1.外敵
結晶星都ジオ・ハモニカ中央市 《マーテル・ナイン》第四環区にて、火災が発生。現場には部隊数にして10、分隊50、司令部及び治療班を含め総員500名からなる円環防衛隊の隊員たちが対応に当たっていた。
封鎖された建物の窓から盛る火柱は衰え知らずで、昇天する龍の如く煌々と明滅を繰り返す。
施設は円環奏府付属の結晶化技術研究機関の一棟であり、提出された関連資料には石英鉱の簡易加工場として使用中との記述が為されていた。同付の図面によれば施設工場練は地下にまで伸びており、出火元としての可能性を示唆している。
なんてことはない、よくある施設事故の一件である。不可解な点は別にあった。
――可及的速やかに消火活動に当たり、施設周囲半径3アークス圏内に渡って敷かれた規制調査網内には、関係者以外何人たりとも侵入を許さず。
各隊員たちに告げられた通達は、たったそれだけ。
幸いこの第四環区は住民の暮らす市街地では無く、奏府や関連機関の要所が集うルチア・アクシス社会の中央官界たる地域なので、人民救助、避難の手間が省けるのはありがたい。
だが……。
「変だ、何かが」
防衛隊の一分隊長。若い身でありながら優れた観察眼と正義感を持つ彼は、将来を希望視された者のひとりであった。――あるいは彼の能力は時として、優れ過ぎた。
なぜ消火活動と規制のみのために、500人にも及ぶ大部隊を動かす必要があるのか。
本来、ここは円環奏府直轄の重要区画だ。関係者以外の侵入を阻止する必要などこれっぽっちもない。此処に来ることが出来るのは、そもそも関係者のみに限られるのだから。これでは……。
――これではまるで、大規模戦闘を想定した前線部隊導入のようではないか? ――
ひとたび浮き上がった疑問は彼の中でさらに大きく膨らみ、やがて破裂した。
「各員、消火止め! これより我ら第24分隊は二手に別れ、ひとつは作戦本部へと帰還、ひとつは施設内の調査と人命救助活動へ移行する」
「分隊長、施設内への侵入は規制されているはずでは?」
「悪い予感がするのだ。結晶化製造ラインにおける中規模火災程度の騒ぎで、区画一つを閉鎖などするだろうか? 一班は本部と合流次第伝えろ、この事故は第二、第三次の被害を誘発する危険があると。行け!」
火の子となって降り注ぐ結晶残滓が煤となって隊員たちの顔を汚す。強い意思の力で彼らを率いる分隊長の檄に、4人の隊員たちは敬礼でもって応え、二手に別れ行動を開始した。
勇猛果敢であり自らの正義を貫こうとした彼と、その彼に同調した隊員たち全員が死亡したのはそれから5分と経たずの、あまりにあっけない悲劇だった。
阿鼻叫喚の悲鳴が谺する。施設から立ち上る火柱は勢い止むことなく、結晶の連なる星都の夜空を紅蓮に焦がしていた。
二手に別れた『分隊』の片班が、作戦本部のもとに辿り着いた時点で既に、司令室の士官を含め生き残った者は存在しなかった。
ただ代わりとでも言うように、そこに『それ』は居た。
背中から覗く4対の純白たる翼。ヒトの手足と同様の形をした無数の肢を生やし、夥しきそれらは地虫のように身体をうねらせ地面を這っている。
頭部に開口した巨大な咢が隊員の身体を貪り、鉄を腐らせたような鈍い赤色の液体を撒き散らし、肉と骨を同時に頬張り喰らっていた。
「ば、ばけも……っ」
そう叫ぶよりも先に、背後から襲われた隊員がひとり喰われた。
異形の怪物たる者たちの体躯は、ヒトのそれと差して変わらない。長く伸びた美しい金色の髪はハモニカ人女性の特徴であるし、腕と脚の数は違えど、成長過程と思しき乳房が確認出来る。生殖器の位置にあるのも、ヒトの女性器のそれだ。
つまり、この怪物は『少女』と称して間違いない。だが、これが『少女』であれば足が6本、7本と生えてはいないし、無論竜鬼種でもない限り羽など付いているわけもなく……ましてやそうであっても頭部には目も鼻も無く、それらを補って余りある面積の大きく裂けた口だけを有する生命体など、『怪物』であって然るべきなのである。そもそも『これ』が生命体であるかどうかすら、彼らには判別など出来やしなかった。
少女の姿を象った怪物はさらに数を増やし、仲間たちを次々と捕食していく。剣を抜いて応戦する者、泣き叫び逃げ出す者、ただ茫然と喰われるのを待つだけの者。その尽くが、虚しくも遠慮の知らない少女たちの餌食となっていった。
かろうじて、ただ運が良かっただけという理由で未だ生存していた隊員は、分隊長の言葉を思い返す。
――結晶化製造ラインにおける中規模火災程度の騒ぎで、区画一つを閉鎖などするだろうか?
少し冷静に考えてみて彼は辛辣な表情で独り笑い、独り納得した。
……『肉の壁』、か。
自分たちの役割は外から来る部外者を排除するのではなく、こいつらを外に出さないための時間稼ぎに過ぎないのだと。だから、何も知らされなかった。そう考えれば合点が行くし、笑いもする。
最初から使い捨ての盾として出動させられたのなら、諦めも付いた。防衛隊に所属した時からいつかは死ぬものだと考えていたし、自分がおとりとなることで救われる命があるのなら、それも己が信じるカルネア神が示した使命なのだろう。ただその事実があまりにも唐突に、極めて不可解に訪れたことが、どうしようもなくおかしく思えてならなかっただけなのだ。
そうやって観念した自分を待っていたのか、少女の一体が男に顔を向けた。今にしてみれば、なるほど、彼女の姿は神話に出てくる天使の姿にそっくりだった。
無数に蠢く肢を用いて、少女は突進してくる。……これでおしまいか。
ふと、どこからか男には訊きなれない言語で紡がれる、唄のような声が聴こえた。
Живущии во стране и сени смертней,
(死の蔭の地に居る者や)
свет возсияет на вы:
(光は爾等を照らさん)
Яко с нами Бог.
(神は我等と偕にあり)
次の瞬間、異形の少女は男の目の前で真横へと吹き飛んだ。
千切れた多数の四肢が宙を舞い、上半身は跡形もなく消し飛び、残った下半身がびちびちと身悶え、やがて体機能を停止した。
またしても運良く生き延びた男の身体は疲れ果て、座り込んだ足腰は立ち上がることすら出来ない。
見上げた先に、煌々と燃える星空を背負う数人の人影が見えた。そのどれもが機械仕掛けの武者と見紛う重厚武装を施しており、自らよりも巨大な武器を掲げている。
その内のひとり、唯一武器を持たない黒髪の男が近付いて来る。黒髪、ということは蒸気人だろう。表情を見るに、歳は部隊員の男よりも若い。少年、としてもいいくらいだった。
武器も持たず、武装もしていない彼の胸元には、『EK』という文字を象った紋章が施されていた。
「――機鋼使徒……っ」
方舟教団直属、神をも殺すとされる戦力を保持した特殊部隊、機鋼使徒、通称『EK』。生ける伝説と呼ばれ、存在自体がまことしやかに噂されることもある最強の戦闘教徒たちが、応援に駆け付けてくれた。そうか、このための時間稼ぎだったのか。
自分は救われた、生き残ったのだと、男の瞳には無意識に涙が溜まっていた。
機鋼使徒の少年が手を差し伸べ、男は神に祈る様に少年へと手を合わせた。
「おお、信仰深いカルネアの兄弟よ! 神は私を見捨てず、使徒を遣わされたのだな!」
少年の指先が男の額に触れ、そのまま鷲掴んだ。困惑する表情の男に少年は告げる。
「お疲れさん、あんたはよく頑張ったよ。……だからもう、休んでいい」
返答を待たずして男の意識は途切れ、それから二度と戻る事はなかった。
――機鋼使徒へ、戦況を確認。報告求む。
――施設周辺の防衛を担当していた部隊は壊滅。接触者一名を浄化。汚染区画の処理を続行。
――教団は対象を『外敵』と認定。繰り返す。教団は対象を外敵と認定。
――了解。殲滅作戦開始の許可を待つ。
――殲滅作戦開始、許可。光が汝らを照らさんことを。
――作戦開始、了解。神は我らと共にあり。
劫火に包まれた中央に、漆黒の鎧を纏った男がゆったりとした動作で歩み出た。
「これより該当地域の『外敵』殲滅作戦を開始する」
辺りを囲む機鋼使徒たちは、僅か5名。皆、黒黙たる男の指示に必要最低限の所作で頷いた。
今、こうしている間にも異形の少女たちは増殖を続け、僅かに逃げ惑う者たちを己が先にと捕食し続けている。そこには果たして露程も容赦は無く、完膚なきまでに慈悲は無い。
絶対的上位者。故に敵は天使と呼ばれていた。
だが、此処に集った6人は神をも屠る兵だった。500のヒトが、『たった一匹の天使』に敵わぬならば。『たった数十の天使』が、この6人に勝る道理は皆無である。
「しつもーん。万が一に、さっきみたいな生き残りが居た場合はぁ?」
場に似つかわしくない高い声が響く。が、他の使徒は一々反応など示さない。
先頭に立つ使徒が応じた。
「須く――『外敵』諸共、一切を浄化せよ」
殲滅作戦とは、文字の如く。
天使もヒトも、例外無く。
鋼鉄の聖職者によって、断罪されることを意味していた。




