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第1話 0.1秒しか使えない荷物持ちは、もういらない

0.1秒しか使えないハズレスキル。

でも、その0.1秒で、ずっと仲間を守っていた男の話です。

毎話、0.1秒の使い方で勝負が決まります。

「ペイン。お前、今日でクビな」


ギルドの酒場の、一番奥の席だった。

Sランクパーティ『白銀の剣』の四人がそろう、いつものテーブル。


リーダーのレオンは、エールのジョッキを置いて、まるで天気の話でもするみたいに言った。


「……え?」


「聞こえなかったか? クビだよ、クビ。お前はもう、うちのパーティにいらない」


金色の髪をかき上げて、レオンは笑った。

王都で一番人気の剣士。スキルは【聖剣】。顔もいい。声もいい。

酒場の女の子たちが、遠くからこっちを見てきゃあきゃあ言っている。


その向かいに座る俺は、黒髪で、小柄で、地味な荷物持ち。

誰も、こっちは見ていない。


「理由、聞いてもいいか」


「理由? 逆に聞くけどよ、お前のスキル、なんだっけ」


「……【刹那写し】」


「効果は?」


「目の前の相手のスキルを、0.1秒だけ写して使える」


ぶはっ、と隣で吹き出す声がした。

盾役のガルドだ。大きな体をゆらして、テーブルをばんばんたたいている。


「0.1秒! 何回聞いても笑えるわ! まばたきより短えじゃねえか!」


「しかも一回使ったら、三秒待たなきゃ次が使えないんでしょ?」


魔法使いのリサが、つまらなそうに爪をいじりながら言った。


「戦いの役に立つわけないじゃない。二年も荷物持たせてあげたんだから、感謝してほしいくらい」


人は誰でも、十五歳でスキルと一緒に「時の器」を授かる。

スキルを動かすための時間を入れておく、体の中の砂時計だ。

ふつうの人の器は、三秒から五秒。


俺の器は、0.1秒しかない。


だから、どんなスキルを写しても、0.1秒で切れる。

それが、俺がハズレと呼ばれる理由だった。


俺は、黙ってテーブルの木目を見ていた。


言い返そうと思えば、言い返せた。

でも、言っても信じてもらえないことも、わかっていた。


「来月から、俺たちは王家の依頼を受ける。黒の森の調査だ」


レオンが声を落とした。


「Sランクの中でも、選ばれたパーティしか受けられない大仕事だ。そこに、0.1秒しか使えない荷物持ちを連れていくわけにはいかないだろ?」


「……そうか」


「代わりの荷物持ちは、もう決めてある。【収納】のスキル持ちだ。お前の十倍は荷物が入る」


なるほど、と思った。

荷物の量で比べられたら、勝てるわけがない。


俺は、ゆっくり顔を上げた。


一番端の席で、聖女のミリアが、膝の上で手をぎゅっとにぎっていた。

銀色の髪の下で、何か言いたそうに、唇がふるえている。


でも、彼女は何も言わなかった。


それで、十分だった。


「わかった。今まで世話になった」


俺は立ち上がって、背中の大きな荷物を下ろした。

二年間、毎日背負ってきた荷物だ。

中には、四人分の水と、薬と、予備の武器と、地図が入っている。


「おいおい、いきなり物わかりいいじゃねえか」


ガルドがにやにやしている。


「泣いてすがるかと思ったのによ」


「すがってほしかったのか?」


「……あ?」


ガルドの顔が赤くなる前に、俺は背を向けた。


「ペイン」


酒場の出口で、レオンに呼び止められた。


「一個だけ忠告しといてやる。冒険者は、もうやめとけ。お前みたいなハズレスキルじゃ、どこのパーティにも入れない。田舎に帰って、畑でも耕したほうが幸せだぞ」


本気で、親切のつもりで言っているのがわかった。

レオンは悪いやつじゃない。

ただ、目に見えるものしか、信じないだけだ。


「……ああ。考えとく」


俺は、扉を押して外に出た。


―――


夜の王都は、雨が上がったばかりだった。

石畳がぬれて、街灯の光をぼんやり映している。


俺は、ポケットに手をつっこんで歩いた。


(クビ、か)


不思議と、悔しさはあまりなかった。

それより、ひとつだけ気になることがあった。


先週の、ワイバーン討伐。

レオンが【聖剣】で首を落とした、あの戦い。


あの時、岩かげに、ワイバーンを呼んでいたゴブリンの弓兵がいた。

放たれた毒矢は、まっすぐレオンの首を狙っていた。


レオンは、気づいていなかった。

ガルドも、リサも、ミリアも。


俺だけが、見ていた。


その瞬間、俺は【刹那写し】を使った。

写したのは、ゴブリンの弓兵自身の【見切り】。

矢の飛ぶ道が、0.1秒だけ、光る線になって見えた。


その線の上に、荷物の中から地図の筒を投げた。


カン、と小さな音がして、毒矢は地面に落ちた。

誰も、その音を聞いていなかった。

レオンはワイバーンの首を落として、みんなで喜んで、その夜は酒場で大さわぎした。


同じようなことが、二年間で、何百回あったか。


落とし穴を、穴を掘ったモグラの魔物の【土読み】を写して見抜いて、先に石を蹴りこんで崩しておいたこと。

リサの詠唱の途中で飛びかかってきた狼を、狼の【気配察知】を写して先に見つけ、荷物を投げて止めたこと。

ガルドの盾のすき間をぬけた槍を、槍兵の【刺突】を写して、同じ速さでたたき落としたこと。


ぜんぶ、0.1秒。

ぜんぶ、誰も見ていない場所で。


だから『白銀の剣』は、二年間、一度も大けがをしなかった。

Sランクまで、一度も負けずに上がれた。


みんなは、自分たちが強いからだと思っている。


(まあ、いいか)


夜空を見上げると、雲のすき間から、星がのぞいていた。


俺は、ポケットの中の懐中時計を、そっとにぎった。


古い、真鍮の時計。

針は、五年前のあの日の、午後三時十二分を指したまま止まっている。


二年間、Sランクパーティで荷物持ちを続けたのは、金のためだけじゃない。

強い冒険者のそばにいれば、いつか、あの人の話が聞けると思ったからだ。


世界を止める男。

『止まった王』の話が。


あの人の【時間停止】がなければ、妹は、止まった時間から出られない。


五年前のあの日から、俺の目的は、ひとつだけだ。


(もう、守らなくていいんだ)


そう思ったら、肩が少し軽くなった。

荷物を下ろしたせいかもしれない。


明日、ギルドで一人で受けられる依頼を探そう。

薬草集めでも、なんでもいい。

誰かを守るためじゃなく、自分のために、0.1秒を使ってみたい。


ただ、ひとつだけ。


(黒の森の調査、か)


あそこの魔物は、王都のまわりとはまるで違う。

罠も、毒も、見えない敵も多い。


レオンたちは、来月、あの森に入る。

俺のいない四人で。


「……あの矢、誰がそらしてたと思ってるんだ」


小さくつぶやいた声は、ぬれた石畳に吸いこまれて消えた。

読んでいただき、ありがとうございます!


0.1秒で、二年間ずっと仲間を守っていたペイン。

止まった懐中時計と、『止まった王』。ペインの目的は、少しずつ明かしていきます。


次回、一人になったペインが、自分のために初めて0.1秒を使います。


「続きが気になる!」と思っていただけたら、

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