ギフテッド一寸法師の免罪符
「全く税金高いよなぁ。なんでこんな引かれてるん?」
同棲中の彼氏、給与明細を見ながらため息をついていた。
「やっぱりり生活保護とか障害者が税金食っているんじゃないの。いやだね。働かざるもの食うべからず」
それは私への嫌味だと理解した。
私、今、うつ病で休職中だった。うつだけでなく、幼い頃に発達障害の診断も受けている。福祉作業所や就労移行には行ったり辞めたりを繰り返している感じ。アラサーになった今、彼氏との結婚も考え無理して一般雇用にチャレンジしたらうつ病になってしまったわけだが。
「そう」
「そうだよ。部屋も片付けろよなぁ。なんでこんな洗濯もの溜まってるんだよ。飲みかけのコップもなんで三つもあるんだ。あぁ、イライラする。働けよ」
「い、今から求人票探すし」
「障害者雇用いけよ、全く」
「人並みに稼げないし」
「人並みじゃないからしょうがないだろ」
最近、彼氏の言葉がきつい。私のだらし無さにウンザリしているのかも。歴代彼氏もいつも最後は私にイライラしていた。何で?
「しょうがないじゃん。色々特性持ってるし」
「あ、そ」
「しょうがないじゃん……」
「すげー免罪符だな」
免罪符?
そんなつもりはないのに。特性のせいにしているって思われているのだろうか。胃のあたりがキリキリしてきた。そんなんじゃない。私はもっと……。
でもこれ以上、同じ部屋にいてもダメ。大きな喧嘩に発展しそうだし、外に出た。 今日は市街地の文化センターに行くつもり。小説創作講座を申し込んでいるから。ベテランのライトノベルが講師だ。 自慢じゃないが、母や福祉士にも「祐奈ちゃんは独自な感性がある。作家に向いてると思う」と言われていたし。就労移行では詩や童話の創作講座もあったが、一番うまいって褒められたことがある。そういえば、ASDの作家が受賞したってニュースも聞いたし、私にだって何か才能があるんじゃないのかなぁ。
小説の創作講座の生徒は男女比は同じぐらい。年齢層はバラバラだが、老人が多め。老後の暇つぶしで来ているみたい。 前の席にはおじさん二人が座っていた。一人は見た目もチャラく、いかにも夢追いおじさんって感じ。もう一人は子供っぽい顔だ。おじさんなのに中学生みたいな雰囲気。
「あれ……」
中学生みたいなおじさんを見ていたら、何かピンとくるものがあった。就労移行や福祉作業所でこんな感じの人、見たことある。 「もしかしてどこか作業所とかで会ったことある?」 無邪気に聞いてしまった。空気読めていなかったかな。また失敗したと思ったが、相手はそうでもなかった。
「うん、作業所いたことあるし。俺、あだ名は一寸法師っていう」
「一寸法師? 面白いね」
「そう呼んでくれていい」
こんな感じで一寸法師くんと打ち解けてしまった。まあ、小説講座は初回から講師が厳しく、ついていけていない者同士って感じだったけれど。
夢追いおじさんは長年投稿していたらしく、講師にも気に入られていたみたい。 帰り道、私は一寸法師くんと一緒になり、話しながら帰った。
「案外、厳しかったね、先生。どう、何か作品書けそう?」
「うん、まあ。障害者の闇っていうか、綺麗事じゃないリアルを書きたいな」
「へえ……」
「でもなんか……」
一寸法師くんは歯切れが悪い。
「本当に小説書きたいのかわからなくなったな。作家になれば自宅で仕事できるし、他人にマウントも取れるかもしれないって俺の動機……。他に真面目に創作している人たち見ていたら、なんとも言えない違和感というか……」
一寸法師くんの言いたいこと、この時はよくわからなかったけれど、次第に私も実感してきた。 とにかく講師が厳しいから。書きかけの短編を見せると真っ赤になってかえってくる。
日本語の文法からやり直して、とか一人よがりで読者に伝わらないとか、中学生の夢小説みたいともあった。 一方、夢追いおじさんは講師の厳しさも楽しいらしい。指摘された箇所を直し、何度も何度も講師に見せに行き、最終的には作品を仕上げていた。講師によると、一次予選通過も狙える出来らしい。
「私、本当に小説家になりたかったのかなぁ……」
家で一人、講師から返された原稿を見ていると、胃がキリキリしてきた。これを一から直す気はない。全くない。むしろ、こんな丁寧に添削してくれた講師が嫌いになっていた。
それってつまり、そこまで小説家になりたくない証拠。母や支援者に「才能がある」なんて言われて鵜呑みにしただけ。もっといえば、何者かになりたかっただけかもしれない。
一寸法師くんも講座に来ない。他の受講生も講師の厳しさについていけなかったらしい。私も自然と行かなくなった。
そんなある日、一寸法師くんを見かけた。駅前のロータリーのバス停で待っていた。
「創作講座、辞めちゃった?」
「あぁ」
一寸法師くん、それを言い当てられ、目が泳いでいた。
「いや、特性が余計悪化した感じ。やっぱり障害者の俺には作家みたいな大変な仕事、向いていなかった気がする」
その一寸法師くんの言葉、まるで免罪符みたい。でも私も責められない。親や支援者の褒め言葉、頭を駆け巡ってくる。胃が痛い。
「うん。私も手帳もちだしね、私ももう講座に行くつもりはないよ」
結果、一作も作品を仕上げられないまま夢を諦める。ちょうどいい免罪符もあるし。夢は夢のままにしても大丈夫。




