第3話 決闘ランク戦
ギルドに戻ったペインが、王都の「決闘ランク戦」を知り、そして、ある男に会います。
「えっ……ゴブリンチーフ!? お一人で、ですか!?」
ギルドの受付で、受付嬢のノノが、骨の冠を持ったまま固まった。
茶色のおさげが、ぴょんとはねる。
「薬草集めの依頼でしたよね!? なんでゴブリンの頭目の冠が入ってるんですか!?」
「囲まれたので」
「囲まれたので、じゃないですよ! チーフはDランクの討伐対象ですよ!?」
ノノは、まわりをきょろきょろ見てから、声をひそめた。
「……ペインさんって、『白銀の剣』の荷物持ちさんでしたよね? 昨日、クビになったって、うわさで聞きましたけど」
「ああ。クビになった」
「それで、次の日に、一人でチーフを……」
ノノは、まじまじと俺の顔を見た。
「ペインさんのスキルって、確か、0.1秒しか使えないって……」
「そうだよ」
「…………」
ノノは、しばらく黙っていた。
それから、ぱっと顔を明るくして、カウンターの下から一枚の紙を取り出した。
「ペインさん! これ、出てみませんか!?」
―――
紙には、大きくこう書いてあった。
『王都冒険者ギルド公式 決闘ランク戦 出場者募集』
「決闘、ランク戦?」
「はい! 冒険者どうしが、一対一で戦う公式戦です!」
ノノは、目をきらきらさせて説明した。
「闘技場で、観客の前で戦うんです。勝つと、ギルドの点数がたくさんもらえて、ランクがどんどん上がります。賞金も出ますよ!」
「依頼をこなすより、早くランクが上がるのか」
「はい! それに、決闘ランク戦の上位の十人は「十傑」って呼ばれて、王国の守り手になるんです。今の一位は、【時間停止】のスキルを持っている、『止まった王』って呼ばれてる人なんですけど……」
「【時間停止】?」
思わず、聞き返してしまった。
「はい。どんな相手でも、時間を止めて、その間に倒しちゃうんです。もう三年間、誰にも負けてないんですよ」
時間を止める。
俺の0.1秒とは、まるで正反対のスキルだ。
ポケットの中で、止まった懐中時計が、少し重くなった気がした。
「……ペインさん?」
「いや。なんでもない」
「ペインさん、どうですか? ちなみに、一番下のFランクからでも出られます!」
俺が答えようとした、その時だった。
ギルドの大きな扉が、音もなく開いた。
それまでざわざわしていたギルドの中が、すうっと静まりかえった。
酒を飲んでいた冒険者たちが、ジョッキを置いて立ち上がる。
入ってきたのは、白い外套の男だった。
銀色の髪を、うしろでひとつに結んでいる。
年は、三十くらい。
背は高くないのに、なぜか、まわりの空気だけが止まっているように見えた。
胸には、十本の線が刻まれた銀の紋章。
十傑の、一位のしるし。
「と、『止まった王』……クロノさま……!」
ノノが、小さな声でつぶやいた。
決闘ランク戦の一位。
三年間、誰にも負けていない男。
そして、五年前。
俺の村で、時間を止めた男。
―――
クロノは、ギルド長の部屋に向かって、まっすぐ歩いていく。
冒険者たちが、左右に道を開けた。
俺は、気づいたら、その前に立っていた。
「……待ってください」
クロノが、足を止めた。
灰色の目が、俺を見下ろした。
「辺境の、ルーエ村を覚えていますか。五年前、黒の森の大氾濫で、あなたが時間を止めた村です」
「……ああ。大群を止めた場所だな」
「あの村の広場に、まだ止まったままの時間が残っています」
ギルドの中が、ざわっとした。
「古い物置のまわりに、灰色の泡みたいなものがあって。その中に、俺の妹がいます。あの日、物置に隠れていて、あなたから見えなかった。だから、時間を戻してもらえなかったんです」
俺は、ポケットの懐中時計をにぎりしめた。
「五年間、ずっと、膝をかかえたまま止まっています。泡の中に入れるのは、【時間停止】を使える人だけです」
頭を下げた。
「お願いします。もう一度だけ、あの村に来てください」
―――
クロノは、しばらく黙っていた。
それから、静かに言った。
「ことわる」
顔を上げた。
クロノの目は、怒ってもいなかった。
笑ってもいなかった。
ただ、まっすぐだった。
「十傑は、国を守るためにいる。黒の森の魔物は、今も増えている。一人の子どものために、辺境まで何日もかけて行く暇はない」
「でも——」
「それに」
クロノは、俺の言葉をさえぎった。
「【時間停止】は、一度使えば器が空になる。丸一日、何もできない。その一日の間に、王都に魔物が来たら。その時、死ぬのは何百人だ」
何も、言い返せなかった。
正しかった。
ひどいくらい、正しかった。
「……すまないとは思う」
クロノは、それだけ言って、また歩き出した。
白い外套が、ギルド長の部屋の扉の向こうに消えた。
―――
ギルドの中に、少しずつ、ざわめきが戻ってきた。
俺は、その場に立ったまま、懐中時計を見つめていた。
午後三時十二分。
五年前から、一秒も動いていない。
「……ペインさん」
ノノが、カウンターから身を乗り出していた。
目に、涙をためていた。
「あの……決闘ランク戦の、いちばん大事な決まり、まだ言ってなかったです」
「決まり?」
「はい。ランク戦で優勝した人は、願いを一つ、かなえてもらえるんです。国王さまの名前で」
ノノは、紙を、ぐっと俺のほうに押し出した。
「国王さまの名前で出された願いは、十傑でも、ことわれません。……『止まった王』でも、です」
俺は、ノノの顔を見た。
それから、紙を見た。
『王都冒険者ギルド公式 決闘ランク戦』
ことわられたなら、ことわれない場所まで、上がればいい。
一位のクロノを倒して、優勝すればいい。
0.1秒しか使えない、俺が。
「……出るよ」
紙を、受け取った。
「優勝する」
ノノが、涙をぬぐって、力いっぱいうなずいた。
―――
「おいおい、聞いたか?」
その時、後ろから、いやな笑い声がした。
ふり返ると、三人の若い冒険者が立っていた。
真ん中の男は、赤い髪を逆立てて、胸に「白銀の剣」の紋章の入ったブローチをつけている。
「白銀の剣」の、見習いだ。
レオンの取り巻きで、たしか、名前はダリル。
「レオンさんにクビにされた荷物持ちが、決闘ランク戦に出るんだってよ」
ダリルが、わざと大きな声で言った。
ギルドの中の冒険者たちが、ちらちらとこっちを見る。
「0.1秒しか使えないスキルで? 観客の前で恥かくだけだろ」
「…………」
「なあ、ノノちゃん。こいつの最初の相手、俺にしてくれよ」
「レオンさんの前で、こいつが二年間どれだけ役立たずだったか、みんなに見せてやるよ」
「指名は、決闘の場でやれよ」
近くのテーブルで酒を飲んでいた、大きな盾を背負った男が、うんざりした顔で言った。
「ギルドの中で騒ぐな、ダリル」
「うるせえな、おっさん。……ああ、そうだ」
ダリルが、にやりと笑って、俺のほうを向いた。
「せっかくだから、ここで一発、見せてやるよ。荷物持ちが、どれだけ何もできないか」
ダリルの右肩が、ほんの少し上がった。
(撃つ気だ)
ギルドの中で。
すぐ後ろには、受付のノノがいる。
ダリルの手のひらに、小さな炎が生まれた。
脅しのつもりだろう。小さな【炎槍】。
でも、当たれば、やけどくらいはする。
炎の槍が、放たれた。
まっすぐ、俺の胸に。
よければ、後ろのノノに当たる。
俺は、カウンターの上にあった、木のお盆をつかんだ。
そして、さっきの盾の男を見た。
背中の大盾。
太い腕。
足の置き方。
スキル【鉄壁】。
構えたものを、一瞬だけ、鉄より硬くする。
【刹那写し】。
0.1秒だけ、俺の腕に、盾の男と同じ力が流れこんだ。
俺は、木のお盆を、炎の槍の前にかざした。
かぁん、と、金属をたたいたような音がひびいた。
炎の槍が、お盆に当たって、火の粉になって散った。
木のお盆には、焦げ跡ひとつ、ついていなかった。
「…………は?」
ダリルが、ぽかんと口を開けた。
ギルドの中が、しんと静まりかえった。
盾の男が、ジョッキを持ったまま、目を丸くしてこっちを見ていた。
「……今、俺の【鉄壁】と、同じ音がしなかったか?」
俺は、お盆をカウンターに戻した。
「ギルドの中で撃つなよ。後ろに人がいるだろ」
ダリルの顔が、みるみる赤くなっていった。
「て、てめえ……っ」
「え、えっと……決闘の相手は、ギルドが決めるんですけど、出場者どうしの指名も、できなくはないです……」
ノノが、困った顔で俺を見た。
俺は、ダリルを見た。
構え方、重心、指の動き。
二年間、「白銀の剣」の見習いたちの訓練も、ずっと横で見てきた。
ダリルのスキルは、【炎槍】。
手のひらから、炎の槍を撃ち出す。
威力は高いが、撃つ前に、ほんの少しだけ、右の肩が上がるくせがある。
「いいよ」
俺は、言った。
「最初の相手、お前でいい」
ダリルが、にやりと笑った。
「決まりだな。明日の昼、闘技場で。逃げるなよ、荷物持ち」
―――
その夜。
宿屋の小さな部屋で、俺は、紙に図を描いていた。
【炎槍】。
手のひらから、炎の槍を撃つ。
速さは、矢くらい。
撃つ前に、右肩が上がる。
ダリルのほかのスキルは、たぶんない。
見習いの冒険者は、たいていスキルは一つだけだ。
(一つだけ、か)
俺が写せるのは、目の前にいる相手のスキルだけ。
決闘の相手は、ダリル一人。
つまり、写せるのは【炎槍】だけだ。
0.1秒の、【炎槍】。
0.1秒で、炎の槍を一本、撃てる。
でも、ダリルのほうが、ずっと何本も撃てる。
撃ち合いになったら、勝てない。
(じゃあ、どう使う)
俺は、ペンを止めて、天井を見上げた。
0.1秒しか使えないスキルで、0.1秒以上使える相手に、どう勝つか。
答えは、もう、なんとなく見えていた。
撃ち合いはしない。
炎の槍は、撃たない。
使うのは、たった一回。
一番、大事な0.1秒だけ。
俺は、紙の端に、小さく書いた。
『炎と炎が、ぶつかったら』
それから、ろうそくの火を吹き消した。
読んでいただき、ありがとうございます!
王都の「決闘ランク戦」、そして一位の『止まった王』の【時間停止】。
0.1秒のペインとは、まるで正反対のスキルです。
次回、いよいよ最初の決闘。
【炎槍】の相手に、ペインはたった一回の0.1秒で挑みます。
ペインの作戦、予想してみてください!
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