51. 死都アクアリスへ
いよいよ死の街アクアリス編開幕です。
翌朝。
僕たちは迷宮都市を発った。
目指すは、
死都アクアリス。
当然ながら、
そんな場所へ向かう馬車など存在しない。
ゆえに今回、
移動手段として中古の幌馬車を一台購入していた。
「思い切ったなぁ……」
目の前の馬車を見て、
思わず呟く。
「必要投資です」
御者台で手綱を握るレーヴァが断言した。
「徒歩での移動となれば、
消耗・運搬量・移動速度の全てで不利になります」
「それはそうなんだけど」
馬車を買うって、
なんか一気に旅感が増すな。
ちなみに御者は、
レーヴァとリンが交代で務めてくれている。
僕はといえば、
馬を触ったこともなく、
荷台で揺られているしかなかった。
――――――
出発からしばらくは、
拍子抜けするほど平和だった。
街道は整備され、
草原を抜け、
風も穏やか。
「案外普通だな」
「まだ影響圏外ですから」
レーヴァが周囲を見渡しながら答える。
「アクアリスまでは、
まだ相応に距離があります」
まあ、
いきなり地獄だったら困る。
……そう思っていたのだが。
――――――
「……ん?」
数時間後。
最初に違和感を覚えたのは、
肌だった。
「なんか湿っぽくないか?」
「ええ」
レーヴァが即座に頷く。
「湿度が明らかに上がっています」
空は晴れている。
なのに、
妙に空気が重い。
肌にまとわりつくような湿気。
「道も変だぞ」
リンが前方を睨む。
馬車の車輪が、
少しずつ泥を噛み始めていた。
「この天候でここまでぬかるむのは異常です」
周囲を見れば、
草木の色もどこか濃い。
空気が、
水を含みすぎている。
「これが……影響圏か」
ハルヴァードさんの言葉が脳裏をよぎる。
周辺環境そのものが変質している。
――その意味を、
少しずつ理解し始めていた。
――――――
その直後だった。
林の奥から、
獣の唸り声が響く。
「来ます!」
飛び出してきたのは、
巨大な狼型魔物。
だが。
「……なんだあれ」
全身が、
異様に濡れていた。
毛並みの隙間から水が滴り、
眼は狂ったように赤い。
「通常個体ではありません!」
狼が、
一直線に馬車へ飛びかかってきた。
「ちっ――!」
リンが即座に御者台から跳ぶ。
抜刀。
振り抜かれた刃が、
狼の胴を捉えた。
だが。
斬り裂かれた脇腹から、
大量の水が噴き出した。
「はぁ!?」
リンが目を見開く。
傷を負ったはずの狼は、
勢いを落とさぬままなおも突っ込んでくる。
「下がってください」
レーヴァが前へ出る。
次の瞬間、
紅蓮の剣閃が走った。
狼の身体が、
真っ二つに断たれる。
――べしゃり。
真っ二つになった身体が、
まるでスライムでも落としたかのような音を立てて地面へ落ちた。
そのまま狼の身体はどろりと崩れ、
地面へ広がる水へと変わった。
「……溶けた?」
思わず声が漏れる。
肉も骨も残らない。
後に残ったのは、
ただ淀んだ大量の水だけだった。
「……冗談だろ」
こんなの、
普通の魔物じゃない。
「嫌な予感しかしねぇな」
リンが剣を構えたまま低く呟く。
「水の魔力による侵食でしょう」
レーヴァが淡々と告げる。
「この先は、
さらに警戒が必要です」
ハルヴァードの言葉が蘇る。
――街に着く前から地獄だと思え。
どうやら、
冗談ではなかったらしい。
湿り気を増した風が、
不気味に頬を撫でた。
その先にある死の街を思いながら、
僕は無意識に唾を飲み込んだ。
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ここまでお読みいただきありがとうございます。
まだ入口にも辿り着いていませんが、
どうやら道中から一筋縄ではいかなそうです。
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