ギフテッド一寸法師の作者、あるいは漫画家
精神科の診察室って懺悔室みたい。宗教が廃れた現代では、その代わりになっているのか。クリニックは教会。精神科医は神父。ヒーリングミュージックは讃美歌のように聞こえた。なら、神の代わりは一体なんだろう?
「先生、辛いです。炎上が全くおさまりません。一寸法師くんをネタに小説を書いているのもネットでバレちゃって、こっちも障害者差別してるってボコボコに叩かれていますよ」
わたしは障害者をネタに漫画やネット小説を書き、差別的だと叩かれ、炎上は全くおさまらない。障害者福祉団体からも意見書が届き、私への誹謗中傷、止まらない。夜にうなされる。眠れない。ネット民の悪意がスマホ越しに襲ってきそうで。
「まあ、気持ちはわかるわ。クリエイターの業ね。どうしても彼を書きたかったんでしょう? 芥川龍之介の小説みたいじゃない?」
「ええ……」
精神科医には慰められた。さすが現代の聖職者。私を傷つけることなど一切、言わない。
「適応障害と軽い鬱症状ね。お薬お出ししときますから」
「ありがとうございます、先生」
「お大事に」
精神科医の微笑みを見ながら、こに来て本当に良かった。病名という免罪符が与えられた。そう、わたしは何も間違っちゃいない。むしろ、被害者だ。
◇◇◇
「先生、どうしよう。ネットで私の顔写真や住所まで特定されてます……。家族やご近所の人にも迷惑がかかって……。もうやばいです。自殺が頭をよぎります」
炎上は数ヶ月たっても全く治らない。むしろネット上の特定班のターゲットにされ、個人情報は丸裸。それでも編集部は全く守ってくれない。担当編集者はアニメ化が決まった作家に夢中だった。
「それはダメ。あなたは死んだらいけない」
「せ、先生……」
「だって漫画が描けるっていう素晴らしい才能があるんですもの。独自な感性も天から与えられた才能よ、ギフテッドよ。良いことに生かさないと」
「ありがとうございます、先生。少し救われました」
「今日はお薬はもちろん、心を落ち着かせる注射も打っておきましょうね。ええ、大丈夫よ。あなたは何も悪くない。悪いのはネット民だし、迷惑行為をする障害者だわ」
精神科医の声、とても優しい。耳まで溶けそうだ。
◇◇◇
半年後。
あれからネットの炎上はおさまったものの、曰く付きとなった私はろくに漫画も描けなかった。せいぜい同人誌を出すぐらい。
そもそも鬱の症状もひどく、ペンもあんまり握れない。他に仕事もできず、家族に食わせてもらっている状況だった。
「先生、私、ちゃんと薬も飲んでいるのに、全く鬱の症状が良くなりません。なんでです?」
精神科は答えない。薄く笑っているだけ。
「ネットで抗うつ剤の噂を聞いたんです。依存症が強くでて抜け出せないって。薬漬けにされて、医療利権のカモにされて社会復帰もできないって」
「そんなの陰謀論でしょ?」
「そ、そうですけど……」
最近、私が作品のネタにしていた一寸法師くんのSNSを見つけた。彼も陰謀論者になったらしく、精神科が出す薬は覚醒剤と一緒だと訴えていた。彼も長年、薬漬状態で、身体の病気になったというが、徐々に薬を減らしていき断薬に到達し、今はスッキリ健康なのだという。
「陰謀論なんて信じちゃダメよ。あんな異端的な考え、鵜呑みにしていたらおかしくなるわ」
「そ、そうですね……」
「お薬出しておきましょう。今度は強い薬を出しておきますから」
精神科医は聖母のように微笑んでいた。
◇◇◇
おかしい。長年、精神科に通っているのに全く良くならない。むしろ、どんどん悪化していく。
「ま、まさか一寸法師くんとか陰謀論者が言っていたことが本当……? 先生、どう思いますか」
一瞬、懺悔室のような診察室は静かになった。精神科医は答えない。
「ところで、医療費とか大変じゃない?」
「一応、自立支援で医療費も薬代も安くなっていますが……」
なぜか精神科医は全く違う話題を出してきた。
「税金の支払いとかどう? 漫画時代の収入まだあるっておっしゃっていたけど、税金もけっこう取られているんじゃない?」
「そ、そうなんです。漫画描いてた時の事務所とかもあって。だからもう電子書籍の権利も放棄しようかなとも考えていて」
「他にも色々とお金がかかるでしょう。それに福祉作業所に通ってリハビリもした方がいいかも」
「え?」
「あなたの状態なら、障害者手帳をとった方がいいわ」
精神科医は聖母の如く微笑む。
「大丈夫よ。何も恥ずかしいことはない。最近、取得する人は増えているし、適切な支援を受けない方が恥ずかしいから。ええ」
そういえば、過去に描いた障害者の漫画、福祉支援員が同じような言葉を主人公に吐いていたのを思い出す。
「そ、あの手帳を取るのは心の準備というか、抵抗があるのですが」
「大丈夫よ。ちゃんと手帳が取れるように診断書も重めに書くから。あと、障害者年金についても考えてみてね。あなたの場合、初診日から一年以上たっていますし……」
もう断れない雰囲気だった。私の戸惑いを無視して勝手に話が進んでいく。
「ええ。免罪符をあげましょう。もうあなたがこれ以上、やりがいを搾取されない免罪符を」
精神科医の優しい声聞きながら、吐きそうになってきた。まさか自分がこうなるとは想像もしなかったし。明日は我が身。一寸先は闇。
ご覧いただきありがとうございます。これにて本編完結です。次回からは番外編を更新予定です。




