ギフテッド一寸法師の魔女
年老いた。手なんてもう皺くちゃだ。思えば手って年齢が出る。
私はその手でノックをした。コンコン。少し鈍い音が響く。
「こんにちは。あなたはカミサマを信じますか?」
「は? あんた、突然押しかけて何を言ってるんだ。カルトか。帰れよ!」
せっかく私たちのカミサマの代理人、中心者が再解釈し、翻訳した聖書を渡そうとしても拒絶された。まあ、当然だろう。
「ババアが、宗教勧誘か。もう帰ってくれ!」
次の家でも拒絶された。その次の家でも似たような反応だった。
「あのおばさん、魔女みたい。怖い」
なんていう子供もいた。子供は正直だ。その拒絶する眼差しも、露骨すぎ。
背中がゾクゾクしてきた。気持ちいい。快感だ。たぶん、脳から何か出てる。ご近所では「カルト信者の魔女」なんて噂されていたが、気持ち良い。社会から拒絶されればされるほど、私たちの教理は絶対正しいと確信が生まれてしまう。
「こんな化学が発展した世の中だ。カミサマなんていないんだよ」
論破してくるものもいた。
「正当なプロテスタントの神学では〜」
神学まで持ち出して論破してくる人もいたが、背中のゾクゾクは全く止まらない。もっと拒絶されたいと思うのは間違っているのだろうか。
そして一人も勧誘できないまま、教団の集まりに出る。私と似たような白い服と黒い髪の女が多い。化粧もしていない。容姿を磨くことはサタン崇拝にあたり、固く禁じられていた。他にもカフェイン、酒、タバコはもちろん、肉食や添加物入りの食品も禁止だった。女性が働くことも堕落にあたる。教団からのわずかな賃金で慎ましく暮らすのがカミサマの代理人、中心者の教えてだった。
集まりでは、私たちの勧誘を拒絶した人を一人一人名前をあげ、報いがくるように祈っている。みんなと手を繋ぎ、祈りあう姿。あぁ、また背中がゾクゾクとしてくる。社会に拒絶された私たちの美しい世界。
思えば、子供の頃から心中ものの小説や演劇が好きだった。社会から拒絶され、二人の世界に閉じこもり、最終的に死を選ぶストーリー美しさ、甘さが好き。大きな声じゃ言えないが、日本人ってこういう話が好きな人多いと思う。江戸時代も心中ものが流行していたし、現代でもそういった精神を受け継ぐ小説や演劇よく見る。
「また、陰でこっそりこういう娯楽を見るのが良いのよねぇ……」
家に帰ったら、社会に適応しにくい女子が死へと向かっていくライトノベルをこっそり読んでいた。本当は教理だと禁止されている行為だが、悪いことをしている背徳感がスパイスになってしまう。
ライトノベルを持つ私の手、すっかり老いぼれているのに汗が滲んじゃってる。身体の反応は逆らえそうにない。
「あぁ、楽しい……」
実際、私に向けられた拒絶の数々を思い出し、手が赤らんできた。今だけ生命力が復活している。おかしなものだ。教団では異端行為なのに。魔女裁判にかけられたら殺されるかもしれないのに。
そんな時だった。自称・一寸法師くんに出会ったのは。
いつものように近所の家を周り、勧誘し、拒絶されるのを繰り返していた。ふと、まだ訪問していないアパートに気づく。壁は黒ずみ、いかにも貧困層が住んだいそうな雰囲気のアパートだ。ゴミ捨て場も荒れ、バナナの皮やカップラーメンのカラが転がり、酸っぱい臭いも漂う。
経験上、こういうタイプの家は余計に拒絶されやすい。私は内心ドキドキしながら、そのアパートの部屋をノックした。コンコンと鈍い音が響く。
「 なんだ、カルトかよ。暇だな。俺は派遣社員として働いているが、福祉にも関わっていたことがる。弱っている奴にさらに搾取する鬼みたいな奴は慣れてるが?」
出てきた男、妙な雰囲気だった。子供ともおじさんにも見える。身体も小さい。なぜか自称・一寸法師と言う。
「だが、俺は鬼退治はしない。打ち出の小槌もないからな。さっさと帰ってくれ」
案の定、拒絶されたが、なぜか背中がゾクゾクとしない。いつもだったら、そう、この瞬間、脳内に何か物質が出ていそうなのに。
「いや、もう帰ってくれよ」
強引に追い出されたが、気になって仕方ない。この変な男はなんだろう。
次の日も一寸法師くんに勧誘しに行った。
「またカルトかよ。もう来るなって」
そう言うのに、一寸法師くんの目、私を拒絶していない。
「福祉でもカルトに騙された人、見たからな。信じれば発達障害も治るって騙されてな……。そんなことはないのに。あんたも騙されたか?」
一寸法師くん、一見弱そうなのに刺してきた。小さな手芸用の針でチクチク刺してくるみたいに。
「本当はさほど信仰していないんじゃないの。なんか別の目的でこんな事やってるんだろ?」
しかも、私が魔女裁判にかけられて殺されるタイプだってことも見抜いてきた。あぁ、もう……。
「こなえだは拒絶して悪かったよ。余計なお世話だが、おばさんは医療や福祉の世話になった方がいいんじゃないか? まあ、そこでも騙されないようにしてさ」
一寸法師くんの目、優しい。なんだか拍子抜け。全然、背中もゾクゾクしないし、楽しくない。
「俺だって特性のせいで大変だが、理解してくれた人はいた。一緒に同人誌作ったり、自己啓発セミナー行ったっり。今は疎遠になったけどさ……」
一寸法師くんは目を伏せる。
「おばさんが思っているほど社会は冷たくない……」
その言葉、嘘でも無さそうだから、かえって辛くなってしまった。




