第2話 0.1秒で、足りる
一人になったペインが、自分のために初めて0.1秒を使います。
次の日の朝。
俺は、王都の外の森にいた。
ギルドで受けたのは、Fランクの依頼。
薬草のヒカリ草を、二十本。
報酬は、銀貨三枚。
二年間、Sランクパーティの荷物持ちをしていた男の仕事としては、ずいぶん地味だ。
でも、悪くない気分だった。
誰の荷物も背負っていない。
誰の背中も、見張っていなくていい。
「……十八、十九、二十」
木の根元にしゃがんで、最後の一本を摘み取った。
青白く光る葉を、袋に入れる。
その時だった。
がさり、と茂みが鳴った。
一つじゃない。
右から。左から。後ろから。
ゆっくり立ち上がって、まわりを見た。
ゴブリンだった。
緑の肌に、黄色い目。
手には、錆びた短剣や、こん棒。
一匹、二匹……全部で、十二匹。
そして、その奥に。
ひときわ大きな影があった。
頭に、獣の骨で作った冠をかぶっている。
ゴブリンの頭目、ゴブリンチーフだ。
「……囲まれたな」
俺は、腰の短剣を抜いた。
荷物持ちの、護身用の短剣。
剣の腕なんて、ないに等しい。
でも、目だけは、二年間で鍛えてきた。
―――
俺のスキル【刹那写し】。
目の前の相手のスキルを、一つだけ、0.1秒だけ写して使える。
一度使ったら、三秒は次が使えない。
0.1秒。
まばたき一回の、三分の一くらい。
「そんなもんで何ができる」と、二年間言われ続けてきた。
でも。
(できることは、ある)
まわりのゴブリンを、一匹ずつ見る。
スキルは、相手の体の動きに出る。
構え方、重心、息の吸い方。
二年間、敵も味方も見続けてきたおかげで、だいたいわかる。
右の三匹は【投擲】。石や短剣を投げてくる。
左の二匹は【嗅覚】。においで獲物を追う。
後ろの大きいのは【怪力】。
そして、ゴブリンチーフ。
チーフが、ぐっと体を沈めた。
両足に、力がたまっていくのがわかる。
スキル【突進】。
一瞬で、十歩の距離をつめる力。
当たれば、骨くらいは簡単に折れる。
チーフが、地面をけった。
速い。
まっすぐ、俺の胸に向かってくる。
(——それだ)
【刹那写し】。
チーフの【突進】を、写す。
―――
世界が、止まったように見えた。
いや、止まってはいない。
俺の目が、0.1秒を、長く感じているだけだ。
足の裏に、力が流れこんでくるのがわかる。
チーフと、同じ力。
一瞬で、十歩を駆け抜ける力。
使うのは、0.1秒だけ。
でも、【突進】は、0.1秒で十歩進むスキルだ。
0.1秒で、足りる。
俺は、地面をけった。
前じゃない。
横に。
景色が、線になって流れた。
―――
どごおん、と、すさまじい音がした。
俺がさっきまで立っていた場所を、チーフがまっすぐ通りすぎていった。
その先にいたのは、後ろの【怪力】のゴブリン。
止まれなかったチーフが、仲間に頭からぶつかった。
二匹まとめて、太い木の幹にたたきつけられる。
「ギ、ギギッ……!?」
ゴブリンたちが、ぽかんとして、こっちを見た。
俺は、十歩横の茂みの前に立っていた。
自分でも、少し驚いていた。
(……本当に、できた)
二年間、0.1秒は、仲間を守るためにだけ使ってきた。
飛んでくる矢の道を読むためだけに。
罠を見抜くためだけに。
自分のために、自分の体を動かすために使ったのは、初めてだった。
「ギャアアッ!」
右の三匹が、いっせいに短剣を投げてきた。
三本。
俺の胸と、腹と、足を狙っている。
三秒。
待ち時間は、もう終わっている。
右の一匹のスキル【投擲】を、写す。
0.1秒だけ、目が変わった。
飛んでくる三本の短剣の、回転と、向きと、落ちる場所が、全部わかる。
投げる側の目は、受ける側の目でもある。
俺は、半歩だけ左にずれた。
三本の短剣が、俺の体のすぐ横を通りすぎて、地面に刺さった。
―――
そこから先は、もう、怖くなかった。
三秒ごとに、一つ。
0.1秒だけ、誰かのスキルを借りる。
【嗅覚】を写して、茂みに隠れていた一匹の場所を見つけた。
【投擲】をもう一度写して、拾った石を、そいつの手首に当てた。
起き上がってきたチーフの【突進】を、もう一度写して、今度は背中に回りこんだ。
そして、チーフの首の後ろ、骨の冠の結び目に、短剣の柄を思いきりたたきこんだ。
チーフが、どさりと倒れた。
頭目を失ったゴブリンたちは、悲鳴を上げて、森の奥に逃げていった。
―――
静かになった森の中で、俺は、その場に座りこんだ。
息が、上がっていた。
足が、少しふるえていた。
でも、口元がゆるむのを、止められなかった。
「……はは」
0.1秒しか使えないハズレスキル。
二年間、そう言われ続けてきた。
でも、違った。
世の中のスキルには、0.1秒で効くものが、いくらでもある。
0.1秒で十歩を詰める【突進】。
0.1秒で軌道を読む【投擲】。
0.1秒で、隠れた敵を見つける【嗅覚】。
長く使えなくていい。
どの0.1秒に、誰の、どのスキルを使うか。
それさえ選べれば、戦える。
「0.1秒あれば、足りる」
口に出してみたら、なんだか、本当にそんな気がした。
俺は、薬草の袋を拾い上げた。
二十本、ちゃんと全部入っている。
ついでに、倒れたゴブリンチーフの骨の冠も、袋に入れた。
ギルドに持っていけば、討伐の証になる。
(さて、受付で、なんて言われるかな)
森の出口に向かって歩きながら、俺は、少しだけ楽しみになっていた。
読んでいただき、ありがとうございます!
0.1秒で、十歩を詰める。
0.1秒で、短剣の軌道を読む。
ペインの戦い方は、「どの0.1秒に、どのスキルを使うか」の読み合いです。
次回、ギルドに戻ったペインが知る、王都の「決闘ランク戦」。
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