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“ハズレ枠”の私を愛してくれたのは、あなたでした――忘れたふりをしていた恋の、その続き  作者: 黒崎 優依音
第5章 十一月三日の内緒ごと~小さなケーキと勇気一つ~
10/18

―チキン先輩、たまごからひよこにジョブチェンジ―・上


体育祭が終わり、学校は文化祭一色になった。


まなのクラスの展示物はセロファンを使ったステンドグラス風アートである。

ちなみに図案はクラス全員で描いたなかから投票で決めた。

たかちゃんが描いた、光り輝く海と陸地に生い茂る緑あふれる地球を描いた絵は、環境問題を考えるというテーマの作品だ。

必要なセロファンの買い出しなども終わり、クラスの方の準備は順調である。


まなは赤黒の定期入れに視線を落とした。

お気に入りのその中には、定期券と一緒に文化祭での茶道のお点前チケットが挟んである。


渡せないはずがない。


――そう思うのに、体育祭で“後輩”に選ばれなかった痛みが、ふと胸を刺した。


(陸くんは、私を守るために隠してくれている……)


陸のことを堂々と彼氏と言えないさみしさが、静かに胸に残っていた。



月曜日の放課後。

文化祭準備で人の流れが増えた教室棟を、まなと陸はトイレットペーパーを運ぶ。


「お、”トイレの貴公子”だ! 頑張れ!」

「噂の三つ子だ! 二つ結びはどっちだっけ、ゆめ?」

「まなだよ、真ん中の一番普通な子」


トイレ巡回のスタートは一階にある三年のトイレから。

女子トイレの中には生徒が数人いて、お化粧をしていた。


「あ、トイレ係ちゃん来たね」

「本当だ、まなちゃんだっけ? 三つ子の。かわいーね」

補充を終えると、先輩が手招きした。

「まなちゃん、お化粧してあげるよ!」

「い、いえ! 委員会活動中ですし」

「じゃあ、リップだけ。

 このリップ色付きだからつやっとしてもっとかわいくなるよ」

きゅっと塗られたリップの仕上がりに先輩は満足そうに笑った。


トイレから出ると、陸が廊下で待っていた。

「お疲れ様」

「お待たせしてすみません」

「中に人がいると作業しにくいよね」

そこへ先輩たちが出てきて、陸に笑いながら絡む。

「ちょっと浅瀬くん、私たちのせいにしないでよね」

「いや……誰がとかじゃなくて一般論で」

「まぁ、まなちゃんちょっと借りたから間違ってないんだけど!」

「浅瀬くんへのプレゼントかな」

「トイレ係頑張ってねー」

陸は不思議そうに首を捻った。

なんとなく嵐が去っていったような気持ちになりながら、トイレットペーパーを抱え直して、一階上にあがった。

気が付いて欲しいような、欲しくないような、そんなソワソワを抱えながら。


最上階まで順調にたどり着くと、廊下の壁に二人揃って寄りかかった。

渡すなら今しかない――と思った瞬間、陸がこちらへ向き直った。

「もしかして、お化粧してる?」

右手がまなの頬に触れ、上を向かされる。

一瞬、胸が詰まって息を飲む。

「いえ……リップだけ、さっきの先輩たちに。

 活動中にすみません」

「そっか……かわいい」

じっと見つめられる時間が長くなればなるほど、まなが赤くなっていく。

それを誤魔化すかのように、定期入れへと手を伸ばす。

中に挟んでいたチケットを二枚取り出すと、陸の方へ差し出した。

「文化祭の、茶道部のチケットです。もらってください」

差し出すまなの手も、受け取る陸の手も震えている。

「ありがとう、嬉しい。

 今回は、もらえないのかななんて、ちょっと思っていたから……」

「まさか。

 陸くんに、一番来て欲しいよ」

「……うん。必ず行く」

陸はチケットを受け取ると、前回と同じように生徒手帳に挟む。

その時不意に、写真つきの個人情報欄が見えた。

和暦の後に並ぶ数字。


――十一月三日。

文化祭当日の日付だった。



文化祭前日の夜。

まなはキッチンに一人静かに立っていた。

明日が楽しみなのに、胸の奥が苦しい。

甘い匂いが立ち始めたころ、香りに誘われて二人が寄ってくる。

「お、おいしそうな匂い~♪」

「絶対扉は開けないでよ!?」

「なおちゃん、今扉開けたところでどうやってつまみ食いするつもりだったの……?」

ゆめが姉の方を信じられないという顔をして見つめる。

「まなちゃん、味見係はいる?」

「あ、ゆめずるい!」

賑やかな姉妹に、まなは笑いながら、「スポンジの残った端っこでよかったら」とだけ言う。


スポンジの粗熱が取れたところで、ゆめからハートの型を渡された。

「まなちゃん、初めての誕生日ならこれは外せない。

 絶対ハートにするべき」

ゆめの目は真剣で、からかいは含んでいない。

「そのイチゴも、ハートにして」

「え……! そ、そこまで!?」

ゆめが重々しく頷く。

「言えない気持ちは行動で。

 これは恋愛の鉄則よ!」

まなは、ハートの型でスポンジをくり貫いた。

その作業を見つめながら、ゆめは満足そうに微笑む。


こんな風に背中を押してくれる家族がいることを、まなは心強く感じていた。



文化祭当日。

家を出る前に、『おはよう』と言っている例のハートを抱いたネコのスタンプを送る。

そのスタンプの中にある、“好き”と“愛してる”はまだ相変わらず未使用のまま。

じっと眺めていると、後ろから「おっはよー!」となおに背中を押された。

指がぶれて”愛してる”のスタンプが送信される。

その横にすぐさま既読の文字がついた。


――終わった……


まなはスマートフォンを胸元で抱きしめたまま固まっていた。

「あら? まな? まーなー?」

なおがヒラヒラと顔の前で手を振る。

「間違っちゃったでしょ! なおのばかー!」

まなは、真っ赤な顔でなおを怒ることしかできなかった。

手の中のスマートフォンは震えない。

玄関で靴を履き、保冷バッグを持って家を出る。

恥ずかしさを隠すように早歩きしていると、小さくスマートフォンが震えた。


『おはよう、まな。

 いつも通り、八王子の四番ホームで待っているね。

 気を付けて来て』


あまりにいつも通りな文面に、ほっとした。


次の瞬間、もう一回スマートフォンが震えた。

――同じネコが、ハートを抱いて愛していると言っていた。


(え……。まさか、買って……?)


その時間差の意味に気が付いて、一気に耳まで熱くなる。

まなはスマートフォンを抱きしめ、道を急いだ。

少しでも早く、今は彼に会いたい。


駅の柱の向こうに、いつもと同じ、寝ぐせのない陸の濃茶の頭が見えた。

「……まな、おはよう」

そういう声が、いつもより震えていた。

その震えが、自分のせいだと思うと胸がきゅっとなった。

「……陸くん、おはよう」

次の瞬間、陸の手がまなの指先に触れる。

指を絡めて、恋人つなぎになる。

柱の陰で電車が来るのを待っていると、わいわいとした声が聞こえてきた。

二人の手が離れる。

文化祭準備に向かう子たちのグループが、いくつか集まり始めていた。


電車が到着すると、二人は並んで空席に座った。

まながちらっと陸を盗み見る。

陸は鞄からスマートフォンを取り出して、操作している。

次の瞬間、まなのスマートフォンが震える。

受信したメッセージの送信主は陸。

そっと、メッセージを開いた。


『浅瀬 陸:今日は人が多いね。

     お昼は、一緒に食べよう』


メッセージの後には、ハートを抱いたネコのスタンプ。

そのネコのスタンプには、”好き”という文字が付いていた。

まなは思わず陸の顔を見る。

視線を窓に逃がした横顔が、どうしようもなくかわいかった。

不自然にならない程度に肩を寄せて、まなもスマートフォンを操作した。


『保坂 愛:うん、お昼楽しみです。

     茶道の担当が十時半からなので、それが終わったらでいいですか?』

鞄の中の小さな保冷バッグが、秘密みたいにひんやりと重たい。

今日、ちゃんと”おめでとう”が言えるだろうか。


まなも、同じスタンプを返す。

手は繋げなかったが、心はとても温かかった。


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