「貴方にも、創造主の御慈悲があらんことを」

「……はい!」


 藁をもすがるとはまさにこう言うことであろうか。ベアトリスは犬笛を貰っただけであるにも拘らず既に救われたような清々しい表情でもって分岐路を右に曲がり、その場に残ったアビゲイルは左に――


「ちょっと待って下さい。あの小娘、たった今右に向かわれましたよね?」


 アビゲイルはこのフロアの地理情報を思い出しては、苦々しい表情を浮かべて一人呟く。


「……まあ、あの小娘がまかり間違ったことを起こさない限り、“天景の間”に続くエレベーターは閉ざされたままですからね」


 そう言ってアビゲイルは予定とは違う、リーパーが待機している中ボスへの道を振り返り、コツコツとブーツの音を立てて姿を消していった。

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