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58. 濁流の先

お約束ですね。

 激流に呑まれながらも、

 僕は必死にリンを抱きかかえていた。


 濁流が全身を容赦なく叩きつける。


 何度も壁に打ち据えられ、

 肺から空気が漏れる。


 それでも、

 腕だけは決して緩めなかった。


 やがて流れがわずかに緩み、

 視界の端に石造りの足場が見えた。


「――っ!」


 残った力を振り絞って水を掻く。


 伸ばした手が石床を捉える。


 滑りかけた指先に力を込め、

 無理やり身体を引き寄せた。


 そのまま全身で岸へと這い上がり、

 リンを抱えたまま石床へ倒れ込む。


 荒く息を吐きながら、

 すぐさま腕の中を確認した。


「リン!」


 返事はない。


 ぐったりとした身体は力なく、

 顔色も悪い。


 胸は――動いていなかった。


 血の気が引く。


「おい、リン……!」


 肩を揺する。


 反応はない。


 そんなこと、

 認められるわけがない。


「くそっ……!」


 震える手でリンを仰向けに寝かせる。


 顎を上げ、

 気道を確保する。


 迷っている暇はない。


 息を吹き込み、

 胸骨を圧迫する。


 再び唇を重ねる。


 唇が冷たい。


 頼む。


 戻ってくれ。


 胸骨を押し込み、

 もう一度、息を吹き込もうとしたその時――


 ふと、 リンの瞼が震えた。


「――っ!?」


 次の瞬間、

 リンの身体が跳ね、

 大量の水を吐き出して激しく咳き込んだ。


「はぁっ……! げほっ、はっ……!」


「リン……!」


 思わずその身体を抱き起こす。


 リンは荒い呼吸を繰り返しながら、

 焦点の定まらない目でこちらを見上げた。


「……にい、ちゃん……?」


 その声を聞いた瞬間、

 全身から力が抜けた。


 助かった。


 本当に、

 助かったのだ。


「……死ぬかと思った……」


「こっちの台詞だ」


 本気で、

 心臓に悪すぎる。


「……悪ぃ、兄ちゃんありがとぅ……」


 珍しくしおらしく謝るリンに、

 これ以上責める気にはなれなかった。


 だが安堵したのも束の間、

 全身を震えが襲った。


「……っ、さむ……」


 リンも同じらしく、

 濡れた服を押さえて身を縮める。


「このままじゃまずいな」


「ああ……

 低体温で詰む」


 装備を確認する。


 案の定、

 荷物の大半は流されていた。


「……終わったか?」


「いや――」


 リンが腰のポーチをまさぐり、

 小さく笑った。


「こういう時のための防水袋だ」


 取り出したのは、

 濡れていない火打石と火口、

 そして圧縮された毛布だった。


「……用意良すぎだろ」


「準備が大切って、

 いつも言ってるだろ?」


 どこか得意げな顔に、

 思わず苦笑する。


 その後、

 周囲の木片や流木を集め、

 なんとか火を起こした。


 暗い地下空間に、

 小さな焚き火の灯が揺れる。


 だが、濡れた服のままでは焼け石に水だった。


「……脱ぐぞ」


「は?」


「乾かさないと意味ないだろ」


「そ、それは分かるけどよ……!」


 文句を言いつつも、

 リンも観念したらしい。


 互いに濡れた服を脱ぎ、

 下着姿で焚き火の前に座る。


 しばらくしても震えは止まらない。


「……兄ちゃん」


「ん?」


「その……

 くっついた方が、

 あったけぇと思う」


「……そうだな」


 並んで毛布に包まり、

 互いの体温を分け合うように身を寄せる。


 濡れた肌同士が触れ合い、

 リンの身体がびくりと跳ねた。


「……近ぇ」


「お前が言い出したんだろ」


「う、うるせぇ……」


 顔を真っ赤にしながらも、

 リンは離れようとしなかった。


 むしろ、

 少しだけこちらへ寄ってくる。


 焚き火の熱と、

 互いの体温。


 ようやく、

 震えが収まり始めていた。


「……今日はここで休むか」


「ああ……

 さすがにもう無理」


 地下の闇を前にしながら、

 僕たちは毛布の中、

 身を寄せ合ったまま横になる。


 この先に何が待つのか。


 それを確かめるのは、

 少し体力を戻してからだ。


now loading......

自衛のためということもありましたが、もともとほとんど少年といった様子だったリンが、だんだんも少女に変わっていき、恋に気づき、さらに成長していく姿というのをお話しの中で表現できればいいなと思ってリンを書いてました。

まだまだ子供ですが、いつかは大人の女性になるかもしれません。未来へのフラグとして。


面白いと思っていただけましたら、 ブックマーク・評価で応援いただけると励みになります。


引き続きよろしくお願いいたします。

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