契約
リーシャと共に部屋に入り、2人でベッドに腰掛ける。
部屋の中はシンプルで、リーシャの洞窟の部屋のベッドより少し大きいベッドと、机と椅子が一式置かれている。簡素な部屋ではあるが、窓の縁を見ると埃などは無い。しっかりと掃除がされている証拠だ。
「ごめんねシュウ」
俺が部屋の様子を見ていると、リーシャが突然俺に謝ってきた。
「何が?」
しかし彼女が俺に対して謝罪をする理由が分からない。
「勝手に決めちゃって」
「い…いいよ。俺こそお金なくてごめん」
「良いのよ。お金は有り余ってるし」
「そうなの?」
「洞窟暮らしだったからほとんど使わなかったのよ」
「そういうことか」
「えぇ」
「「…………」」
気まずい。
何でこんなにも気まずいのだろう。
チラッと隣にいるリーシャを見ると顔が赤い。
「ねぇリーシャ、冒険者ギルドまで案内してくれて、更に登録の手助けもしてくれたけど良かったの?」
少しだけリーシャの様子を見て自分に落ち着きが戻って来ると、俺は今更だけど疑問に感じた事を遠回しに聞いてみる。
リーシャは、ステータスカードの更新をする為に俺と一緒に冒険者ギルドにやってきた。洞窟から出発する時にそんな感じの事を言っていたはずだ。でも冒険者ギルドで俺の腕の様子から、登録の手続きの雲行きが怪しくなった時に、彼女は自分に考えがあるから大丈夫だとフェリアンさんに進言していた。
あまり外の世界にいたくない彼女に、俺の所為で長くここに留めるのは申し訳ない。
「…シュウの腕の事で相談があるの」
「相談?」
俺の質問に、リーシャは意を決した様にそんな事を言ってくる。緊張しているのか、俺の事を見ないで俯いて自身の手元を見つめている。
こんな改まって相談って何だろう?
「これからシュウは、冒険者ギルドの一員として依頼を受ける。そうなると遅かれ早かれ危険な戦闘になる時だってあるわ。でもシュウは片腕を失くしている、どんなに戦闘経験を積んでいる人も少しの油断や装備の不具合で命を落とすかもしれない。……正直に言うわ、シュウは普通の人より戦闘での危険が高い。私はそれを助けたいって、力になりたいって思ったの。でも私はもう目立つ事はあまり出来ない。初代勇者が生きていたなんて事になったらややこしい事になるし、半神である私は世界をただ見守る番人みたいなモノだから。勇者としての私の役割はもう終わってしまっているもの……。……だからシュウ、私と契約して欲しいの」
「契約?」
俺の身を案じているリーシャの言葉に、俺は未だに俯いているリーシャの顔を覗き込むようにしながら聞き返す。
俺の言葉に、リーシャは決心したかのように顔を上げて俺の事を見つめてくる。俯いていた彼女の様子が心配で少し不安な表情をしていたであろう俺も、真っ直ぐに見つめてくる彼女に感化されて表情を引き締める。
「そう。私と契約して私……リーシャという剣を使って欲しいの。……本当はギルドで用事を済ませたら私は、また洞窟に帰る予定だったわ。でも、シュウとこれで別れるって、次に会えるのがいつか分からない事を考えたら、とても嫌なの。私を真っ直ぐ見てくるシュウの傍にいたい。あなたの傍に、隣にいたいの。…だから、私と契約して欲しい」
リーシャの目には、強い意志が見える。
でも俺の返答に不安なのか、瞳は潤んでいる。真っ直ぐに俺の事を見ているはずなのに、ユラユラと瞳が揺らいでいるのが見えた。
この瞳には、真剣に自分の全てを見せなければいけない。
「俺もリーシャと離れたくない。リーシャの強さを見て、手を貸して欲しいっていう気持ちもあるよ。でも、それ以上にリーシャに傍で俺の事を見ていて欲しいという気持ちと、同じぐらいリーシャを隣で見ていたい気持ちがあるんだ」
俺がそう言うと、リーシャの瞳から涙が零れる。
「でも、俺はこれから色んな事でリーシャに迷惑を掛けると思うんだ。それでも良……」
「良いわ!私は伝説の初代勇者よ!何でも解決してあげるわ!それに…」
リーシャは俺の言葉を遮って、俺の不安に感じている事を取り払おうとそんな事を言ってくる。
彼女の言葉に俺が少し笑うと、リーシャは瞳から零れた涙を指で払って、大げさに胸を張る。
確かに、リーシャなら何でも解決してくれそうだ。
そんな事を考えていると、緊張感が少し解けたリーシャが今度はモジモジし始める。
そして、
「人生のパートナーって苦楽を共にするものなんでしょ」
今度は恥ずかしそうにそんな事を言ってきた。
彼女の言葉に俺も、
「ま、まぁそうだね」
「でしょ?……ふふっ」
少し圧倒されながら答える。
俺の言葉を聞いたリーシャは、楽しそうに笑いながら俺の体に寄り添う。
先程から、リーシャが様々な感情を表して百面相しているな。
「シュウ……?」
「どうしンッ!?」
声を掛けられて返事をした瞬間、目の前には目をつぶったリーシャの綺麗な顔があった。
まだ昼間という事もあり、陽光が部屋に入っている事でリーシャの髪の色と同じまつ毛がキラキラと輝いているのが見える。
そして改めて、彼女がこれだけ近く見える理由が頭が理解し始める。
甘い香り、唇に感じる柔らかさ。
あまりの唐突な状況に声を出したくても、俺の唇はリーシャの唇で塞がれてしまい声が出せない。
声を出さなくても、俺も目を閉じてリーシャを受け入れる。肘より先が残っている左手を彼女の背中に伸ばして、リーシャの体を抱き寄せる。
目を閉じたからなのか、リーシャの唇の柔らかい感触や甘い匂いをより強く感じてしまう。
それからどれくらい経ったのかわからないが、お互いに唇を離す。
「凄く恥ずかしいけど…とても幸せよ」
目の前にあるリーシャの顔を見ると、真っ赤だがとても綺麗な笑顔をしていた。
「ありがとう。リーシャ」
「えぇ。シュウ…契約するわよ」
「よろしくお願いします」
俺がそう言うとリーシャが光り輝き、魂の剣である銀色の剣の姿になった。
「少し痛いかもしれないけど、我慢してね」
そう言ってリーシャがフワッと浮く。
そして剣先が俺の方に向く。
え?
瞬間、リーシャが俺の胸の中心に刺さる!
一瞬痛みを感じたが、刺された反射でそう感じただけの様で、剣に刺されて少し経っても胸に痛みは無かった。
「シュウ、大丈夫?」
「うん、大丈夫」
「じゃあ、契約しちゃうわね」
俺に異変が無いのを確認してからリーシャがそう言うと、リーシャが刺さっている胸から広がる様に体が熱くなってくる。
「今、シュウの体の中に契約印を書いてるの。もう少しで終わるわ」
「……うん」
体の中って、どういう事だろう?
リーシャを胸に刺しながら、俺はそんな事を考える。
そうして胸から広がっていた熱が弱まっていき、十秒ほどでリーシャは俺の胸から抜けた。
「終わったわ。契約印が描けたわよ」
そう言ってリーシャは元の人の姿に戻る。
彼女の言葉を聞いて俺は自分の体を左手で触ったり、見て確認するが変化がある場所は無い。
「特に変わったところは無いけど……?」
「だってまだだもの」
どうやら契約印を俺の体に書く事自体が終わっただけで、契約の儀式?はまだ終わっていないらしい。
俺がそう思っていると、リーシャが俺に向かって手を差し出してきた。
「握って」
彼女の言葉に従って、出された手を左手で握る。
「良い?私が魔法を使うと、シュウの体に記した契約した力が発動するわ」
「う、うん」
なんだか緊張してきた。
「神聖剣手・着装」
魔法を使った瞬間リーシャが光り輝く!
リーシャから発せられた光に目を閉じ、薄目を開けつつ光が弱まるのを待つ。
少しして光が弱くなってきたので、しっかりと目を開けると先程まで目の前にいたリーシャがいない。
剣になっているのかと視線を下に下げるが、そこにも彼女の姿はない。
「シュウここ!」
「え?」
リーシャの声が聞こえ、そちらを向くがやはりいない。
声はしたのに、いったいどこに…?
俺がそう思っていると、
「そっちじゃないわ!右腕見て!」
「右腕?」
リーシャの声が俺の右側、近くそれも少し下の方からした。
リーシャの声に従って右腕を見ると、魔王との戦いで無くなった右腕があった。
しかしそれは今まで普段見てきた腕とは違い、肘から先は白銀色で指も剣のように薄いし刃がある。
「これって…」
「私がシュウの腕になって一緒に戦う、それが私の考えた方法よ。これならシュウは強くなるし、私もシュウと離れなくていいし、シュウの安全は保証できるわ!」
リーシャの声が腕から発せられる今の状況に、流石に少し困惑してしまう。
「でも目立たないかな?すっごい綺麗だけど…」
「魔法で周りには普通の腕にしか見えないようにしておいたわ」
「流石リーシャ、抜かりはないね。リーシャは元に戻れるの?」
「当たり前よ!そうしないと夫婦として色んな事が出来なくなるじゃない」
リーシャはそう言うと一瞬光りを放って人の姿に戻る。
「これでシュウと離れずにずっと傍にいられるわ」
嬉しそうにそう言うリーシャ。
「リーシャは体に異常はないの?」
「ないわよ。それよりシュウ、試し斬りに少し魔物を狩りに行きましょ!」
子どもが新しい玩具を買ってもらったかの様に、リーシャはワクワクとした様子をしている。
どちらかというと、その反応は俺がするべきなんだけど…。あまりにも唐突な状況に、まだ右腕が新しく出来た?実感がないのが素直な感想だ。
もちろん、感謝はしているんだけど。
今にも外へ駆け出して行きそうなリーシャに笑みを溢しながら、
「そうだね。俺も早くリーシャとの連携が上手くならないと」
そう言いながら立ち上がると、彼女は勢い良く俺に抱き着いて来る。
リーシャが俺の首に腕を回し、俺は体重を預けてくれる彼女の体を支える様に左腕を彼女の脇から背中へ回し、肘から先がない腕は添える様にする。
「この町から少し離れた所に転移するけど良いかしら?」
「リーシャに任せるよ。まだ地理には詳しくないから」
苦笑しながら答える。
「そうよね。じゃあ行くわよ?」
「うん」
「転移!」




