56. 追跡と妨害
アクアリスの探索は一筋縄ではいきません。
逃げるエミリーを、無策に追う――
そんな真似をするほど、僕たちも素人ではない。
「レーヴァ」
「ええ。追跡可能です」
短いやり取りだけで意図が通じる。
頷き合い、
僕たちは警戒を最大にしたまま、
死都の奥へと踏み込んだ。
――――――
アクアリスの内部は、
外から眺めていた以上に美しかった。
白石で敷き詰められた広い街路。
都市全体を巡るように設計された水路。
崩れた今なお威容を保つ建築群。
ただ美しいだけではない。
機能性と美観を両立させた、
明確な意志を持って設計された街だった。
ふと、崩れた店舗跡の軒先が目に入る。
割れた棚。
転がる陶器。
朽ちた看板。
そこにあったのは、
単なる建物の残骸ではなく――
確かに誰かが生きていた痕跡だった。
この道を人々が行き交い、
店主が客を呼び込み、
子供たちが水路沿いを走り回る。
そんな光景が、
嫌になるほど鮮明に脳裏へ浮かぶ。
「……なんつーか」
リンがゆっくりと辺りを見回した。
「こういうの見ると、
ほんとに“街”だったんだなって分かるな」
「ああ」
ただの廃墟ではない。
ここには確かに、
誰かの日常があったのだ。
「……だから余計にキツいな」
リンの呟きに、
僕は黙って頷いた。
――――――
街路をいくつか抜けた、その時だった。
不意に、レーヴァの表情が変わる。
鋭く細まった瞳が、
空間の一点を射抜いた。
「伏せてください!」
ほぼ反射で身を沈める。
次の瞬間、
蒼い閃光が頭上を裂いた。
背後で轟音が響き、
建物が斜めに断ち切られて崩れ落ちる。
水だ。
今の一撃は、
間違いなく水で形成されていた。
だが、そんな馬鹿げた威力があってたまるか。
そう思う間もなく、
足元の水路が爆ぜた。
噴き上がった濁流が、
牙を剥くように襲いかかる。
「っ!」
飛び退く。
着地点へ水槍が突き立つ。
さらに左右から追撃。
逃げ道を読んだ、
あまりにも正確な連撃だった。
「姿が見えねぇ!」
叫んだ瞬間、
前方広場の噴水跡から大量の水が巻き上がった。
渦を巻き、
凝縮し、
人の輪郭を描く。
現れたのは、
ミスティそのもの。
ただ、レーヴァだけは即座に見抜いた。
「分身体です」
――――――
分身が腕を振る。
放たれた水槍へ、
レーヴァが炎を纏わせた剣を振り抜く。
両者が激突した瞬間、
凄まじい蒸気爆発が広場を揺るがした。
爆風だけで石畳が砕け、
衝撃が全身を打つ。
「……っ!」
余波だけでこれか。
真正面からぶつかれば、
僕たちなど一瞬で消し飛ぶ。
休む間もなく、
周囲の水面が次々に盛り上がった。
一つ。
二つ。
三つ。
新たなミスティが、
街路の各所に姿を現す。
「……おいおい」
思わず声が漏れる。
あれと同格の化け物が、
あと三体。
レーヴァがいなければ、
この場で詰んでいた。
その時、遥か後方から巨大な水塊が砲弾のように飛来した。
いち早く察知したレーヴァが炎壁を展開し、
その一撃を正面から受け止める。
激突と同時に爆音が轟き、
地面が抉れ、
建物が軋み、
衝撃波が全身を打った。
今のが、もし僕に向けられていたなら。
考えるまでもなく、死んでいただろう。
レーヴァが振り返る。
「マスター」
「別行動を提案します」
「……理由は」
「神剣同士は互いの位置を把握できます。
おそらく彼女は、私を優先して狙っています」
レーヴァは周囲の分身へ視線を向けた。
「時間をかければ処理できますが、
あれは際限なく補充されるでしょう」
「逆に言えば、
私がここで引き受ければ、
マスターへの妨害は大きく減ります」
合理的だった。
そして、
反論の余地がない。
「姉ちゃんの言うとおりだ」
リンが真っ直ぐ前を見据えたまま言う。
「このままだと、
オレらが足手まといになる。
マコト兄ちゃん、行くぞ」
歯を食いしばる。
悔しいが、
それが最善だ。
「……無茶するなよ」
「誰に言っているのです?」
その言葉と同時に、
紅蓮が爆ぜた。
炎を纏ったレーヴァが、
分身群へ単身突撃する。
蒸気と爆炎の向こうへ消えるその背を最後に、
僕とリンは死都の奥へと駆け出した。
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本作では珍しくレーヴァとは別行動になってしまいました。
何事も起こらなければよいですが(意味深)
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