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ギフテッド一寸法師〜何者にもなれない私たちの寓話〜  作者: 地野千塩


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ギフテッド一寸法師の支援者

 精神科の診察室って懺悔室みたい。感染症対策をやっているので、医師と私の間にプラスチックの板があるのも、それっぽい。そうか、私はメンタル病んだ人ではなく、罪人なのか?


「もう福祉職なんて二度とやりたくないですよ。まあ、利用者との関わりは大変でしたが、問題は運営の方ですよ」


 口から出る言葉は懺悔じゃない。ほぼ愚痴だが、精神科の先生はよく聞いてくれる。いかにもエリート女性っぽい雰囲気近寄りがたいが、有能そうだし。


「私、正社員で雇われていたはずなのに、なぜか契約社員になっていたんです。私のサインまで偽造してそういう待遇ってことにしていたようです。ボーナスは出ていたんですけどね。まあどっちにしろ低賃金でしたが、突然上から辞めろって言われて」


 涙声になってきた。福祉系の大学へ行き、一生懸命勉強して資格もとったのに、このザマだ。新卒カードも無駄にした。普通の大学に行けばよかった。五年前に戻りたい。


「それは違法よ。弁護士や社労士に相談した?」

「ええ。今、裁判中です。労災でも精神疾患になったことも証明されれば良いんですか」


 ここで医者は微妙な表情だ。労災では精神疾患の認定は難しいらしい。それでなくても認定に時間がかかる。社労士の手を借りて必死に申請したわけだが、残ったのは徒労、鬱、絶望感。


「あんなブラック福祉に勤めた私が悪かったんですかね?」

「そんなことはないわ。これは施設のが悪い」


 医者の言葉、ハチミツみたいに甘い。


「悪くないわ。ええ、そんな精神疾患にっなってまで働くべきじゃない」

「先生……」


 嬉しい。良い免罪符をくれた。


「福祉系の仕事には本当に絶望しました。もう特性があるっぽい人を見るだけで殺意が湧くわ」


 どうせここは懺悔室みたいなものだし、本音を言ってもいい。プライバシーは守られているし。


「利用者も今思うと、なんか嫌だった。恋愛やお金のトラブルを起こす利用者もいたし、障害者だからってピュアで善人ばかりじゃないの」

「それは健常者でも一緒でしょう? 色んな人がいるわ」

「そうですけれど、弱者の敵って同じ弱者なんですよね。今はもう絶望しかないですよ」


 鼻の奥は痛い。涙声も愚痴も止まらないが、医者は否定しないし、免罪符もくれる。


 こうしてズルズルと精神科に通いながら、何とか裁判も勝ち、労災も勝ち取り、転職活動も成功させた。今は大手の事務職で働いている。


「福祉系の仕事だったんでしょ? なんか聖人って感じ」


 上司は福祉に夢を見ているらしい。


「そんなことないですよ。ブラック福祉もありましたし、全員が全員聖人じゃないですよ」

「でも偉いなぁ」


 上司は精神障害者や発達障害者を「他害自害する暴れる系&癇癪系」と偏見を持っているらしく、余計に私を聖人化しているみたい。まいったな、精神科医には利用者の悪口ばっかり言ってたのに。


 私が聖人だという噂が流れ、正直困っていたが、まあ、いいか。おかげで営業部のイケメンにも好意を持たれてるっぽいし。今の給料は福祉の仕事していた時より、かなり良いし。福祉との待遇の差、雲泥じゃないの。


 福祉系の職員の離職率の高さ、しみじみと納得しながら、会社から家に向かって歩いている時だった。


「一寸法師くん?」


 かつての利用者にばったり出会した。変わった利用者だった。自分のことを一寸法師と呼んでほしいという。


 施設の中では意識が高く、遅刻も早退もせず、毎日来ていた。作業も真面目だった。確かに特性が足を引っ張ってはいたが、本人ができる努力は全部していただろう。


 ただ、それ故に他の利用者からが嫌われていた。陰でエリート障害者サマなんて呼ばれ、折り合いは悪かった。もっとも一寸法師くんも「障害を理由に甘えるな」なんて正論を言ってさらに嫌われるタイプ。


 バカだなって思ってた。私が止めたのに、簿記一級取ったり、正社員求人に応募しまくったり。たぶん、私、一寸法師くんのこういう性格が苦手だった。正し過ぎるというか。


「久しぶりね、一寸法師くん」

「ええ。今はもうすっかり福祉と足を洗って離れました。普通の人に擬態しながら働いています」

「へぇ……」


 やけに嫌味っぽい言い方。福祉も丸ごと否定しているみたいなニュアンスが伝わってくる。一応、その福祉はあくまでも訓練の場で、神聖な場所じゃないんだけどなぁ。工賃が安いのも、利用者の生産性に応じてる結果。生産性だけを求めたらついていけない人も一定数出てくる。そうなったら福祉じゃなく、一般的な企業と同じになってしまう。一発逆転できる打ち出の小槌ではない。最悪にならない為のセーフティネットだ。


「よかったね。私も福祉から足を洗って事務職で働いてる」

「そうか、それは何よりだな。お勤めご苦労様」


 福祉施設は牢獄みたいに言う一寸法師くん。あながち間違ってもいないような気がする。福祉施設だけでなく、この世のすべての場所がそうかもしれない。そうだ、私たちは全員、罪人。


 その後、私は結婚した。私を聖人と勘違いする営業部のイケメンと。私にはもったいないぐらいの彼だけれど、生まれた子供がなんか変だった。


「え? 身体が小さい? 話せない? え、なんか一寸法師くんみたいな……?」


 すぐに病院に連れていき、診断名もついた。将来的に福祉に繋げた方が良いと医者が言う。


「ええ、もちろん福祉に繋げますよ……」


 その方が良いだろう。せっかく診断名という免罪符もあるんだし。私や夫や育て方のせいとか言われたくないし、なかなか合理的な配慮だ。


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