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ギフテッド一寸法師〜何者にもなれない私たちの寓話〜  作者: 地野千塩


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ギフテッド一寸法師の講師

 夢を叶えたら最高に幸せだって思ってた。


「先生、この展開だと読者がついて来れないし、ヒロインのアミの熱意が伝わりにくいです。ここがもう少し過剰に。コミカライズになった時も考えると……」


 担当編集者と打ち合わせ中だったが、疲れた。作品の直しはいいのだが。


「今の流行りだと、もっと過激にしないと」

「やっぱりドーパミン中毒者向けに書かないといけないんでですかね」

「そういうわけじゃないですが……」


 編集者の反応は仕方ない。フリーの編集者だし、安定とは言いがたい立場。


「あぁ、疲れたなぁ……」


 俺はメガネを外すと瞼を擦る。黒縁のメガネ、気に入ってるけれど、急に重く感じるようになってきた。


 仕事部屋はライトノベルだけでなく、国語辞典、植物図鑑、花言葉辞典、制服図鑑などの本でいっぱいだ。俺の仕事はライトノベル作家。そこそこ売れている方だし、一時期専業作家だったが、最近は全く部数が伸びない。出版不況のせいにしたいところだが、それはずっと続いている。まあ、単純に俺が市場と需要を読めないせいだな。今流行ってるWEB小説とか全くわからない。


「それでも仕事をしないとな……」


 とにかくパソコンに向かい、キーボードを打ち続ける。今書いている新作は女子高生二人の友情もの。パッケージはエモい百合っぽい企画。企画書の段階ではもっとマイルドのネタだったが、それだと読者が飽きる上、コミカライズもしにくいということで、貧困、障害、薬、病気などの不幸を盛りに盛った。


 最後には社会から見捨てられた主人公二人が心中して終わる。江戸時代に流行ったような心中ものが原型だ。日本人って案外こういうのが好き。村社会で息苦しいから社会を仮想敵にし「社会に理解されない私たち」って刺さりやすいと編集者や営業から聞いた。その上で「死」をスパイスに加えると、さらに受けるらしい。心中だけでなく、余命、病気などの不幸ってエンタメの中ではありふれている。不幸って客観的にみるとエンタメなんだ。倫理観は別としてそういうもんだ。蜜の味というより消費され続けるポップコーンみたいな感じ。


「これ、本当にエモいかね?」


 メガネをかけるのを忘れていた。あわててメガネをつけてノートパソコンの画面を見つめる。俺の原稿、編集者の意見と共に直している最中だが、本当に読者に受けるのかわからなくなってきた。


「そもそも俺がデビューできたのは運みたいなもんだし」


 作家になる夢を叶えたと思ったが、別に幸せじゃない。書きたいものなんて書けないし、部数を思うと胃が痛い。年々、重版も減ってきてる。初犯部数もしょっぱい。コミカライズも決まらない。表紙のイラストレーターも無名の新人がつくことが多くなった。新人賞にはAI作品が殺到しているという。


「俺の作品、本当に受けるんかな……」


 そんな折、知り合いから小説家講座の講師の依頼があった。もちろん受ける。今の俺の作家としての収入、日本人の平均収入より少なかったし。


 場所は郊外の文化センターだ。他にも油絵、折り紙、フラダンス、編み物などの講座が開催されているらしい。受講生は定年退職後の老人か世間知らずそうな若い人も多い。長年小説家志望の中年男性もいた。作品は仕上げて投稿しているようで、それだけでかなり上澄み。一作も仕上げられないままの自称小説家志望って多い。


「俺は小説家になりたいんですよね。社会問題を小説にして訴えたい」


 自称一寸法師という生徒、夢を熱く語っていた。なぜかそんな名前かは謎だったが、おじさんにも子供にも見えるようなルックス。身体も小さい。


「それは素晴らしいね。是非書いて俺にも作品を見せて欲しい」

「ええ、次の講座には必ず初稿を持ってきますよ」


 そんな一寸法師くん、次の講座に原稿は持ってこなかった。


「なんかこうアイデアがいっぱい思いついてしまって、形にならないんです」

「へえ……」


 色々と言い訳をこね、作品を持ってこない一寸法師くん。作品を仕上げたら結果が出る。なら、ずっと未完成の原稿を抱えたままの方が可能性がある。未完の原稿を十年も直し続けている投稿者も珍しくない。


 一方、一寸法師くんと同じ歳ぐらいの中年の受講生は毎回短編を仕上げ、俺に持ってきた。確かにこの受講生の小説、主人公が独特で展開も唐突だった。上手くない小説だったが、最後まで書くだけ幾分かマシ。


 気づくと一寸法師くんはこなくなった。一寸法師くんだけでない。あの中年受講生以外、誰もこなくなってしまった。


「しょうがないですよ、先生。特に一寸法師くんは障害を持っているみたいで」


 中年受講生は諦めていた。俺もため息が出る。


「障害か。でもそれをいい訳にされるのも、ちょっとしんどいなぁ」


 俺のデビュー作、自閉症のキャラクターの描写が差別を助長すると福祉団体から意見書が出され、アニメ化や映画化が消えた。その後、無職状態になり、作家生命も終わった。なんとか新作を出すチャンスがあり挽回できたが、匙加減一つで弱者でも誰かの人生を潰せることができる。エンタメ関係の職ってそもそもバカにされがちだろうし。そう思うと、一寸法師くんも偏見で見てしまうなぁ……。本人は何も悪くないと頭では理解しているつもりだが。


「でも、まあ、障害者だったら仕方ないなぁ……」


 口ではそう言っておくか。それに一作も小説を書いていないのも、彼にとっては悪いことでもない。これで永遠に夢は夢のままにできる。俺よりずっと良いだろう。

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