28 渾身の矢
濁流が渦を巻く。
水は止まった。 だが、水牢の中は泥が舞い上がり、視界は茶色く濁っている。
誰一人として、ダンさんの姿を見つけられない。
「ダンさん!!」
リクが叫ぶ。
返事はない。
エトの顔が青ざめる。
「まずい……沈んだ!」
サスケが蜘蛛糸を構えながら叫ぶ。
「リクさん!!」 「私の糸を矢に結びつけてください!!」
リクは反射的に弓を構える。
しかし──手が止まった。
「……無理だ」
「何!?」
リクは震える声で言う。
「ダンさんの甲羅なら……当たっても大丈夫。」
「でも……」
唇を噛む。
「腹に当たったら……死ぬかもしれない。」
濁流の中。
姿は見えない。
どこに流されたのかも分からない。
助けようとして放った矢が、 そのまま仲間を殺す一撃になるかもしれない。
弓を握る手が震えた。
「でも!!」
エトが水面を睨む。
「ダンゴムシなら丸くなってるんじゃねぇのか!?」
リクは首を振った。
「いや……」
「ダンさんは、自分の意思でしか丸くなれない」
リクの表情が曇る。
「もし意識があるなら……きっと丸くなってる」
「でも……」
拳を握る。
「溺れて意識を失ってたら……丸くなれない」
「……っ」
誰も言葉を失った。
その時だった。
胸の奥が熱くなる。
ドクン──。
リクは目を見開く。
「……霊力?」
微かだった。
今にも消えてしまいそうな、小さな灯火。
だが確かに感じる。
リクはゆっくりと目を閉じた。
周囲の音が遠ざかる。
水音も。
仲間の叫びも。
鼓動さえ消えていく。
感じるのは、一つだけ。
ダンさんの霊力。
弱々しく。
それでも、必死に生きようとする命。
(感じ取れ……)
(ダンさんを……)
霊力が、ゆっくりと回転している。
濁流に流されながら。
水の抵抗を受け。
少しずつ沈んでいく。
(そこか……)
リクの意識が研ぎ澄まされる。
水流。
回転。
沈む速さ。
水深──。
すべてが頭の中で一本の線になっていく。
そして。
見えた。
濁流の奥。
ゆっくりと流されるダンさん。
甲羅をこちらへ向けている。
「……いた。」
リクは静かに呟く。
ぎゅっと弓を握り締める。
(ダンさん!)
(俺たちの冒険……)
(こんな所で終わらないよな!!)
カッと目を見開く。
ヒュンッ!!
糸を結んだ矢が、 濁流を切り裂いて一直線に放たれた――。
続く




