ギフテッド一寸法師の夢追いおじさん
スキマバイトで怪我した場合、労災っておりるんだろうか。
「いたっ!」
右手に鋭い痛み。それにネトネトした唾液の感触。俺は思わず右手を引っ込めたが遅かった。くっきりと歯形がついている。
「ごめんねー。いつものことだから」
福祉士たちは驚いていない。日常茶飯事という雰囲気で流された。
俺は今、とある福祉施設に来ていた。スキマバイトで、長期雇用のお試し勤務。求人も載っていた。発達障害のある児童のための放課後支援施設とかなんとか書いてあった。特性にあった支援とか才能発掘とか。
だから軽度の障害をイメージしてスキマバイトに来たのだが、利用者の子供は車椅子ユーザーも多く、身体の障害もありそうだった。それだけでなく、泣いたり、叫んだりする利用者も多く、右手を噛まれてしまったというわけ。
家に帰ってもまだ右手が痛い。大した痛みではないが、もし大怪我を負ってしまったら、労災がおりるか不明だ。
「しかし、あの福祉施設の子……」
一人、利用者に懐かれたが、上目遣いで、笑顔だった。素直で無邪気だったが、良い子を演じているような空気もあった。俺みたいな冴えないおじさんに懐いてくるのも、なんか……。
まあ、そんなことを考えても仕方ない。原稿をやらなきゃ。俺はライトノベル作家になるのが夢で長年バイト生活をしながら、投稿していた。若い頃から百回ぐらい作品を送っている。俺も文学青年から冴えないおじさんに変化してしまった。夢の成績表は常に赤点。
「もう諦めたいけどなぁ……」
そんな呟きもこぼしながらも、キーボードを叩く手は止まらない。右手を噛まれて痛いはずなのに、もう忘れてしまった。
そんな時だ。近所の文化センターで小説講座が開かれるのを知った。上半期、下半期も二十名の生徒が募集される。上半期は有名なライトノベル作家が講師だし、是非行きたい。受講料は痛手だったが、スキマバイトやライターの副業をこなし、なんとか参加できることに。
教室には若い人からお爺さんまで色んな人がいた。お爺さんに話しかけるとライトノベルなんて知らないが、定年の趣味で創作したいんだとか。
「俺はラノベ作家になって一発逆転したいな」
若い人はそんな夢まで語ってる。キラキラしていて眩しいなぁ。俺みたいな夢追いおじさんにならなきゃ良いけど。
「俺は一寸法師だ。よろしく」
そして隣の席の男に声をかけたが、妙な男だった。自称一寸法師という。普段は派遣社員らしい。おじさんにも小学生にも見えるルックスだ。まあ、小説家志望の男など俺を含めて変わり者もいる。人のことは言えないし、あんまり驚かない。
「一寸法師くんはどういう作品書いてる? 俺はライトノベル系。青春ラブコメが好きでさ」
「へえ。俺は社会問題を書く純文学が書きたい。数学が趣味だったんで漫画で同人誌を作ったこともあるが、やっぱり広く社会問題を扱えるのは小説だな」
「社会問題ってどういう系? LGBTとか貧困とか」
俺は夢追いおじさんとして貧困には興味がある。実際、スキマバイトで出会ったおじさん、転売ヤーとして儲けていると聞いたが、フリマアプリ内で借金させるシステムが設置され、ズルズルと転売行為がやめられないという。ちなみにそのおじさん、バイト先の販促グッズを拝借し、プレミア価格で転売していると無邪気に語っていた。こんな風に我々の社会は至るところに貧困の罠がある。夢を追うのだって罠の一つかもしれないけれど。
「いや、障害者問題を書きたい。綺麗で無邪気な障害者だけしかエンタメで許されないのっておかしくないか?」
「確かに。でも取材が大変そうじゃん」
「いや、俺は発達障害で福祉施設にいたこともあるし」
「へえ。それはリアルだ。一寸法師くん、頑張れよ」
なんだか熱く夢を語っている一寸法師くん。胸焼けしてきた。長年、投稿しても良い成績がかえってこない俺から青臭いなぁと思う。作品への熱意、俺はもうあんまりもっていないし、そもそも作家になりたかったんだっけという。何者かになりたかっただけ?
「それに作家になって上手くいけば、一億稼げるかもしれないし。人と関わらないで仕事できるって良いよね。発達持っている俺からしたら、夢みたいな職業」
そんな夢まで語る一寸法師くん、目が濁って見えた。
「じゃあ、本当に一寸法師くんも頑張らないと。講座も楽しみだね」
「ああ」
ちょうどその時、講師がやってきた。四十五歳ぐらいの男性だった。黒縁のメガネ姿はいかにもサブカルっぽく、俺のバイト先のドラックストアや居酒屋では見かけない風貌だ。
教え方もよかった。ストーリーや文章のテクニックはあまり語らず、生き生きとしたキャラを作る方法や読者が面白いと思うポイントなど実践的だ。俺は食い入るように講義を聞いていた。メモも書きすぎて真っ黒。
「最後に、最近はポリコレや人権などが厳しい時代にんった。俺もデビュー作、自閉症の親から生まれた息子の受難と青春を書いた。重いテーマの割に売れに売れたんだが、福祉団体から意見書が出され、アニメ化がぽしゃったこともある」
チラリと隣の一寸法師くんの顔を見てみた。寝耳に水みたいな表情だった。
「小説といっても読者とのコミュニケーションだから。こういう重いテーマを扱う時は、気をつけて。まあ、今の時代だったら俺のデビュー作、絶対受賞しなかっただろうなぁ。時代の運もあるね。夢がない話だが、受ける小説は俺にもわからん。運だよ、運」
一寸法師くん、無表情になってしまった。それから実際、創作し、講師に批評をもらったり楽しかったが、一寸法師くんは途中から来なくなってしまった。一つも小説を完成させないまま、夢だけは語っていた。
「一寸法師くんみたいな創作者志望って多いんだよ。完結まで書かない。まあ、書いたら結果が出るからな。だったら一作も作らないで、本気出していないだけって言ってた方がいい。まだ可能性があるからな」
講師の言葉は辛い。でも嘘は言っていないと思う。
「先生、それはお金も同じですね。貯金したり宝くじを買うのは、そのお金で何かできるかもって可能性に夢を見ているのかな? 実際お金を使うことに意味も幸福もないってわかっているのに」
「そうだと思うよ。夢は可能性っていうふわふわしたもんだから」
講師が生ぬるい目を見せていた。
「だとすると俺の夢ってなんなのかな……」
もう色々と結果が出ているので、可能性にも夢が見えない。それでもなぜか毎日作品を書いているんだ。
「こんなのもう、好きなだけじゃんか……」
俺は夢追いおじさん。惨めな身分だ。可能性すら擦りきっているけれど、案外、好きなことはできていたのかもしれない。




