6-2 どこにでもいてどこにもいない
「――とまあ、余裕だったニャー」
「よくやった。死体は全て下級悪魔に片づけさせる」
フィオナから情報を得て、エニグマ達がまず最初に目をつけたのが交易だった。
「やはり街に入るのに一番すんなりと上手くいくのが商人に成りすます手段だな」
「MAZE」においてダンジョンマスターが街に入るもっとも一般的な手段が商人である。その理由は単純なもので、ダンジョン内で死亡した冒険者の遺留品をそのまま商品として転用できる上、冒険者側としても欲しい武器や防具を売っている商人をそう簡単に疑いにかけるわけにはいかないからである。
疑いにかける時点でその商人との取引は絶対にできなくなり、かつもし有用な商人が本当にただの商人だった場合の普段の冒険への支障の大きさを考えれば、商人を異端審問にかけるという行為がいかにハイリスクなのか、考えずとも理解できるであろう。
今回も本来ならば手持ちの遺留品を売りに行ってもいいのかもしれないが、その場合国に普段から流通しているものとの価値がかけ離れているとなれば悪目立ちをしてしまうだろう。
「それにしてもすばらしい腕前です、メルキア。商人も全て馬車から引き離し、馬車には血糊一つ残さないとは」
「神父様に褒められたニャー。珍しいこともあるもんニャね」
そうして照れ隠しという訳では無いものの後頭部を爪でぽりぽりと掻くこの女性、この女性もまたエニグマの忠実な僕の一人であり、第一フロアに中ボスとして君臨する“水先案内人”の正体でもあった。
「メルキア=アクロマティック。今回の任務、慣れぬ土地でありながらもよくぞ全うできたな」
「まっ、ご主人の為ならこれくらい簡単ニャすよ」
どこにでもいて、どこにでもいない。それが“深い森”の構成テーマと上手くマッチングさせる育成方針であり、メルキア=アクロマティックの真骨頂を表していた。
「それよりご主人、ご褒美は――」
「この程度の働きで褒美を得ようとするその浅はかさは矯正するべきですよ。メルキア」
「あちゃー、神父様の前で言うべきじゃニャかったかニャー」
この中ボス、普通に立っていれば凛々しくも美しい男装をした美女であるが、ひとたび口を開けばかのブランノワールよりも少しだけ精神年齢が高いだけの幼稚な存在である。
「それじゃ、神父様のいニャいところでニャンゴロと――」
「それ以上不埒な真似を口にするのであれば、先に貴方を浄化する必要が出てきますね」
「止めておけアビゲイル。どうせ真面目に放った言葉では無いだろう」
「結構本気なんだけどニャー」
メルキアは苦笑いを浮かべた後に、次の命を遂行するべくその場から徐々に徐々にうっすらと姿を消していく。
「……ではまた明け方に」
「ああ。今回の襲撃で傭兵のレベルも分かったし、俺とお前でも十二分に退路も確保ができる」
「まぁ、流石のメルキアでも間違いは起こすことは無いでしょう」
「すまないな、アビゲイル。現時点ではアビスホールの全体の守護として一番動けるお前に残ってもらわないと、帰る家が無いとなったら困るからな」
「このアビゲイル、主の御帰還の際に万全が尽くされているように動く所存です」
「それならば大丈夫だな。期待しているぞ」
「ハッ……!」
期待している――その言葉の意味は重い。アビゲイルは自分に全幅の信頼を寄せていただいているということに深い歓喜を感じながらも同時にこの重たい使命を任せられてもらえるということに誇りを持つようになり、思慮深き主の意に沿うためにより一層の働きを誓った。




