―心の通知はオフらないで―・中
二人はひまわり畑のほうへ向かう。
遠くから見ると、黄金色の海のよう。
だが……近くで見ると少し違った。
「……ねぇ、陸くん」
「……うん、なんか」
「圧が……すごい」
「顔の目の前に、でっかいひまわりの花がある……」
首を重たそうにもたげたひまわりが、まるで睨みつけるようにこちらを向いていた。
離れるとやっぱり綺麗で、二人で笑った。
「ふふっ、あんな、ひまわり怖いとか!」
まなが息を弾ませて笑う。
陸もおかしくなってきて、口元を手で覆いながら笑う。
「今日、ここに来なかったらわからなかったことだね」
「写真、撮りませんか?
”遠くの”ひまわりをバックに」
まながスマートフォンを取り出すと、腕を伸ばして掲げた。
「うん、思い出に」
何枚か、感覚でシャッターを押す。
二人の少し照れたような笑顔が、スマートフォンの写真フォルダに保存されていく。
「今撮った写真、送りますね」
「ありがとう」
写真フォルダを開いたときに、先ほどの写真と共に”未送信の写真たち”が一緒に見えた。
「……陸くん、これ」
スマートフォンを陸に見せる。
「すごい……よく撮れているね。
こんなにはっきりと虹が見られたなんて」
陸が息を飲んで写真を見つめる。
「家の傍で、撮ったんです」
「すごいなぁ……。
まなはよく世界を見ているんだね」
陸が、写真を真剣に見つめる。
雰囲気に合わせて適当に言ってくれているのではなく、本気で興味を持ってくれているのが伝わる。
「……陸くんに。
見つけたときに送りたいなって思ったけど、送らなかったものなんです」
その言葉に、陸がゆっくりと写真から視線を外してまなを見つめる。
陸の目は、その理由がわかっているようだった。
「……俺が、用事以外では連絡しないって言ったから、だよね」
まなが驚いたように陸の顔を見る。
「実は、自分で言っておいて自分で後悔した。
”一学期お疲れ様”とか”また明日”とか、そういうの。
用事じゃないから送ったらだめだよなって」
「陸くん……」
「受験生相手なら、なおさら遠慮するよね。
変な言い方してごめん」
まなはふるふると首を横に振る。
「変じゃないです。やさしかったです」
スマートフォンを持つ手が、汗ばむ。
きっとそれは、暑さのせいだけでは、ない。
「すぐに返せない時もあると思うし、集中したいときは通知切るから……遠慮なく送ってくれていいよ。
まなが見た世界、……その場で見たい」
「……うん」
陸の顔が、恥ずかしくて直接は見れない。
「俺も、送っていいかな?
たわいない話も、まなとなら、したい」
すき、と言いそうになったのを、すんでのところでまなは飲み込んだ。
陸の肩にかかるトートバッグから覗くテキストが、現実に引き戻してくれた。
彼は受験生。
困らせるようなことは、言ってはいけない。
「……喜んで」
真っ赤な顔で微笑む。
言えたのは、それだけだった。
園内を二人でゆっくりと散歩していたら、時間が過ぎるのはあっという間だった。
ギラギラとした夏の太陽も、今は茜色の空の方へ傾いている。
「お手洗い、行ってきてもいいですか?」
まなが声をかけると、陸も頷いた。
「俺も行っておこうかな。
飲んでる水分の割に二人ともトイレ行っていないから……汗になっているんだろうね」
陸の言葉に、少しだけ自分が汗臭くないか不安になる。
そのためにも早くトイレに行かなくては!と陸と別れて女子トイレに向かった。
意外と公園内にトイレは多い印象だ。
だが、相手は公衆トイレ。
油断はしてはいけない。
まなは厳しい目でトイレットペーパーの量や、清掃が行き届いているかチェックをする。
悲しいかな、トイレ係がすっかり板についていた。
まながトイレから手を拭きながら戻ってくると、先に外で待っていた陸が気持ち速足でまなの横に並んだ。
その位置取りは、いつもより半歩ほどまなに近い。
どうしたんだろうと思いながらも、まなはその距離を許した。
「……さっきのトイレ」
トイレから離れると、陸がぽつりと話し出した。
「汚れていました?」
言い淀む彼の言葉をまなが引き継ぐと、彼は首を横に振る。
「……いや、汚れてはいなかったんだ。
公衆トイレにしては、しっかりと清掃も行き届いていて……。
荒れがちな公園のトイレの割に、管理がちゃんとしているなって思った」
陸もしっかりトイレチェックしていた。
汚れていないなら、何が嫌だったのだろう。
まなは不思議そうに首を傾げる。
「男子トイレって、暗黙のルールがあるんだよ。
特に小便器が複数並んでいるトイレの場合、一個空けてトイレを使う、とか……」
そこでためらうように、言葉を一旦切る。
言いにくそうに、陸は続けた。
「……なんか、さっき、トイレガラガラなのに、おじさんが真横にきて……。
自意識過剰なのかもしれないけど、ちょっとだけ怖かったんだ……」
「それは……怖いね」
「ま、まぁ終わった後だったからいいんだけどね……って、変な話してごめん……っ!」
陸が、慌てて謝る。
うっかりするとセクハラなのでは、と思っていそうな顔だ。
まなは大丈夫だよ、とできるだけ表情を変えないように気を付けて答えた。
「たまに距離感バグってる人いるもんね。
こっちはドキドキしちゃうというか……本人はなにも考えていないんだろうけど」
「だよなぁ……。
弟にもよく神経質って言われる。
そういうの気にしない人もいるんだよな」
その場から離れたいという心理のせいだろう。
流れで歩いてきて、気が付いたら近くの門から公園を出てしまっていた。
公園の先は、知っている立川の街とは少し違っていて、静かな住宅街だった。
アメリカンな雰囲気の白い壁の家が並んでいて、家はあるのに人の気配があまりしない。
大きなカラスが数羽、近くの家の屋根に止まって、カァーと鳴き合っていた。
「道を間違えたからでしょうか……。
なんだか、少し、心細い……ですね」
「うん……。
俺も、少し怖い……」
家は荒れ果てていることもなく、丁寧に整えられて庭には花も揺れる。
それなのに怖さを感じるのは、急に変わった空気と知らない場所だから。
陸の方へ寄り過ぎたからだろう。
彼の手に、指先が触れた。
そっと、その触れた指を追いかけるようにして、指先を握りこまれる。
「……夏なのに、指先冷たい」
小さく、繋がれた手。
さっきまでの心細さが消えていく。
地図アプリで道を調べて、再び歩き出した。
早く立川の街に戻りたいなんて思っていたのに。
今はこの時間が、続けばいいのにと思ってしまった。
「まな、時間大丈夫?」
「はい、私は元々遊んで帰る予定でしたし、時間は大丈夫です。
陸くんこそ、大丈夫ですか?」
今は、十八時前。
まだ陽はあるけれど、もうずいぶんと街は夜の雰囲気を孕んでいた。
「今日はもう息抜きデーだから、大丈夫。
家に帰っても、ゲームするつもりだったから」
陸がいつもより子どもっぽい顔で笑う。
「陸くん、ゲームするんだ。意外」
「そう?
普通にゲーム好きだよ。
シミュレーションで島作るのもやった」
「あ、私も島は作りました!」
「今度、まなの島行ってみたいな」
「私も、陸くんの島行ってみたい」
学校にはゲーム機は持って行けない。
いつかのデートの約束のようで、少し心が躍った。
「受験が終わったら、一緒に遊ぼう」
「ふふ、是非」
きっと楽しい春になると、この時は心を躍らせていた。




