危機そして対立
稲垣を失った偵察隊の3人は1日目の野営予定地に辿り着いた。到着時刻は17時12分で予定よりも遅れていた。
新枝が腕を負傷したこともその原因の1つだった。
野営をするのは明智川沿い国道20号線を少し外れた山の中だ。
幸いテントはセナが持っていたため失うことはなかった。平らな場所を探し、石や枝などをどかす。次にグラウンドシートを広げ、その上でテント本体にポールを通しドーム型テントを立ち上げる。最後にフライシートを被せてペグで固定すれば今夜の宿の完成だ。
テントの中には2組のマットと寝袋を敷く。2組しかない理由は最低1人が外で見張ることが決まっているからだ。テントは3人用だが、2人も入ればかなり窮屈だった。
元々は自衛隊で使われていたたテントのため迷彩柄であり、山の中ではかなりのカモフラージュ効果を発揮している。
寝床の準備ができたため、次は自転車の点検に取り掛かる。
ブレーキのかかり具合やホイールの損傷の有無、タイヤの傷などを確認した後、チェーンにオイルを注す。
いよいよ飯だ。
コッフェル(小型の鍋)に水を入れ小型コンロに載せて火にかける。水が沸騰したら火を止め、乾飯を入れる。
乾飯とは炊いた米を水に通し、3日ほど天日干しにしたもののことをいう。アルファ米と呼ばれることもある。
乾飯は保存食であり5年以上の保存も可能だと言われている。食べる最には水か湯に浸けて柔らかくして食べるのが一般的だ。
乾飯の他には干し芋とペミカンが今日の夕飯だった。
ペミカンとは野菜や肉を動物の脂肪で固めた高カロリーな保存食品だ。
お湯で戻した乾飯は硬くて、水っぽくて少し臭う。要するに不味い。ペミカンは肉や野菜の味は無く、とにかく油っこさしか感じない。これもやはり不味い。干し芋はたくさん噛むと少し甘みが出てくる。これが1番マシだ。
飯の後はミーティングだ。全員で明日のルートや日程を確認する。
「明日は0500に起床して0545に出発する。瑞浪市を抜けて352号線に出たら358号線を使って木曽川を抜ける。そこからしばらく山の中に入ったところで野営だ。わかったか?」
「はい。でも1ついいですか?」
新枝が聞く。
「なんだ」
「稲垣がいないので、それぞれの警戒する方向を決め直した方がいいのでは?」
「ああ。それも今から伝える。先頭はセナだ。正面を警戒しろ。新枝は真ん中で左右を、しんがりの俺が後方と左右を見る。左右は俺と新枝の2人がかりだ」
「わかりました」「はい」
新枝とセナが頷く。
「新枝、腕は大丈夫なのか?」
セナが聞いた。
「今のところは少し痛むけど、問題無く走れると思う」
確かに痛みや出血は大したことは無かったが最も恐ろしいのは傷口から侵入した細菌による感染症だ。仮に村に戻れたとしても感染症を治療できる薬品はとっくの昔に尽きていた。
もう1つ新枝が恐れているのは流浪者のやつらが石に感染者の体液を付着させていた可能性だ。もしそうならば自分も感染者になりセナや炭田に襲いかかることになる。
潜伏期間は2日から3日だと言われているためまだなんとも言えないが、可能性は十分にある。
「もし動けなくなれば、そのときは置いていくことになる」
炭田が言った。
「わかっています」
ミーティングが終わり、就寝の時間なった。寝袋に入ると1日の疲れがどっと押し寄せてくる。しばらくは稲垣のことや怪我こと等を考えていたが、すぐに泥のような眠りに落ちた。
「おい、交代だぞ。起きろよ」
セナの声で目が覚める。腕時計を見ると2時ちょうどだった。そうだ、2時からは自分が見張りの番だった。
「ん、今代わる」
そう言って寝袋から這い出す。かなり寒い。
「じゃ、後はよろしく。おやすみ」
テントから出てフォールディングスコップを展開し、辺りを見回す。月明かりに照らされた山の中は静寂に包まれていた。ライトを使うと感染症や流浪者に発見されやすくなるため使えない。
暗闇を見つめ耳を澄ませていると、ありもしない恐ろしい存在をつい妄想してしまう。
時間が経ち、辺りが白んできた。5時になったので炭田たちを起こそうとしたが、炭田はすでに起きていてセナも彼に起こされていた。
昨夜と同じように食事を作り、テントを畳み着替える。不味い朝食をかき込み、荷物を詰め込み出発の準備は整った。予定通りに出発する。
普段よりも少し早いペースで彼らは自転車を走らせていた。その理由は2つある。
1つは機能遭遇したが流浪者を振り切るためだ。昨日は逃げ切ることができたがまだ彼らが偵察隊を狙っている可能性は十分にあった。
もう1つは早朝の内に数km先の瑞浪市を抜けるためだ。瑞浪市はかつてそこそこの規模の市で人口も多かったため、今では多くの感染症が潜んでいる。早朝は感染症の活動が鈍るとされているで、早く通り過ぎる必要があった。
瑞浪市に差しかかかり「ようこそ瑞浪へ」と書かれた標識が現れた。徐々に民家が増え、ついに市街地に入った。
市街地には放置された車や、焼けた建物が建ち並びそこら中にゴミが散乱していた。辺りを見渡すとちらほらと感染者の姿が見えたが、早朝のためかこちらを追って来ない。
30分ほど走りもうすぐで瑞浪市を抜けられる所まで来た。日が登り、感染者達が動き始めていたがもうすぐで危険地帯を抜けられるという安堵の気持ちが大きかった。
そのとき大きな破裂音が鳴り響いた。セナのクロスバイクの後輪がバーストしたのだ。恐らく釘かなにかが刺さったのだろう。その音を聞きつけた感染者達がゾロゾロとこちらに集まり始めた。
セナは慌てて自転車を降り、後輪を見るとやはり釘が刺さっていた。
「逃げるぞ、急げ!」
炭田が言い、3人は全力でペダルを踏んだ。しかし後輪がパンクしたセナの自転車は見る間に置いて行かれる。
「セナがついて来れません!」
新枝は大声で炭田に行ったが、
「俺たちだけでも生き伸びる。悪いがセナは見捨てる」
そう言って走り続けた。
瑞浪市を抜け、山道の352号線に入ったところで炭田は自転車を止めた。
「ここで30分だけセナを待つ。それで現れなければ俺たちだけで任務を遂行する」
新枝はセナが現れることを祈ったがついに彼は姿を見せなかった。
「残念だがもう待てない。行くぞ」
そう言って炭田自転車に乗ろうとした。
「待ってください。まだ死んだと決まったわけじゃありません。無線で呼びかかけて見ます。」
トランシーバーを取り出して話しかける。
「こちら新枝。セナ、聞こえるか?今どこだにいる?」
少しして返事があった。
「こちらセナだ。俺はいまどこかの民家にいる。自転車がパンクしたところのすぐ近くだ。周りを感染者に囲まれて未動きが取れない。噛まれてない。頼む、助けてくれ」
「今すぐ行く。待ってろ」
そう言って通話は終了した。
「聞きましたか?セナは生きてます。助けに行かないと」
「いいや、リスクが高すぎる。」
「見殺しにする気ですか?」
「隊長は俺だ。黙って従え」
「嫌です」
そう言うと炭田はこちらを睨みつけた。普段なら怯んだだろうが、今回ばかりはそうも行かない。
「テントはセナが持ってるんです。彼を助けないと寝床がありません」
なんとか説得を試みる。
「テントをなど無くても寝られる」
あっさり言い返される。
「とにかく、見捨てるなんて許されません」
「じゃあどうやって助ける気だ?セナは大勢の感染者に囲まれているんだぞ」
「俺が感染者達の気を引いて引きつけるのでその間にセナを脱出させます」
「その後は?彼の自転車はパンクしてる。まさか感染者の目の前で修理する気か?」
「いえ、セナは俺の自転車に乗って逃げます。その後俺は全力で走って感染者達を撒いた後で2人に追いついて炭田隊長のマウンテンバイクに2人乗りします。MTBは丈夫なので2人くらい平気でしょう」
「無茶だ」
「見捨てるよりマシです。もし嫌なら1人で行きます」
「それは許さん。お前が勝手な行動を取るならお前を殺す」
「俺は行きますよ。隊長が許さないのなら力づくでも行かせてもらいます」
そう言って新枝は構えをとった。炭田から教わった戦闘の基本姿勢だ。
「俺と喧嘩して勝てると思ってんのか」
そう言い捨て炭田も構えた。
新枝は左でジャブを繰り出し、続けて右ストレートを打ち込む。ボクシングの技術であるワンツーだ。
炭田はジャブをガードしストレートをヘッドスリップで躱す。次々にパンチを繰り出すがまるで当たらない。フック、ヒジ、アッパー、どれもが空を切る。そして胸ぐらを掴まれ、足を払われて倒される。柔道の大内刈だ。
そしてマウントポジションを取り、腕で首を圧迫される。苦しい。酸欠で意識が遠のく。
ああ、俺はここで死ぬのか。仲間を二人も死なせ、上官に命令違反で締め殺される。ろくでもない死に様だ。
すると突然意識がはっきりした。新鮮な酸素が脳に行き渡る。
炭田が腕を離したのだ。
「な、なんで?」
咳き込みながら聞く。
「お前にそこまでの覚悟があるなら仕方ない。協力してやる」
「本当ですか!」
「ああ。俺だって本音を言えば隊員を失うのはもうたくさんだ」
2人は自転車乗り、再び瑞浪市へ向かった。
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