ギフテッド一寸法師の牧師
人ができることは限られているのだろう。人に人は救えないし、できることは少ない。もしそんな事を言う人がいたら、偽善者だ。それは昭和でも平成でも令和の今でも全く変わらない事実だと思う。
「牧師先生、わたしはなんで病気になったの? 神様に何か悪いことをしちゃったの?」
今日は、病院へ仕事へ出向いていた。正確には奉仕だ。無償でやってる。依頼を受けた家族から病院へ出向き、見舞いに行ったり、話を聞いたり、一緒にご飯を食べたり。
子供の見舞いは、けっこうメンタルにくるなぁ。痩せ細っているし、髪も抜けていた。しかもこんなことを質問され、言葉に詰まってしまう。母親も泣きそうに目を潤ませていた。
「そんなことはないよ。神様はミイちゃんのこと、死ぬほどに愛してるよ」
「だったらなんで私は病気になったの?」
それは神学的な答えが出ている。人類の祖先、アダムとイブが罪をおかし、完璧な世界がなくなってしまったから。でももうイエス・キリストの十字架で罪は精算され、天国へ入れる。地上の苦しみは天国へ入るまでのわずかな試練。でもこんなこと、子供に言えるはずもない。
「大丈夫。きっと神様が良くしてくれるよ」
「本当?」
「そうだ。いつかミイちゃんのことも迎えに来てくれるって約束してるよ。ちょっとの我慢だ」
「そっかぁ。神様にも事情があるもんね。ミイちゃんを迎えに来るの、ちょっと遅れちゃってるだけなんだよね?」
「そうだ」
頷くしかない。
「ありがとう、牧師先生」
笑顔でお礼まで言われたが、これ以上のことは何もできない。言えない。俺は病気も治せない。薬も作れない。専門知識もない。金も与えられない。何より、命も赦しも与えられないし、救えない。寄り添うことしかできないのが現実だった。
「あぁ、今日はちょっと疲れたな……」
つい愚痴がこぼれそうになりながら、病院を後にしようとした時だった。
待合室に、ちょっと気になる男がいた。おじさんにも中学生にも見えりようなルックスだ。身体が小さく、灰色の目が特徴的だ。
目が合ってしまった。外見は全く病人に見えないが、もしかしたら見えない障害を持っているのかもしれない。ここは総合病で大きいし、精神科も入っていた。
「ふぅん。牧師か。うさんくさい。もしかして二世とか?」
「確かに俺は二世だが、そういうレッテルで見るのは問題だ。二世だと悲劇的で可哀想なラベル、迷惑だな。俺はクリスチャンホームに生まれて最高に幸せなんだがな」
俺は自己紹介すると、露骨に差別してきた。まあ、慣れているが、この男、自称一寸法師だという。そういうあだ名らしい。
「へえ」
「一寸法師と呼んでいいぞ」
「なんか偉そうでは?」
とは言いつつ、一寸法師くんはストレスが溜まって肌荒れや糖尿病など色々と持病があるらしい。
「なんの仕事を?」
「ずっと派遣で事務職してる。派遣会社の中では古参ってことで賞状もらったり」
「へえ。でも派遣ってそんな残業ないイメージだが、ストレスあるんかい?」
「失礼な牧師だな。色々あるんだよ」
「へえ」
お互いレッテルを貼っていたこともわかり、打ち解けた雰囲気が生まれていた。
「甥っ子にもバカにされてる。おじさんは素直に福祉を受けて、行政の支援も受ければいいのにって」
「福祉?」
一寸法師くんは「しまった!」という顔をした。露骨だ。まるで発見された隠れキリシタンみたいな顔を見せてる。
「なんか障害? まあ、クリスチャンでも多いし、うちの教会にも薬物依存や整形依存の子もいるから、珍しくはない。うちの妻も適応障害の過去がある」
「へえ……」
同じ隠れキリシタンではないが、踏み絵で迫害される心配はなくなったらしい。一寸法師くんは福祉に頼ってもうまくいかなかった経験や一般雇用で擬態しているストレスを語る。
「残業ない派遣でもストレスすごい。いつ障害もちってバレるんじゃないかとヒヤヒヤしているし、人の何倍も何倍も努力してようやく人並みにいかない感じ。正社員経験もないし、彼女もできたことがない。姉にも甥っ子にもバカにされてる」
その時、一寸法師くんは灰色の目で俺を見つめた。
「神がいるんだったら、なんで、俺みたいな奴が生まれたの? なんで生きづらいんか?」
また、この質問か。その答えはとっくに出ていたが、一寸法師くんに「神様は君を愛してます」と言っても反論されるだろう。経験上、一寸法師くんは素直なタイプでもなさそうだし。
「だったら君、神様に直接聞いてみたらいい。祈り方は教えてやろう」
「は?」
「神様、イエス様、なぜ僕はこんな状況ですか。教えてください。アーメン。これでいい」
「はー? ふざけてるの?」
一寸法師くんは露骨に反抗してきた。睨まれた。まあ、想定内。
その後、何度か病院で一寸法師くんに会った。日に日に体調が悪くなっているらしく、円形脱毛症も発生したらしい。
「嘘つき! 神に祈ってみたが、なんの返事もないどころか逆に悪くなってる!」
子供のように文句を言われたこともあったが、もしかしたら彼、感情を表現するのが苦手なのかもしれない。そうできたとしても愚痴や文句を言える相手は一人もいないのだろう。
「お、祈ったのか。第一歩だ。今後も祈ってみるといい」
「誰が祈るもんか!」
とはいえ、一寸法師くんは俺と会うと、無視することはない。むしろ神への文句を延々と語ってるぐらい。
「不公平だよ。この世の中は。特性もなくエリートみたいなヤツもいるのに。俺みたいな障害もちもいる。不公平だ、神様」
しかし、毎回神様に文句を言っている彼、目の濁りがなくなってきた。
「いいぞ。神様への不満、どんどん祈っていい」
「は? あんた牧師だろ? そんなことは言っていいんか?」
「聖書では神様に文句言う人出て来るし、いいんじゃないか? 不満も悲しみも全部神様に吐けばいい。全能の神様なんだからそんな小さな事では怒らんしな。人にできないことも神様にはできる」
「はあ?」
「もう人に期待するな。医療や福祉、家族、友達、恋愛で散々味わってきただろ? 人ができることは少ないって。俺すら君にできることはない」
一寸法師くん、ぽかんと口を開けていた。
「そうかもなぁ。人に期待し過ぎていたから、救われないって勝手に傷ついていたのか……。確かに俺すら俺を救えちゃいないのに……。人が人を救えるわけないよなぁ……」
それでも一寸法師くんはバカじゃなかったみたいだ。俺が言いたいこと、察してくれたらしい。
その後も毎回、彼は神様に文句を言っていたが、少し楽しそうだ。他の病気は悪化しているらしいが、肌荒れと円形脱毛症は治ったという。
「本当、この世の中は不公平。神様は不公平!」
「はは、でももう少しの我慢だよ。いつか天国へ行くまでの」
「牧師さん、俺は天国へ行けますかね。こんな神様に文句言っている件」
「さあ?」
「疑問系か!」
一寸法師くんはぷんぷん怒っていたが、目は明るい。もう灰色に見えなかった。




