11-5 “聖騎士”アルデイン=ヴェルメリオ
「――くっ、この程度の輩に、負けてなるものかぁぁあああああああ!!」
体力も気力も削れ切っていた彼女を突き動かしていたのは、自分が唯一心の底から信頼を置ける存在だった。
第二帝国騎士団副団長、バシェ=マリエッタ。本来ならば一撃でその体力を持っていかれるはずの攻撃を持ち前の“鵜の目”で回避し、そして本来ならば決定打とならなければ通らない攻撃を“鷹の目”で押し通るその様は、アルデインの評価の通りともいえるであろう。しかし此度はあまりもの実力差を前にして、消耗戦を強いられるほかなかった。
「こんなの、あり得ない……! ただの屍鬼とは違う……!」
死してなおも聖地ガンドで剣を、槍を振るう屍騎士。その平均レベルは40、緋の館の黒ゴブリンには及ばぬものの、強者と弱者を振り分けるには十二分な強さを持つ“雑魚敵”であった。
「こんなものが、帝国にあふれようものなら……くっ!」
剣を握る手が否応なしに震える。帝国でも腕に自信がある己ですら、目の前に立っている屍四体を相手どってなんとか立ち回れている程度である。これが普通の民の前に現れたとなれば、どんな惨状が待っているであろうか。
古びた闘技場の端――崖っぷちに立たされ、あと一歩でも下がろうものならばそのまま落下死は免れないという状況の中、バシェは刀を逆手に持つという独特の構えでもって、目の前に立つ敵それぞれに威嚇するかのように刃を向ける。
「は、はは……どうやら、いつものようにはいきそうになさそうですよ、団長……!」
本格的に増援を待つまでの時間稼ぎしか方法が無いと考えたバシェは、例えこのまま串刺しにされようと、倒れる事無く立往生を果たすであろう。その様たるや、まさに東洋の“武士“に通じる精神力の高さであろう。
そしてその姿に賞賛を込めてか、本来ならばかのような序盤で出てくるはずのない存在が、バシェの目の前に姿を現す。
「なッ――」
それまで構えを取っていたはずの屍が退き、一対一の妨げとならぬように自ら闘技場の端へと姿を消していく。
「……なんで、あんたが……!?」
そうして開かれた視界の先に、白銀の騎士が降り立っている。右手に槍を握り、左手に円形の大盾を構えて、そして腰元には長剣を挿げて、フロア最強のボスが姿を現している。
「――貴様は!」
「多くを語る必要など無い。貴様は刀を手に持ち、俺は槍を構えている。それだけで十分だ」
敵同士となれば、多くを語る必要など無い。エニグマが本来設定していた登場シーンと同じように、アルデインは静かに武器を構え、その場に佇み相手の出方を伺っている。
「……そうか。そういうことか……フフフフ、アハハハハハッ!!」
そして全てを悟ったバシェは突如として壊れたように笑い、そしてひとしきり笑い声をあげた後で順手に刀を持ち直し、切っ先をアルデインへと向けて最大限の殺意を乗せてこう言い放った。
「貴様等、最初から謀っていたか!!」
「御託はいいと言ったはずだ」
バシェの言葉を遮るかのように、今度はアルデインの槍がバシェの眼前へと突きつけられる。
「――ッ!?」
バシェの目で持ってすら追えない高速の刺突。本来ならばそのまま槍を突きだせば喉笛が引き裂かれ、絶命していたであろう。しかしアルデインはそれではつまらないと槍を引き、そしてあの時と同様の台詞を吐く。
「先手を譲ってやろう。好きに打ち込んでくるがいい」
「……フッ、今度はあの時のようにはいかんぞ!」
――不思議と恐怖は消え去っていた。死すら眼前に見えるというのに、それにすら勝る騎士としての誇りが彼女を再び立ち直させていた。アルデイン=ヴェルメリオという至高の存在を前に、騎士として本気の刃を交えられる誉れを前にして、死などという些末な絶望は無に等しかった。
「貴殿には失礼にあたるかもしれないが、あたしにはまだ隠し技があることを御見知り起き頂きたい!!」
「面白い。この“聖騎士”を前にどこまで抗えるか、かかってくるがいい!!」
「ハァ――ッ!!」
満身創痍の身体を振り絞り、【高速移動】による眼前への接近。隠し技という割にはおざなりすぎる動きに呆れたアルデインは、怒声と共に一撃のもとで屠り去る構えを取る。
「貴様には失望したぞ!!」
しかしそれこそがまさにバシェにとっての狙いであり、一回限りの大勝負に賭けた勝機であった。
「まだだ!」
単純な能力差で推し量って見れば、アルデインの刺突の速度は鵜の目を上回る。それこそ意識の外で死を迎えられ、気が付けば死出の旅路を歩んでいると言ってもおかしくはない。
――しかしそれはあくまで能力の差であり、そこに思考まで加わってくればまた分からなくなる。
「見切った!!」
アルデインの持つ槍、正確には西洋の馬上槍と同形状の槍が得意とするのは刺突であり、振り回すにはあまり適していない。つまりアルデインの繰り出す攻撃は必然的に刺突の一点と推理することが出来る。更にここから刺突一撃で殺すとなれば胴体を一突きすれば十分であり、頭部など当てるのが難しい箇所をわざわざ狙う必要など無い。
鵜の目を使わずとも推理をすれば自然と狙いは絞られ、そしてそこから反撃を立てる手段も考えることが出来る。
「アルデイン! その命頂戴する!!」
右腕の稼働可能範囲からして、対面するバシェの右側にねじ込む方が刺突しやすい。ならば己はそれを回避するべく左へと避け、更に迫りくるであろう槍の切っ先から刀を当てて逸らしていけばいい。ここまでくれば鵜の目鷹の目で対応することが出来る。
バシェ=マリエッタの攻防は完璧であった。確実に刺突をいなし、逆に相手の右腕の一つは持っていける――はずだった。
「まこと、児戯なり!!」
「はッ!?」
こともあろうにアルデインは、刺突の途中から薙ぎ払いへと攻撃を変え、盾への攻撃に対して横へと身体をそらすバシェの後押しをするかのように右へと大きく槍を振るった。
「ガハァッ!?」
当然ながら、そこから先はまた能力差の世界。常人では薙ぎ払うことすら難しい馬上槍を右腕一つで軽々と扱う騎士にとって、女一人が槍に纏わりついたくらいでその振り抜くスピードが落ちることなど無かった。
幸か不幸か崩れかけではあるものの闘技場の壁に叩きつけられたことで落下死は免れたものの、もはやバシェにとって刀を握る体力すら残されていなかった。
「……ほう、まだ立つか」
「ケホッ……悪いね……最期まで付き合ってもらえるようで」
しかしそれでも気力を振り絞り、杖のように刀を支えにして、バシェは再び立ち上がろうとしていた。騎士としてではなく、戦友である者がまだこのダンジョンのどこかで戦っている。そう信じられるのならば、自分はここで死ぬわけにはいかない。ただその想いだけが、彼女をここまで駆り立てていた。
「……見事なり」
数多の冒険者が、アルデインの圧倒的な力を前に決闘を放棄した。それは騎士であるアルデインにとって、ある意味もっとも侮蔑的なものでしかなかった。いくら実力を持とうが、相手に敬意を払えぬ時点で取るに足らぬ弱者に過ぎない。
しかしこの女はどうだろうか。先の弱者とおなじ、屍鬼の前に敗れさせるには惜しい。そしてこの槍では、己が本当の武器では無いこの槍で殺すには惜しい。
「ハッ……敵に、褒められてこんなにも嬉しいとは……初めてだが……」
もはや最期。ならば介錯として、最大限の力でもって屠るのが騎士としての礼儀。
「貴様に敬意を表しよう」
アルデインが槍を地面へと突き立てる。すると万全な状態のバシェですらバランスを崩し、膝をつくほどの強大な振動が闘技場全体に響き渡る。
「くっ……ここまでか……」
「動けないだろう? そういう技だからな」
終わらぬ振動の最中、アルデインはまるで振動などはなから無かったかのようにまっすぐとバシェの下へと歩み寄り、そして腰元に挿げていた本当の武器に手を伸ばす。
「…………綺麗、だなぁ」
今から斬り殺されるであろうバシェが呟いた言葉だった。それもそうで、その刀身はサファイアのごとく澄みきって、なおかつ所持者の栄光を示すかのように妖しい蒼の光を放っている。
それは強大な魔力を秘めた、魔剣。騎士が本来行える物理攻撃だけでなく、魔法攻撃をも備えた至高の一振り。それをアルデインは両手で握りしめてゆっくりと振りかぶり、一撃の下屠り去るだけの一閃を放つ為に力を込めると、魔剣は呼応するかのように輝きを増していく。
「……さらばだ、異国の武士よッ!!」
魔剣の切っ先が、バシェの喉へと喰らいつこうとした瞬間――
「――止めだ。アルデイン」
「ッ!?」
「……えっ?」
あと一瞬でも声が遅れて届いたなら、今頃バシェの首は宙を舞っていたであろう。しかし刃は寸前で制止し、そしてそれまで戦っていた二人の視線は闘技場の別の方へと向けられる。
「ま、主!?」
「ごくろうだった、アルデイン。予定通り、無力化できたようでなによりだ」
騎士同士、誇りをかけた戦い。それに土足で踏み入ろうものなら、アルデイン程の騎士ならば即刻斬り飛ばしていたであろう。
しかし踏み込んできた者が、絶対的な存在であるのならば話は別となる。
「何故ここに!?」
「言ったはずだ、アルデイン。二人を無力化しろ、処分しろ、とな。殺せとは命じていないつもりだったが」
フード姿の男。騎士ではないとすれば、魔導師であろうか。しかしこのような優男にアルデインのような騎士の誉れが首を垂れていることに、バシェは疑問と共に不満を感じた。
「……さて、アルデイン」
「はっ」
「働き者には褒美をやるべきだ、そう思わないか?」
「……失礼ながら、それはどういう意味だ? 主」
「何、ただの取るに足らない疑問だ」
エニグマはクスクスと笑うばかりで、それ以上は話題を続けようとはしなかった。代わりに無力化されたバシェの方をちらりと見た後、再びアルデインの方へと視線を戻して再び賞賛の言葉を述べる。
「今回の働き者はもちろん、アルデインだ。他の誰でもない、お前だ」
「ありがたきお言葉」
「では、褒美だ。――何が欲しい?」
「……何、とは?」
どういう意味であろうか。この主は、自分を試しているのか。あるいは、別の意図があるのか。
「何でも、だ。お前が望むなら、それをやろう。もちろん、俺ができる範囲だが」
「ならば――」
――最高の栄光。主の元に常にいる事、主からのねぎらいの言葉こそが何事にも代えられぬ賞賛。しかし、今はそれよりも少しばかり欲を持ちたい。
アルデインは愚かだと考えた。しかし今だけは愚かでありたいと思い、主に対して一つの願いを乞う。
「……あの女を、バシェ=マリエッタを俺の下で修業させてもいいか?」
「えっ――」
「それで? ……あの女は、使えるのか?」
「必ず主の力となれるように俺が指導するつもりだ」
それこそ普段よりも深々と頭を垂れて、アルデインは懇願した。エニグマの意地悪な問いに対しても、まっすぐに答えを返した。
それを受け取ったエニグマは、誰にも見られなかったもののフードの奥で口角を上げた。
「……いいだろう」
「では……!」
「しかし、今のアビスホールにそいつを養えるほどの余裕はない。剣技以外も手伝ってもらうかもしれないがな」
「無論、このアルデインが全て指導を!」
「…………どういう、事だ?」
助かったのか、と――バシェは腰が抜けたかのようにその場にへたり込み、そして振動が収まったにも拘らず立ち上がれなかった。




