6-3 価値観調査
「――さあさあよってニャッしゃい見てニャッしゃい! 目玉商品が沢山だよー!」
プルーティア帝国内にある市場にて、特徴のある口調の客寄せの声が響き渡る。人々が顔を向けた先、そこは普段であるならば耳障りな声の持ち主が商いを行っている筈の場所であった。
「あれ? 確かあそこはこの時期ブルトムとかいう奴が店を開いているはずだったよな?」
「ああ。商売に対する態度は不愉快だが、売っている物は一流だと聞いている……」
帝国の城下町。そこは国で最も交易が盛んな場所といって差支えが無いだろう。事実そこは行き交う市民であふれかえっており、国でも最も活気づいている場所でもある。
そんな中でも行商人であれば立ち寄らないはずもなく、また旅人であれど立ち寄らないはずがない場所が一ヶ所ある。
――“そこに行けば必ず役に立つ何かが売ってある”。それがプルーティア帝国の城下町の一角にある市場の喧伝であった。
その市場であるが、普段ならば客寄せをしているのはブクブクと太った男が座り込んでいる場所が、今回は白いワイシャツの上にサスペンダーを身に着けている女性が場所を陣取っている。
「んん? 初めて見る顔だなぁー」
「売っている商品はさておき、それにしても美人だよな。ブルトムよりかは目の保養になることは間違いねぇ」
少なくとも市場の空気はサスペンダーの女性を見て歓迎とまではいかないものの、排他する気はない様子。その雰囲気を感じとって、一人ほくそ笑む者がいる。
「ククク……最初からこうすればよかったのかもしれないな」
「フロアボスの方々は喧嘩っ早いですからニャー。ご主人も気苦労しますにぇー」
積極的に接客をこなしながら店主と話す女性とは反対に、露店の奥で壁に寄りかかって座ってばかりの青年。その見窄らしい服装とフードからして売っているものもそれ相応かと思われがちであったが、道すがら店の方を見ると百人が百人二度見をしてしまうほど、不釣り合いなまでに上質な品ぞろえである。
そんな青年は含み笑いをこらえながら、客から貰った金貨を何かと見比べるかのように見つめている。
「……どうやら「MAZE」の金貨は使わない方がいいみたいだな」
「それはどういう意味で?」
「至極単純だ。金貨の見た目が違い過ぎる」
「なるほどニャー」
「MAZE」という言葉を放つところから何を隠そう、ここでブルトムの代わりに風呂敷を広げているのはブルトム襲撃を謀ったダンジョンマスターのエニグマと、第一フロアの中ボスであるメルキアであった。
エニグマはブルトムの商売道具を拝借するとともに、この街の住民の物価価値の感覚を計るためにアビスホール内の宝物庫からとある物品を売りつけようとしていた。
「おっ! そこのお兄さん! 少しばかり商品を見て行かニャいかい!?」
「ん? ……おお!? な、何だこの剣は!?」
通常の鍛造だとそれなりの練度を重ねなければならない純度の高い鉄を使った長剣。無論切れ味は言わずもがな、覆い隠そうと布を軽くかけただけでもその布をたち斬ってしまうほどの切れ味を持っている。
「切れ味鋭いこの長剣、いくらで買うかニャー?」
「これは……金貨千枚、いや二千は下らないのか……? 下手すれば家一軒建つぞ……!?」
「クククク……」
その程度の剣であれば「MAZE」ならば金貨2枚程度の値が付くかどうかだと、エニグマは口が裂けても言えなかった。
ネットゲームも年月が重なればプレイヤーが作成できる剣のレアリティの限度にまで到達する者は多く現れ、この程度の装備であれば新規プレイヤーに廃人が軽くくれてやる程度のものである。
しかしながらその程度の剣に金貨千枚も出すとなると、この国の価値観も低いレベルのものだと推し量ることができる。
「初級のダンジョンに潜り込むための備蓄食糧一式が銅貨五十枚。低レベルな革の装備一式が銀貨三枚。そして国に土地を得て、家を建てて暮らすのに金貨二千枚。各レートの交換にあたって銅貨百枚で銀貨一枚、銀貨二十五枚で金貨一枚、か……それなりの値段ってところか」
剣一振りで家一軒建つとなれば、ゲーム廃人であったエニグマのストックを考えればこの国の土地全てを買うことも不可能ではないかもしれない。
「さてさて、お兄さんは買わないのかニャ?」
「お、おいおい……俺なんかが到底手が出るレベルのものじゃねえよ……」
流石に置物にしては少々目立ち過ぎたか、とエニグマは内心この状況をよく思わなくなっていた。せっかく悪目立ちを防ぐためにただの一商人として市場に潜り込んだというのに、価値観の違いのおかげで滅多に見かけない上質な剣を売る謎の証人という噂が広まりつつある。
「これはマズイな……売り上げも悪くないうちに撤退といくか」
エニグマは一旦店終いをしようと商品を取り纏めるためにそれまで待機させておいた私兵を呼び出そうとしたが――
「おっと、これは中々の剣じゃねぇか」
突然としてエニグマの前に表れたのは、ブルトムが従えていたようなガラの悪い傭兵集団。客というよりはこの場所を取り仕切っている輩のようで、周りの商人の眼が一瞬にして他所の方へと向けられ、あくまで無関係だと装っている。
「…………」
同時にそれまで元気よく接客を繰り返していたメルキアの眼の輝きが一瞬にして消え失せ、後には敵対者を見下すような冷めた視線だけが残される。
「商人さんよぉ、これはどこの地域で鍛造したもんだ?」
「……商売上、仕入れ先を教えちゃったら商売あがったりなものでね」
「まさかてめぇ、ここの国の宝物庫から盗み取った物をここで売るなんて馬鹿な真似しちゃいねぇよなぁ!?」
「まさか、そんな事をするのであればよその国で売る方が確実でしょうに」
エニグマはごもっともな正論を吐いたが、相手にとってはそのような言い訳などどうでも言い様であり、とにかくケチをつけたがっている様子である。
「とにかくこれが国の宝物庫から盗まれていないという証拠はねぇ! 全て没収した上で検査を行わせてもらう!!」
「はぁ? 何を言ってるんですか」
流石のエニグマも的外れないちゃもんをつけられてしまっては悪態の一つもつかざるを得ない。しかしそれが今までの商人と違う態度だということに腹を立てたのか、男がそれまでポケットに突っ込んでいた手がついにエニグマの首元へと伸びようとしていた。
しかし――
「――暴力沙汰は止めて欲しいかニャって思うんだよニャー」
「なっ、がっ――い、いってぇええええええええ!?」
次の瞬間にはメルキアのブーツが男の手を強く踏みつけ、そのまま地面へと押し付けていた。
「ちょっ、これ折れた!? 折れた!?」
「指の数本が折れたぐらいでガタガタ抜かすニャー」
「指だけじゃなくて右手全体がへし折れてると思うのは俺だけか?」
目にも見えないスピード、そしてあまりにも凄惨な光景を前にして、その場にいた傭兵の取り巻きの他、周りの商人ですらその目を疑っている。
「……はぁ」
エニグマは大きくため息をつくとポケット内から魔法陣が刻まれた革製の手袋を取り出し、静かに魔法を唱えた。
「これで事態は収束するかどうか……」
しばらくしないうちに混乱の場に姿を現したのは、エニグマもよく知る帝国騎士団第十七師団所属の女騎士がその場に姿を現す。
「一体何があったのです?」
「いや、この傭兵が僕達の売る商品にケチをつけてきたもので」
現れた女騎士に向かって、エニグマはまるで知人と世間話をするかのように声をかける。
「ちょ、ちょっと待て!? この状況を見て明らかに俺の方が被害が大きい――」
傭兵の言い分など一切聞くことなく、女騎士はあくまで商人であるエニグマの肩を持つかのようにその場を取り仕切り始める。
「いいでしょう。一旦この場は私が預からせていただきます。帝国騎士団第十七師団所属、フィオナ=エンバースに」
その言葉を聞いて、エニグマは一人フードの奥でほくそ笑んだ。そして対照的に傭兵の一味の方は額から汗が止めどなく流れ始め、さっきとはまた違った焦りの表情を見せ始める。
「てっ、帝国騎士団!?」
「紋章を外していたから気が付かなかった……」
「ではあなた方は私の後をついて来て下さい。そこの商人は……店じまいを終えた後、城の方へと向かうように」
「では、おっしゃるとおりに」
エニグマはフードの奥に笑みをしまい込みながら、女騎士と共に呼び出しておいた私兵を隠していた場所から表へと出して品物を運ばせ始める。
「では、後のことはよろしく」
周囲のあっけにとられた視線とせっせと物を運び出す私兵を後にして、エニグマはメルキアと共にその場を後にすることとなった。




