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闘いと喪失

  フルフェイスの男が素早く右手を上げるとそれを合図に5人が一斉に襲いかかる。

  炭田の小銃が火を吹きゴーグルチェーンソーの男の胸部を銃弾が貫く。男は吹き飛び動かなくなった。

  これで4対4になったが流浪者(エグザイル)の連中は誰1人怯むことなく襲い掛かる。

  フルフェイスの男が炭田にオノを振り下ろす。銃口を向けるのは間に合わず銃身でオノの柄を受け止める。

  マスクの男がバットで新枝の頭を殴打しようとスイングするが身をかがめて躱す。

  ジェットヘルの男は鎖をセナに叩きつけようと振りかぶったが、セナは素早く間合いを詰めて振り下ろされる前にバールの先端で男の腹を突いた。

  稲垣はナタを構えて目出し帽に鎌の男と対峙する。

  小銃は弾丸を発射して相手を撃つ武器である。そのため至近距離での戦闘には向いていないが方法が無いわけではない。重量が3500gを超える89式小銃は鈍器としての使用も可能だ。

  炭田は銃床(小銃の1番後ろの部分)でフルフェイス男のみぞおちを強打した。

  みぞおちは身体の中央の腹と胸の間にある人体の急所のひとつだ。その奥には神経が集中しており打たれると激しい痛みを感じる。またみぞおちの裏には横隔膜と呼ばれる呼吸に使われる器官があるため呼吸困難に陥ることもある。

  通常小銃の内部には銃弾を発射するための複雑な機構が詰め込まれているが銃床にはそれがない。そのため銃床には多少の衝撃が加わっても壊れることは無い。

  呼吸困難で倒れ込んだ男を撃とうとしたが、銃が歪んでいる事に気づきナタで首を斬った。

 

  ガスマスク男のフルスイングを躱しスコップで喉を突こうとしたが紙一重でバットで弾かれる。すぐにスコップを引き、次は太ももを狙って付き出す。

  身体の末端に近い部分は注意が生き難く、攻撃が当たりやすい。内蔵のある胴体を守るために人間に備わった本能だがそれを逆手に取るのは格闘術の基本だ。

  全て炭田から教わった技術だった。初めて聞いた時にはなんてえげつないことを人間は思いつくのだろうかなどと思ったが生きるか死ぬかの戦闘においてはむしろえげつない技術こそがスタンダードでフェアプレイなどと言うのは安全が確保されたスポーツでしか成立しない幻想なのだと思い知った。

  スコップは男の太ももに突き刺さった。先端は皮膚を突き破り筋肉を断ち骨にまで達する。血が吹き出し男は苦痛に呻く。

  男は最後の力を振り絞りバットを振り上げたが、振り下ろす間もなく新枝は男の身体を突き放し足を絡めて地面に倒す。

  背中をコンクリート叩きつけられた男は声にならない声を上げる。すぐさま馬乗りになって動きを封じ、スコップを胸に突き立てる。

  男の身体をから力が抜けていく。目を見開き腕をだらんとさせ男は絶命した。

  それまで脳内にアドレナリンが噴出し無我夢中だった新枝はそれを見て急に冷静になった。

  自分は人を殺した。その事実が重くのしかかって来たが、周りで戦いが続いているのを見てそんな想いは吹き飛んだ。

  セナは鎖の男の腹を鋭利なバールの先端で突いたが感触がおかしかった。人間の腹にしては硬すぎた。

  男はオートバイ用のプロテクターを着用していたのだった。突きを受け止めた男はこの距離では鎖に威力が乗らないと考えたのかセナの頭を抱え込み首に腕を回して締め上げた。

  だがセナも必死で抵抗し頭を滅茶苦茶に振り回して暴れ、腕を振りほどこうとした。

  セナのパワーが相当なものであることは新枝もよく知っていた。1度スパーリングで本気のタックルを受けた事があったが全力で踏ん張ったにも関わらず一瞬で地面に倒されたのだった。

  セナの馬鹿力に押された男は尻もちを突き頭を離した。すぐさま腕を振り払い、マウントポジションをとって相手の首に手をかけて思い切り締める。しばらく男はもがいていたがすぐに動かなくなった。

  目出し帽の男は鎌で稲垣に斬りかかった。稲垣はナタで防ごうとしたが鎌の刃は彼の手を切り裂いた。

  稲垣は思わずナタを放してしまった。それを見た目出し帽の男は彼の髪を掴み抑えつけると首を鎌で掻き斬った。首には動脈が流れているため大量の血が飛び散り稲垣は地面に倒れた。

  必死に首を抑えるが出血は止まらない。切れ目から空気が入り込みヒューヒューと音を立てる。

  男が更に斬りつけようとしたが、炭田がナタで頭をカチ割った。

  それぞれの敵を倒した隊員達が稲垣の基へ駆け寄ろうとしたその時、新枝の顔をなにかかが掠めた。すると次々に彼らに向かって石の礫が恐ろしいスピードで飛んできた。

  振り向くと、林の中に隠れていた者達がパチンコを使い石を飛ばしている。

  パチンコと聞くと玩具を連想する人が多いが日本の法律ではパチンコは『自由狩猟具』と定められていた。

  パチンコはゴムの伸縮性を利用して弾を飛ばす道具だ。原始的でありながら、強靭なゴムを用いて硬い石をとばせばフライパンをも貫く威力が発生する。

  当たりどころが悪ければ即死すらあり得る。身をかがめてバリケードの裏まで移動しようとしていたら突然セナがバリケードを蹴った。

  蹴られたバリケードは一瞬耐えたかに見えたがゆっくりと後ろに倒れ、自転車が通れる道が出来た。

  それを見た炭田が叫んだ。

「逃げるぞ!」

  次々と石の礫が身体を掠めるなか自転車を起こして一目散にバリケードの穴に向かう。すると左腕に激しい痛みが走った。叫びたくなるほどの激痛だったが押し殺して必死に自転車を漕ぐ。

  全員がバリケードを抜けた。全力でペダルを回し彼らを振切ろうとしたが、振り返ると彼らも自転車を隠し持っていたようだった。

  ロードバイクに乗った3人の男が追いかけてくる。

「トレインを作れ!」

  炭田が大声で言った。

  「トレイン」とは自転車で走る際に、複数人が距離を詰めて1列になり走行することを指す。

  なぜトレインを形成するのか?それは空気抵抗を削減するためだ。自転車でスピードを出す際に最も大きな障壁となるのが空気抵抗である。

  ヒトが走る際には空気に衝突するため、それをかき分ける必要がある。これが空気抵抗だ。しかし走っているヒトの真後ろについている人は空気をかき分ける必要が無い。

  また、高速で走るヒトの後方には低気圧空間が生じ吸引力が発生する。

  これらの理由からトレインを形成することで体力を温存しながら速く走ることが可能になるのだ。

  指示を受けて、先頭新枝、2番目セナ、しんがり炭田の順で列を作る。

  トレインを形成して走る際に最も負担が大きいのが先頭の走者だ。そのため元ロードレーサーで総力のある新枝が先頭を走る。

  だが、その程度の技術は相手も持っていたようで同じように向こうもトレインを形成した。

  そして距離を広げられないまま3km程逃げると、再び登り坂に差し掛かった。当然、両陣営ともスピードは落ちるが、偵察隊のスピード低下は流浪者(エグザイル)のそれよりも大きかった。

  偵察隊は大きな荷物を抱えており重量がかさんでいたからだ。

  徐々に距離は縮まり、ついに最後尾の炭田のすぐ後ろにまで彼らは迫っていた。

  すると先頭を走る流浪者が、懐からなにか黒くて短い棒を取り出したかと思うとそれを振った。それは金属音を立てて展開し60cm程の長さになった。警棒だ。

  男は警棒を振り回し炭田を殴ろうとしたが背中を掠っただけだった。炭田自身には届かないと知った男は警棒を後輪のホイールに差し込もうとした。

  その時、炭田がは急ブレーキをかけ後ろに蹴りを出した。

  その蹴りは男の胸元を直撃し、バランスを崩して倒れた。するとその後ろにいた2人もそれに巻き込まれて落車した。

  「全員落車した。このまま逃げるぞ」

  炭田は冷静に言った。

  そのまま20kmほど走り、完全に逃げ切ったと確信できたところで小休止をとることになった。

  自転車を降り、呼吸を整える。腕を見ると石礫が突き刺さっていた。エイドキットを取り出しピンセットで石を抜き、消毒してガーゼを当てて包帯を巻く。

一息つくとさっきまでは無我夢中で全く意識できなかったが、稲垣を失ったという実感がこみ上げてきた。

  彼は真面目で優秀な隊員だった。自転車にトラブルがあった際にはいつも彼の技術に助けられた。何度も共に危険な任務に挑み、厳しい訓練に励んできた彼を失った喪失感は言い表し難いほど大きい。

  全員が1言も口をきかなかった。恐らく皆、稲垣が死んだという事実に対して何と言えばいいのかわからないのだろう。

  長い沈黙の後、見張りをしていた炭田が口を開いた。

「稲垣を失ったが、任務は続行する。皆落ち込んでいるだろうが、今はそんな状況じゃない。気持ちを切り替えて任務に集中しろ」

「それはわかっています。でも、せめて1分だけでも黙祷させてください」

  セナが言った。彼の表情は悲痛なものだった。

「いいだろう。ただしその間は俺が見張る」

  新枝とセナは目を閉じ、軽く頭を下げて稲垣に黙祷を捧げた。彼との記憶が次々に浮かんでくる。彼を助けることはできなかったのだろうか。もしもっと早くマスクの男を倒せていれば稲垣に加勢できたのに…。そんな後悔の念すら浮かんでくる。

「もう行くぞ」

  1分が経ち炭田が言った。

「それと俺から1つ報告がある。89式が壊れた」

「え?」セナが声を上げる。

「さっきフルフェイスの男と戦ったときにやつのオノを銃身で受けちまった。そのせいで部品が曲がってもう撃てない。」

  メカニックの稲垣を失い、最も強力な武器である89式自動小銃まで使用不能になった。まだ旅の初日だというのにあまりに大きな損害だ。

  新枝は早くもこの任務に対し絶望感を抱き始めた。



 


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