ギフテッド一寸法師の姫
正社員で働くのが本当に良いのか。疑問に思う。
「私、もう疲れちゃったんだよねぇ。キリキリ働くのが」
ある土曜日の夜、友達に愚痴っていた。派遣の工場の事務で働いてる私。確かに新卒数年は正社員で働いていたが、想像以上の業務の多さについていけず、適応障害にもなりやめた。傷病手当金のおかげで数ヶ月ふらふらした後、現職に至る。
「うん。確かにユウちゃんの言う通り、お金とか保険とか結婚とか色々あるけど、もうそんな働きたくないんだよね。っていうかその能力がない。向いていない」
そんな事を愚痴る私、確かに社会にすっぽりハマっている感覚はない。非正規は婚活するなっていうSNSのツイートを見たりすると落ち込むけど、やっぱり人にはそれぞれのキャパシティがあるんだ。
「っていうか、工場でイケメンとかいないの?」
「え!?」
突然、友達は恋バナに話題を切り替えてきた。こんな話題、正直、好きじゃないんだが。
「先輩とか同僚でいないのー?」
友達の声をきいていたら、なぜか同じ派遣の顔が浮かんでしまった。
自称・一寸法師という不思議系の彼だった。確かに身長は低く、地味な理系男子って感じだが、朝一番早く事務室に来ている。噂によると、前職はブラック工場にいたらしい。実際本人も前職の話題をしたとき、「仕事量は今のが少ないのに時給が五百円も高いのはおかしい!」と自虐していた。うん、やっぱり私の目から彼は不思議くんカテゴリーの人。そんな恋愛対象じゃない。
そしてあっという間に土日は終わり、月曜日になった。今の職場は工事だけれども、大手企業だし、コンプラもしっかりしている。トイレも身体障害者の為の広いものがあるし、パワハラやセクハラに該当する被害を受けたら、相談できる窓口もある。食堂も広く綺麗で美味しいのに、三百円で食べられる。ドリンクバーもあって飲み放題。
「一寸法師くん、おはよう。早いね」
事務所には誰よりも早く出社してきた一寸法師くんがいた。
「何か書いてる? え、数学やってるの?」
「あぁ。俺は数学が好きなんだ。同人誌で持論を発表すたこともある」
一寸法師くん、数学を語る時の目、光がさしていた。いつもは灰色がかった目なのに。正直、数式とか公式とか意味不明だったが、一寸法師くんから数学の話を聞くのは楽しい。
「私、本当に数学は苦手だったんですよね。数学できるなんて羨ましい」
素直にそう言っただけなのに、一寸法師くん、顔を赤らめていた。なんか妙な雰囲気? いや、良い雰囲気?
そんな折、会社からストレスチェックのお願いが回ってきた。上司によると、鬱や適応障害が増加している社会問題があり、ストレスチェックを受け、場合によっては診察することを勧められた。
自分のデスクでストレスチェックを受ける。こういうの、意味あるんかなぁ。適応障害になる直前も受けた記憶があるが……。
チラリと一寸法師くんのデスクにも目を向けた。なぜかストレスチェックの書類を眺めながら、苦いため息をついていた。
「あれ?」
そてからしばらくしてストレスチェックの結果が届いたが、ゴミ箱を見たらその書類が捨てられていた。一寸法師くんのストレスチェックの結果だが、足跡もついていた。誰かが踏みつけた後に捨てたってこと?
気になってしまった。毎日笑顔で数学の話をしているのに、なんでこんな事をしているのだろう。
偶然にも事務室には誰もいない。一寸法師くんも休憩中でジュースを買いに行った。
私は一寸法師くんのストレスチェックの結果をゴミ箱からすくい、こっそり見てしまった。
結果は高いストレスがかかっているようだった。
「え、嘘……」
一寸法師くんは、仕事もそつなくやってる。確かにミスはあるが、データ入手力は正社員よりも早く終わらせていたし。エクセルのスキルだって低くない。特にエクセルは独自の数式を作り、効率化もしていた。私たちとも特にトラブルを起こしていないし、なんで?
「どういうこと、一寸法師くん……」
しかも踏みつけた跡があるのも謎。
その謎、意外な形で溶けた。一寸法師くんの本名で検索したら、彼のSNSらしきアカウントを見つけた。「弱者男性監察スレ」という匿名掲示板で本名が特定され、一部のネット民に笑い物にされているようで。
そのアカウントを見に行った。悪いと思いつつ、好奇心を抑えられなかった。後悔した。一寸法師くん、目に見えない障害を持っていたらしい。福祉支援も上手くいかず、今は努力をしながら必死に「擬態」しているという。
「それはストレス溜まるでしょ……」
納得はしたが、福祉とか作業所とか障害年金というワードは生々しい。別世界みたいだと思う。それが差別かどうかもよくわからないが、「擬態」されていたことにショックも受けてる。欺かれていたというか。一寸法師くんの事情もわかるのに、心の底で腑に落ちない。これはやっぱり差別だろうか。なんなの、自分……。
翌朝、いつものように一寸法師くんと数学の話をしたが、どんな顔できいていいかもわからない。その上、SNSのアカウントも見てしまったと告白してしまった。
「そうか……」
一寸法師くんは怒らなかった。
「言ってくれればいいのに」
「言えないよ。好きな人に実は障害があるとかさぁ」
「え、まさか私のこと!?」
「そうだよ。初対面からお姫様みたいって思っていた」
残念ながら、私は姫じゃない。むしろ一寸法師くんに欺かれていたとか思う狭い心の持ち主。そもそも一寸法師くんのこと、責任持って付き合えると思えない。もし深く傷つけてしまう可能性も考えると……。姫みたいに打ち出の小槌も所有していないんだ。
それでも一寸法師くんは笑顔だ。雨上がりの空みたいな目を見せていた。
「普通の人みたいに失恋して傷つく経験ができて嬉しい。実家や福祉に囲われていたら、絶対にできない経験だったな」
一寸法師くん、幸せそうだった。どうか未来も幸せでいて。そう祈ることしかできないけれど。




