番外編短編・聖職者
二十年ほど前のことである。当時はようやく発達障害という言葉が認知され、教育者の間でも早期支援や早期診断が周知されていたとか。
「へえ、チシオちゃんのお父さんとお母さんって学校の先生? 勉強教えてもらえる?」
学校からの帰り道、友達にそんなことを言われた。
「優しい先生?」
「いや、わからない……。父は特別支援級の先生だけど、家ではママの尻に敷かれてるし」
正直、そんな話題をふられても困る。私の親、先生だけあって口調も偉そうだし、ナチュラルに人を下に見ているところもある。簡単に言えば、世間知らずっていうか。
家に帰るのも憂鬱だった。特に母の顔を見るだけでもストレスが溜まる。
「うちの生徒が多動でさぁ。なんなの、アレ」
特性のある生徒に困らされているという母の愚痴、どう聞いていいかわからない。
日々、それはエスカレートしていく。今日は放送禁止用語を使っていた。母、会社員とかじゃなくて良かった。ある意味では学校という世界にはよく向いている性格に見える。
「うちの生徒のアスペがさぁ」
母の愚痴、夢にまで見るようになった。
「早く大人になりたい。こんな家、今すぐにでも出たい……」
◇◇◇
うちの娘が家に戻ってきた。確か、漫画家になりたいと下らない夢を語り、家を出ていったはずだったのに。
私と同じ教職を目指してほしかった。教職課程で有名な大学をすすめた。うまいこと誘導できたと思ったら、あろうことか漫画家。
しかも障害者差別のような描写を漫画で表現し、多方面で炎上し、叩かれたという。娘から漫画の収入額を聞くと、目玉が出そうだが、税金の高さも驚きだ。かなりの額だが、一生遊んで暮らせるかと言われたら微妙。こんなエピソード、学校では一度も聞いたことがなかったが、一体どうしてこんなことになっているのか。
「ちょっと、チシオ。漫画で炎上とかなんなの。どういうことか、説明しなさい」
我ながら偉そうだよな。でも、もうこれは癖というか職業病だし。教頭まで登りつめてしまうと、余計にこの癖は抜けない。
「は?」
それなのに、娘からの報告はまた驚く。驚くしかない。炎上の影響で鬱病になり、漫画も描けない。その上、医者から障害者手帳も勧められているという。
「ど、どういうことなのよ、チシオ。説明しなさいよ」
「これ以上の説明はないね。医者からは税金とか諸々のことを考えると手帳とった方がいいって」
ここでなぜか娘はクスクス笑っていた。
「お母さん、もう障害ある生徒さんの悪口言ったり、差別するのやめて。明日は我が身だよ。一寸先は闇だよ」
娘、なぜか楽しそうなんだが。それに福祉作業所のお土産もくれた。漫画の取材で行った福祉作業所のものらしい。バターたっぷりのクッキー。見るかからに素朴。パッケージを見ると、添加物は入っていない。小麦粉、砂糖、バターだけ。
「お母さん、食べなよ。『聖職者』だったら抵抗なく食べられるよね」
私はどう答えていいかわからない。




