24 取引
「動くな、ヤコブ」
マルコの声が静かに響く。
「ダニエルの命が惜しくないのか?」
ヤコブは眉をひそめた。
「……」
「剣を置け」
マルコが笑う。
「俺を見逃せば、水牢の水を止められるぞ」
夜風が吹き抜ける。
ヤコブはマルコから目を離さない。
だが――
ダニエルの顔が脳裏をよぎった。
ゆっくりと。
剣を地面へ置く。
カラン――。
「そうだ」
マルコは満足そうに頷く。
「そのまま後ろへ下がれ」
ヤコブは一歩、二歩と後退した。
マルコは地面の剣を拾い上げる。
そして、不意に尋ねた。
「貴様……どこまで嗅ぎつけた?」
「何の事ですか」
「ユダはどこまで話した?」
ヤコブの表情は変わらない。
「話の意図が分かりません」
マルコの眉が動く。
「毒の解毒剤だ」
低い声だった。
「研究していたはずだ」
「……いえ」
ヤコブは首を振る。
「ユダは何も話していません」
「……っ」
マルコの顔が歪む。
「くそ……」
思わず漏れた言葉。
「取引が……」
その一言に、ヤコブの目が細くなる。
だが追及する前に声を上げた。
「マルコ殿下!」
「私は剣を置きました!」
「約束通り、水牢の水を止めてください!」
「ああ……」
マルコは頷く。
「そうだったな」
そして。
ニヤリと笑った。
その笑みに、ヤコブの背筋が凍る。
次の瞬間。
マルコは胸元へ手を入れた。
抜かれたものは拳銃だった。
ヤコブの瞳がわずかに細まる。
「……」
マルコは右耳をトントンと軽く叩く。
「……一つだけ聞かせてください」
マルコの動きが止まる。
「なんだ」
「なぜ国を裏切るような事をしたんですか?」
夜風が吹く。
マルコは鼻で笑った。
「俺はこの国の為に働いている」
「国のため?」
「そうだ。お前ら平民には理解等できないだろうな」
「国が数百年と安定するなら……俺はなんでもする」
「王都や農業村リリンの民はどうでも良いのですか?」
「必要な犠牲だ」
「お前の部下ダニエルは予想外の犠牲だな」
ヤコブの拳が震える。
「……最後に一つ」
「なんだ」
「あなたは本当に、この国を愛していたのですか」
マルコの眉が僅かに動く。
マルコは笑った。
「愛していたさ」
「だから変えようとした」
そして。
拳銃をゆっくりと構える。
「だが、おしゃべりは終わりだ」
ヤコブはギリギリと歯を食いしばる。
「そういえば……」
「水牢の金具はな……」
ヤコブが目を見開く。
「一度外れたら終わりなんだよ」
パンッ!!
乾いた破裂音。
赤い飛沫が舞う。
「ぐっ……!」
ヤコブの身体が大きく揺れた。
膝が崩れる。
そのまま石畳へ倒れ込んだ。
ドサッ――。
マルコは冷ややかに見下ろした。
血を流すヤコブへ語りかけるように言う。
月光の下。
マルコは笑った。
「最初から止める方法なんて、存在しない」
続く




