6-4 潜り込む毒
プルーティア城内。客人をもてなすための部屋には装飾品がちりばめられており、内情はともかく表向きの見栄えはよくできていた。壁には誰の作品とは分からないものの豪勢な額縁にはめられた絵がかけられており、暖炉の上にはピカピカに磨き上げられた食器類がまるで家具の一部であるかのように飾り付けてある。
そんな中ふかふかのソファに腰を深く降ろす二人の商人と、反対側の椅子に座る女騎士が一人。商人側はまるで売り上げが大層よかったかのように上機嫌な表情を浮かべていいるが、対象的に女騎士の方はまるで無念の敗走をして来たかのように暗く重苦しい雰囲気を纏っている。
「……その様子ですと――」
「ああ。無論ブルトムとやらから色々と拝借させてもらった」
「となりますと――」
「ああ。奴は死んだ」
エニグマはテーブル上に出された名産品の紅茶をすすりながら、まるでご近所の戯言のようにブルトムを始末し、自らが新たな商人として成り変わった事をフィオナに伝える。
「もちろん出身地方や家族構成等、その他の調べは全てつけている。俺はブルトム=ニグルマの秘蔵の箱入り息子、エドワード=ニグルマとしてこの地で動くことになる」
ブルトムの豪邸が打ち立てられている村は全て焼き払った。一人の証人も残らぬように。一切の痕跡すら残さぬように。
「……貴方が私の前に現れてから、わずか一週間ですね」
「こう見えても行動は早い方なのでね。リスクとチャンスを放置するのは商人としても愚の骨頂だ」
エニグマにとって、これはあくまで皮肉である。が、ゲーム感覚で簡単に一つの村を消滅させる目の前の存在を前に、フィオナは思わずつばを飲み込んだ。
「…………」
「それよりも、根回しは順調に進んでいるのか?」
「出来うる限りでは」
「そうか、まあいい。いざとなったら別の手もある」
作戦の最初のステップはこうだった。まずは確実な身分を保証した上でこの国へと合法的に踏み入れるため、元々から身分がある者になり替わる必要があった。エニグマが今回たまたま目をつけたのはブルトムであったが、元をたどればこの国に出入りする商人であれば誰でもよかった。
では何故そんな中ブルトムが選ばれたのかというと、一つはそれなりに名も売れておりかつ仕入れも豊富なところからアビスホールの副産物を紛れ込ませても目立ちはしないという点。もう一つは目の前の騎士、フィオナが顔見知りだからという、二点のメリットがあるからである。
「ちゃんとうなじを隠しているか?」
「ええ……はい」
「それと、鏡のように身の回りで自分の姿を映すものは全て撤去を済ませたか?」
「それは、まだ――」
「早く捨てろ。さもないとあんたは異端者として、化物として魔女裁判なりにかけられるかもしれないからな」
――フィオナ=エンバースは今、国を裏切ってこの男の側についている。それも、吸血鬼として。
あの日吸血鬼から血を吸われて以来、フィオナはこの国唯一の吸血鬼として帝国の騎士団に紛れこんでいる。それは彼女の意思を半分尊重してであり、もう半分はエニグマにとって都合がいいという理由から。
「いいか? あくまで主導権はこっちにあることを理解しろ。その気になれば遠隔からその身を暴走させることも不可能じゃないからな」
吸血鬼――アリアスから血を吸い取られた者には三つの末路がある。一つ目は完全に血を抜き取られたことによる失血死。二つ目はとある条件から外れた場合、一般的には知性も何もない本当の意味での傀儡となり果てるパターン。
そして最後が――
「――吸血鬼としての自覚を持て。フィオナ=エンバース」
「分かっています……分かっていますとも」
特殊な条件を満たした際、知性の欠片も無いグールではなく、夜の眷属の王である吸血鬼として、新たに真祖の元に服する者となるのである。
「ククク、ならばいい。ならば上々にいい」
エニグマは口元に手を当てて含んだ笑い声を漏らし、そしてこの国の行く末を思い描いては口角を上げずにはいられずにいる。
「懐かしいな……あのイベントのようにまた参事を起こすことができるとは」
「あのイベントって……あー、アレのことかニャー」
隣に座っていたメルキアも過去での出来事を思い出したのか、感慨深いような思いを胸に抱いている様子であった。
「あの、イベントとは……? もしかして催し物のことですか?」
「……まあ、催し物といえばそうだな」
ただし参加費用として命と引き換えであるが、とエニグマは心の中で呟いた。




