ギフテッド一寸法師の名もなき男
「おじさん、いい加減にして。福祉に頼ったらどうなの。そんなホームレス生活なんて不便でしょう?」
俺は頷かない。そんなの嫌だ。実は今のホームレス生活が気に入っているから。
「プライド高いんでしょう? 人に助けてもらうのが嫌なんでしょ?」
勝手に断罪するなよ。勝手に人の人生を決めるなよ。うざくて仕方ない。
目の前にいる女、元福祉職の主婦らしい。近所に俺みたいなホームレスがいると知ったら、こうして説教に押しかけたという。
「なんで俺がプライド高いって思うんだ?」
「だいたいそうよ。福祉の手を差し伸べても、恥ずかしいからって受け取らないんだから」
「そうか? 俺はホームレス生活が好きだし、気に入っているんだが?」
「まあ、とりあえずパンやおにぎりとジュースをあげるわ。なんて素直じゃない人なのかしら」
主婦はコンビニの袋を押し付けると去っていく。確かに公園のホームレスに話しかけている姿、ご近所からの視線も気になったらしい。
「ッチ……」
舌打ちをするが、まあ、このコンビニの袋だけは受け取ってやってもいいか。面白いもんだ。こんなホームレスをしていると、勝手に食料を恵んでくれる人もいる。さっきの女みたいに説教がおまけについてくる時もあるが。
今は夏の終わりだ。風はいくぶん涼しくなってきたが、また誰かが俺に話しかけにいくる予感がしていた。
「あぁ、風か……」
不思議なことにホームレスになってから、風の向きや大きさ、音を感じていると、未来が読めるようになってしまった。天気もニュース見なくてもわかってしまったし、数分後に話しかけにくる人物も予想がつく。
地震や台風からも寸前のところで逃げ切れたこともあった。ホームレスのせいか、野生のカン発達してしまったのかもしれない。もはや人間というより、野良犬って感じだが、悪くないな。自由だし、このカンだけを使って生きていくのもいいじゃんか。かごの鳥なんか嫌だ。
「おじさん」
そんなことを考えていると、予想通り、俺に話しかけてくる男がいた。
男といっていいのか微妙だ。中学生にもおじさんにも見えるような風貌で、身体は大きくない。
「一寸法師か?」
頭に何かピンときた。そのカン、当たっていたらしい。目の前の男、自称一寸法師という。幼い頃からギフテッドだと言われていた。その分、障害もあって生きづらい。福祉に頼ってもうまくいかず、今は引きこもりになって親元で趣味の数学をやっているとか。
「そうか。福祉は安全だが、カゴの鳥みたいな気分だったんだろ?」
「おじさんはわかってくれるんですか?」
「あぁ。俺も上から目線で説教されるからな、福祉に繋がれって。何様だよ。どういう立場で断罪しているんだよって思うな」
「おじさんが羨ましいな」
一寸法師くんは灰色の目を伏せ、今の生活も苦しいとこぼす。確かに衣食住は保証され、好きな数学も思う存分できるが、母親からは「一生家にいて欲しい」とか「ありのままのあなたで良いわ」などと言われ、共依存状態だとか。
「今の俺はカゴの鳥だよ」
「一寸法師よ、旅にでよ。小さくても心は強い一寸法師だろう?」
ここで一寸法師くんは顔を上げた。
「もしかしたら姫に出会えるかもしれない。打ち出の小槌ももらえるかもしれない。あるいは神様みたいな人と出会えるかもしれない」
「そうですかね?」
「俺はホームレスになってやたらとカンが良くなった。あと髪もなぜか禿げない。悪いことばっかりじゃないぞ、外の世界は」
「傷つくことはないんです?」
一寸法師くんの目、なぜか少し光がさしてきた。
「傷つくのも権利だ。人間には傷つく権利、不幸になる権利もある。自由だ。他人がとやかく人の人生をジャッチする権利はない」
「おじさんは今、幸せです?」
「あぁ、自由でいる権利とホームレスでいる権利を行使させてもらってるからな」
俺がニヤリと笑うと、一寸法師くんもつられていた。引き攣ったような口元だったけれど。
「逆に守られる権利、福祉を受ける権利だってある。自由だよ、君の人生は。何を選んだって幸せだって思えばそれでいい」
「そうか……。うん、傷つくのも権利か……」
その後、一寸法師くんは引きこもりを辞めたと聞いた。親の共依存から抜け出すために、まずは就職を目指すという。
「親は大反対ですよ。全くウンザリします」
なんて文句を言っていた一寸法師くんの目、以前より明るくなってきた。
「可愛い子には旅をさせないとな」
俺がそう言うと、一寸法師くんは深く頷く。どうやら旅に出る覚悟はできたらしい。
また風が吹く。風向きは変わったらしいが、俺にも一寸法師くんの人生がどうなるかはわからない。野生のカンを持ってしても、他人のことはわからないみたいだ。




