―帰り道だけ彼氏面―・上
告白のあと、二人は恥ずかしそうに手をつないだ。
恋人つなぎのまま、教室棟へ向かう。
渡り廊下の向こうに人の気配を感じた瞬間、絡めた指がほどけた。
ほどけた方の手だけが、まだ温もりを覚えていた。
保健室の机で、お弁当を広げた。
まなが張り切って作った二人分。
陸の好みを思い出して、和惣菜寄りにしてある。
「あ、そうだ。
母さんにこの前の話をしたら、卵焼きだけ作ってくれた」
陸がタッパーの包みを取り出す。
「わ、嬉しい!
あんな風にどうやったら作れるのか、研究しないと!」
陸が包みを開いたとき、ひらひらと中から紙片が落ちた。
「なにか落ちたよ」
まなが拾うそれを、陸が不思議そうに受け取る。
「なんだろう?」
付箋には、卵焼きのレシピが丁寧な文字で書いてあった。
「これ、母さんの字?
相手、女の子とか何も言ってないのに、なんで……!」
裏技付きのレシピメモ。
それを”息子の彼女”に教えてもいいと思ってもらえたのが嬉しかった。
「この付箋、貰ってもいいですか?
早速今日から練習してみるね」
せっかく彼の母が大事なレシピを託してくれたのだから。
期待に応えるためにも頑張りたい。
「別に母さんと同じじゃなくてもいいよ。
まなが作ってくれるだけで嬉しい」
陸の声が、甘い。
元々やさしくて柔らかい話し方をする人だが、今は輪をかけて甘かった。
まなの声も、合わせて少し上擦る。
「……俺、誰かと付き合うとか、初めてで」
「……私も、だよ」
驚いたように陸がまなを見る。
「本当に……? 中学とかでも……?」
何故”ハズレ枠”の私にそれを聞くのか、まなは不思議だった。
「私がいいっていうのは……物好きだよ」
その言葉にはまな自身を刺すトゲが含まれている。
「……まなは、かわいいよ。
三つ子だから目立つのもあるけど、……喋りやすいとかで、その……まなは人気あるよ」
(まぁ、三人”同じ顔”だものね)
「……ありがとう」
空虚な響き。
「俺は、まなが好きだよ」
「私も、陸くんが好き」
ただ、彼に好きと告げる声だけは、たくさんの気持ちが詰まった、本物だった。
翌日のLHR。
担任がプログラムの書かれた紙と共に、ホワイトボードに『体育祭』と大きな文字を書く。
配られたプリントの文字を追う。
組分けは、縦割りのクラス。
学年は違ってもクラスは同じC組の陸とは、同じ組になる。
(ちょっと、嬉しい……かも)
担任が新品の鉢巻を配る。
「毎年のことなので、一応伝えておきますが」
担任の前置きに、みんなが顔を上げた。
「鉢巻を交換しあうときは、同じ色同士で。
恋愛は、同じ組同士でお願いします」
最後の一言にクラスがどっと沸く。
そんな中、すっとまっすぐに手を伸ばして「先生」という声が響いた。
「どうした、日高」
「鉢巻ですが……。
俺、すでに赤色持ってるんで」
宣言するように掲げた鉢巻に、周りがざわついた。
「確かに、うちのクラスは配り忘れて他クラスより一日遅かった……。
日高、仕事早いな!」
担任の暴露か日高くんの行動のせいか。
クラスがまた笑いに満ちた。
隣の席に座る彼が持っている鉢巻の端っこが、チラリと目に入る。
疑いようもなく、はっきりと姉の名前が記されていたことが、素直に羨ましかった。
「日高はまぁ、仕方ない!
競技中だけは、なんとか黄組ってわかるようにしておくように!」
「来年は、同じ進路同じ選択科目なので、同じクラスですから」
決定事項のように言う彼に、またクラスに動揺が走る。
日高くんは、照れもなく当たり前のように先生に告げていた。
先生も、さすがに空笑いだ。
「みんな同じ鉢巻なので、今記名をしておくように」
同時にマジックも回されて、みんなが記名していく。
まなも端っこに小さく名前を記入した。
この鉢巻を、交換できたらいいのに。
日高くんの行動と担任の言葉ですっかりその気になってしまった。
だが、言い出すハードルは高い。
きっと、陸はこの交換文化については知っているだろう。
陸の方から言ってくれないかな、とちょっと思って、休み時間丸めた鉢巻の写真を送った。
『保坂 愛:たまご』
一瞬のタイムラグだけで、すぐに返信が返ってきた。
『浅瀬 陸:おいしそう』
(……そうじゃない!)
まだ、交換については言い出せそうにはなかった。
放課後。
たかちゃんと典伽に手を振り、まなは一人昇降口の前で待っていた陸のもとへと急いだ。
「すみません、遅くなりました」
「大丈夫だよ、そんなに待ってないから」
靴を取り出し、二人並んで通用門の方へと歩き出す。
何気ない話をしていると、陸の友人らしき男子生徒がすれ違いざまに軽く肩に触れてくる。
まなは驚いて大げさに肩を揺らした。
陸は反射的にその手を払い落とすように跳ね除け、まなの肩を自分の方へ引き寄せた。
「勝手に女子生徒に触るか? 普通……」
「おお、怖い。
もしかして嫉妬?」
「違う、一般常識だ」
陸と友人が仲良くじゃれ合う。
まなはほんの、陸の否定が寂しかった。
嫉妬してくれたらいいのに、とちょっとだけ思い、長く息を吐いた。
学校の最寄り駅に着くと、たくさんの同じ制服の生徒で溢れかえっている。
その中に混ざりながら、周りを観察した。
結構男女で歩いている人も多い。
一度だけキスしている人たちを見かけて、慌てて目を逸らしたこともある。
それくらい、高校生の男女は恋に夢中。
今、自分たちは外の人たちにはどう見えているのだろう。
微妙に空いた、二人の間。
そっと陸の横顔を見つめる。
付き合う前なら、こうして委員会活動の日じゃない日に、彼と過ごしているだけで舞い上がっていたと思う。
今は、欲張りだ。
八王子で降りると、北口から抜けて歩き出す。
乗り換えの街が、二人のデートコースだった。
「まな」
名前を呼ぶ声が、やさしい。
そっと、二人は手を繋いだ。
指を絡めて、今までの時間を埋めるように寄り添う。
肩が触れる距離は少し歩きにくいのに、心はふわっと軽くなる。
「俺、この時間が一番好き」
陸が目を眇めて、顔を綻ばせる。
まなの顔も、同じようにゆっくりと頬が緩んでいく。
「私も、この時間が大切だよ」
陸が予備校に行くまでのほんの少しの放課後の時間。
この時間の彼は、他のどの時間の彼よりも、まなの彼氏だった。




