ギフテッド一寸法師の赤の他人
息子が何か病気かもしれない。最近、スーパーの二階にある書店で、特性を持った子の話の本も読んだし、母親としてできることをしないと。
「そうですか。息子さんに発達障害か、精神障害の疑いがある……と」
駅前にあるメンタルクリニックに連れていく。待合室はせせらぎのヒーリングミュージックが流れ、明るく清潔な雰囲気だ。
診察室も狭いが、感染症対策のためか、プラスチックの板も置かれている。現代なのに、どこか中世教会の懺悔室をイメージさせるのは気のせいだろうか。
「ええ、たぶん、そうですよ。息子は勉強もできないし、集中力もないですし、落ち着きもなく……。早く医療や福祉につなげて、息子が行きやすいようにしてあげないと」
「そうですか……」
どうも医者の反応が鈍い。エリート風の女医だったが、目つきは肉食動物のよう。何度も息子の様子を確認し、学校や部活の様子を聞いていた。
そしてなぜか息子だけ待合室に返され、私と女医が二人っきりで話すことに。
「最近、旦那さんや旦那さんとのご家族の様子はどうでしょうか」
「えっ」
言葉に詰まる。今、夫との関係はよくない。家事の出来で何時間も説教をされるし、義母からも不出来な嫁だってバカにされていた。
それでも正直に言うつもりはない。そんなプライベートのことなんて。
しかし、どうも思っているのと違う。医者ってもっと優しいんじゃないのか。息子のことで苦労している私を労ってくれるような優しい言葉はくれないのか。それこそ免罪符みたいな言葉を。
肩透かしの気分だ。私はこんなに息子のことで頑張っているのに。どう見ても愛情深い母親のはずなのに。
「では次回から正式な検査もいたします」
「わ、わかりました」
「覚悟しておいてくださいよ。そんなあなた望む結果なんて簡単に出ませんから。免罪符は社会の事情であるだけのものよ」
「えっ、どういう……」
「次回の予約は再来週の……」
覚悟しておけってどういうことだろうか。やっぱり変な女医だ。診察室が中世教会の懺悔室みたいだと思ったのは、悪い予感がしたからだろうか。
そして診察室を出ると、息子の向かいに誰か座っていた。おじさんとも中学生にも取れるような顔立ちの男だった。身体も小さい。
「こんにちは。俺は一寸法師というあだ名だ。息子さんとちょっと話してみたよ」
「へ、へえ……」
その一寸法師という男、灰色の目で息子を見ていた。何か確認するかのような眼差しだ。
「俺は特性があり、福祉に繋げない親を恨んではいたが……」
一寸法師、なぜか昔話を語り始めた。
「俺の親みたいのも問題だが、息子をダシにしてかわいそうで健気な母親やっているのも大いに問題だよなぁ」
その声はとても小さく、何かの聞き間違いかと思った。
「息子さん、あんまり俺と同じ匂いがしないんだよなぁ。なんでこのクリニックにいるんだろ」
「な、何を言ってるのかわからないわ」
待合室のせせらぎのヒーリングミュージックが耳について仕方ない。
「まあ、健気で良い母親ってことで良いんじゃないですかね」
「本当に何を言ってるのよ……?」
なんなのこの一寸法師とかいう男は。気持ち悪い。その灰色の目も。
当然、私と息子はこんなメンタルクリニックさっさと帰った。
「健気で良い母親……」
家に帰っても、なぜかこの言葉が頭から離れない。
「あぁ、もう……」
忘れよう。あんな赤の他人が言う言葉、あたっているわけないじゃないの。私は耳を塞ぎ、目を固く瞑っていた。




