ギフテッド一寸法師の友
夜勤明けの朝、朝の光が眩しくて仕方がない。本来ならこの光、頭を目覚めさせるものだろう。これから眠りにつく俺からしたら、毒みたい。
「あ、コノハノムシだ」
そんな毒みたいな光を浴びながら、自宅近くの並木道、葉っぱの陰に隠れているコノハノムシに気づく。
「バレバレだぞ……」
擬態中の虫を見ていたら、いい気分にはなれず、病院から処方されている頓服薬を飲む。本当は医者からも夜勤は辞めて欲しいって言われているが、俺にも事情があある。親が借金を作っているし、家計は火の車だ。長男の俺が働かないでどうするんだ。
「はは、擬態か……」
本当は鬱や発達障害の診断名がついていた。障害者手帳も持ってはいたが、そんなの免罪符にならない。こんな汚点はできるだけ隠し、ペットボトルの生産工場で梱包や検品、フォークリフトの運搬作業などをしていた。
時給は最賃に毛が生えた程度だった。夜勤もあるのでその手当てでどうにか家に生活費も入れていたが、フォークリフトの免許もちが評価され、先月、正社員になれた。給料も上がり、このまま擬態を続けないとな……。
そんな時だった。新しい契約社員が入ってきた。人手不足で離職率も高い我が工場。正直また、新人教育をするのかとため息が出そうだったが、擬態中なので仕方ない。無理矢理笑顔を作る。
「俺、一寸法師ってあだ名なんです。そう呼んでくれて構わないです」
そんな自己紹介をする新人、何か嫌な予感がした。この一寸法師くん、身体も小さいし体幹もしまりがない。姿勢も悪く、常に俯きがち。声もなんかハスキーで聞き取りにくい。
この雰囲気、精神科の待合室で見かける気がする。いや、擬態中だからそんな偏見があるのか。勝手に人を決めつけたらダメじゃないか。
俺はそんな思考を振り払い、ペットボトルの素材用のシートや段ボール箱について淡々と説明していく。
箱に入れる商品も一分あるが、畳一畳分のシートで区切り、ペットボトルを積み上げていく梱包状態も説明。
「なんか遠目だと大きなブロックっぽいですね。フタはないんですか?」
「フタは別工場」
「へぇ」
そう呟き、梱包が完成されたペットボトルを見上げていた。目は灰色。本当はまるっきり興味は無さそう。それにブルーのつなぎも似合わないなぁ。なんか違和感。
違和感は無理矢理押し込め、機械音が響くなか、シートの検品やクリーニング方法を説明した。
「タイヤ跡があるものは、このヤスリで綺麗にしてね。あとは剥がれている部分はトンカチで叩いて直して」
「わかりました」
正直、誰にでもできる簡単な作業だ。ただ量は膨大だ。一人でとにかく早くクリーニングするのが求められる。俺は出来上がったシートをパレットに乗せてフォークで運んだり、正直、新人の面倒を見ている暇はない。
「早くやってくれよ」
「わかりました」
こうして実際に業務に入った一寸法師くんだったが、畳一畳分のシートの大きさに苦戦。しかもシートのタイヤ跡も完璧に綺麗にしすぎている。そこは適当に流してやってほしいんだがなぁ。後にラインに流して、完成品として梱包する必要もあるし。
「もっと早くやって」
「わ、わかりました」
そう一寸法師くんは言っていたが、細い汚れが気になって仕方ないらしい。どうでもいい部分まで仕上げてしまい、生産性ガタ落ち。このシートの部門は俺と二人で担当の少人数制とはいえ、困った。
といっても資材部の上司に言うのもなぁ。真面目にやっていることは伝わってくるが、どうも優先順位のつけ方が苦手……?
なぜか急にコノハノムシの映像が頭に浮かぶ。そうだ、俺だって優先順位の付け方得意でもない。給料が入ったらギャンブルや推し活に溶けることもある。親も同等だ。借金もちのくせに、お金も生活も優先順位をつけて適切な管理が苦手。これは俺の主治医にも指摘されていたことで、服薬の管理方法などもアドバイスされていた。
「もしかして一寸法師……」
障害がある可能性がある。シートの汚れも多様性がありすぎると判断力も鈍いところがあるし、第一印象も精神病院の待合室にいそうだった……。
更衣室、休憩室、食堂にいる時の一寸法師くんも観察してみたが、その疑惑ますます強まる。ペットボトルの飲み方、箸の持ち方の癖も俺と似ていたし。
「まさか擬態中……?」
とある夜勤の日の休憩時間、他に誰もいない食堂で本人に聞いてしまった。
相手は目を丸くして驚いていた。友を見つけた隠れキリシタンってもしかしたらこんな顔だったのだろうか。
「そうだよ。福祉に絶望して、手帳も特性も隠してクローズで働いてる」
そう語る一寸法師くん、福祉よりも良い給料が出て幸せだという。これで毒親の元から一人暮らしができるかもしれないと無邪気に喜んでる。なんか聞いていて苦しくなってきた。
「お、俺も親の借金があって福祉の工賃ではとても暮らしていけないから……」
「そうか。あんたも大変だな。こんな状況でも神様みたいな人が見てくれていると良いな」
「あぁ……」
初めてこんな優しい言葉をもらった。今までは擬態するのに一生懸命で、まさか同じような友がいるとは知らなかった。
おかげで一寸法師くんとは夜勤の休憩時間、仲良くなった。確かに仕事は大変だったが、同じ擬態中の仲間だ。歳も近いし共感しかない。
ただ、一寸法師くんの擬態は上手くいかなかった。夜勤で体調を崩し、二次障害で鬱を併発してしまったらしいと聞いた。
「全く鬱とか適応障害とか甘えだよなぁ。今の新人はすぐ辞める。その上、傷病手当金まで申請して来たわ」
人事総務部の連中が一寸法師くんの話題で笑っているのを聞いてしまった。これは迫害か。でも今は擬態中だ。グッと我慢しながら、やり返さない選択を選んだ。こんな俺でも、変なところでは優先順位つけられるのが気持ち悪い……。
そうしてまた夜勤が明けた。朝の光、眩しすぎて目が潰れそうだ。
「あ、アリが死んでる……」
人に踏みつけられたらしいアリ、地面に亡骸が転がってた。擬態してもしなくても、あんまり変わらないかもしれない。




