ギフテッド一寸法師の主治医
日本という国は、「普通」だったら生きやすいのかもしれない。無能過ぎても有能過ぎてもダメで、常に多数決の勝者に入れるような人間が求められる。
「え、いずみさんって医者なんですか。しかも精神科医……」
目の前にいる婚活相手、目をパチパチとさせ、驚いていた。
「え、ええ」
年収も嘘偽りなく申告すると、婚活相手、口元が引き攣っているじゃないの。
今日は婚活パーティーに来ていた。回転寿司方式で、とりあえず全員と話す機会はある。アラフォー男女向けで、なぜか女性の方が半額の設定。男女平等という日本なんだから同額にすればいいのに。
その後も男性全員と話したわけだが、私の職業や年収を聞くと引いていた。全く受けは良くない。医者でも内科医とか外科医なら良かったのかなぁ。精神科医っていうと、本心を見破りそうなイメージでもあるのかもしれない。そもそも我が国、鬱は風邪とかいいつつ、メンタルヘルス後進国と指摘されているし。今だに精神科医に来ることに抵抗がある患者も多く、手がつけられない状態になって初診にくる患者も知ってる。
結局、今日の婚活パーティーでマッチングはしなかった。いいなぁ、保育士とか看護師とかはすぐマッチングしているみたいで。
婚活の動画では、令和では自立している女のがモテるとか、派遣はやめて正社員になったらモテるとか言うアドバイザーも多いが、単にほどほどの「普通」な女性が求められているだけなんじゃないかと思う。それにいくら女性の社会進出といっても、自分より稼ぐ女は嫌いな男が多い。私みたいのが好きな男、金目当てのヒモ体質の男ばっかだったなぁ……。
「はぁ……」
婚活から帰ってきたら、どっぷりと疲れた。婚活市場で私のニーズは無いみたい。それに、結局一人でなんでもできてしまうから、心の底では男が要らないのかも。
「普通になりたかったなぁ」
メイクを落とし、鏡を見ると疲れた顔のアラフォー女がいる。子供の頃はこんな未来、想像していなかった。クラス替えみたいに自動的に結婚もできると思い込んでいたが、婚活の打ち出の小槌はないみたい。子供の頃に帰りたいな。あの頃は親の期待通りに勉強しているだけで良かったし、医学部に入っただけで親たちはパーティーまで開いて喜んでくれたのに。
「あーあ、普通の女になりたかったなぁ……」
そう、ほどほどの普通の女に。
これ以上考えていると、必要になりそうな抗うつ剤の種類が浮かび、さっさと寝ることにした。明日は早く起き、朝散歩して職場に行くか。
職場は駅前近くのメンタルクリニックだ。同じビルの中には塾、漢方薬局、派遣会社などが入っており、誰でも気軽に行きやすいはず。まあ、私は雇われだが、待合室にはせせらぎのヒーリングミュージックが流れ、明るく清潔な雰囲気作りは院長の方針だ。
診察室は狭い。私と患者が一対一で話すかたちだ。これも院長の方針上、感染症対策をやているので、プラスチックの仕切りも置いてある。こうして見ると、中世の教会の懺悔室みたいだなとも思ったりする。さて、今日の迷える子羊、いや、患者は誰だ。
「先生、俺、福祉作業所に行くのが嫌でたまりません。やってる内容もレベルが低くて、やる気のない連中に嫉妬されるし、エリート障害者サマって笑われた。やる気ない連中、いかに障害年金をとるか、生活保護をとる方法とかで盛り上がっているんですよ? 制度のバグですよ。怠け者のが福祉では生きやすいなんて」
この患者、目が灰色。病院が合わないと何回も変えてたが、なぜか私を気に入り、続けて来てくれてる。数学の才能はある。正直、数学に関しては私なんかよりよっぽどできるが、特性が足を引っ張り、障害者手帳をとり、今にいたる。あだ名は一寸法師。本人もそう呼んで欲しいと希望するので、私も一寸法師くんと呼んでいた。
「そうね。福祉も結局、色々と問題があるのよ。そもそも税金で運営しているから、限られたリソース内でやらないと。当然、手のかかる利用者、そうじゃない利用者で選別もあり、一寸法師くんみたいなタイプは手薄になるでしょう。一生懸命努力して遅刻や忘れ物も減らしてきたのにね」
「ですよねー、先生。俺の祖母とか、昔の家庭教師の先生とかさぁ、福祉に繋がればハッピーエンドみたいに言ってるけど、専門家に押し付けて臭いものに蓋しているだけじゃんって思う。生まれつきの障害だったら自分たちの教育のせいじゃないって何でも他責できるしな。まるで免罪符」
今日の一寸法師くん、目の色が余計に灰色だ。その上、こんな告白もしてくた。まるで神父に罪を告白する信徒みたいに。
「俺、福祉も障害手帳もやめようと思う」
「ちょ、待って。どうして?」
「福祉作業所で頑張っても報われなかったし。簿記一級とっても無駄だった。だったら、普通の人に擬態して生きた方がいいじゃんって思った。どうせ老後の年金にも期待していないですし、我が国の福祉制度は終わってる」
一寸法師くんは下を向いて告白を続けた。
「昔は俺のことを天才扱いして、福祉に繋げなかった母親を恨んでいましたが、今にして思うと、母の言うことはあながち間違ってなかった。どうせ福祉に行っても報われなかったのなら、親のすね齧りながら数学の勉強やった方がコスパいいよな。うちの母、案外先見の明があるかもしれん。ずっと毒親だって思ってたけど、俺、ネットの情報に毒されていたのかな、はは……」
私は何も言えない。
「そもそも福祉は親の存在ありきて設計されているしな。あの福祉作業所の低い工賃、子供の小遣いレベル。一生親に依存しながら暮らせっていう国からのメッセージに聞こえるよ。親は先に死ぬのに」
一寸法師くんの目は潤み、今にも涙が溢れそう。
こういう一寸法師くんのケース、珍しくはない。福祉につながっても、繋がった故の苦労に巻き込まれ、結局、引きこもりに戻るケースなども見てきた。
「でも、我が国で福祉を使わない選択は……」
福祉から溢れ落ちそうな一寸法師くんの未来。ありありと想像できてしまうが、主治医として言えることが思いつかない。
確かに医学的な病状はある。それが生きづらさにつながっているのも事実だが、病名も福祉に繋げるための「免罪符」みたいなところがある。これは患者本人の問題ではなく、日本社会は「普通」以外の人にニーズがない事にラベリングしている。「普通以外は要らない」なんて本音、「免罪符」で包んでおかないと臭すぎるんだ。
おかげで「普通じゃないのに免罪符もつかない」グレーゾーンが生まれるってわけ。この層が一番生きづらいはずだが、一寸法師くんはそれを望んでいるのだろうか。
その後、私も福祉に繋がることのメリットなども伝えたが、一寸法師くんの意思は固かった。聞く耳を持たない。いくら「免罪符」があっても、本人の自由意思が尊重されている限り、どうにもならない。
一寸法師くんは懺悔室みたいな診察室には来なくなった。その後の彼については全く知らない。仕事に追われ、一寸法師くんのことも忘れかけていた。
そして、今日もまた婚活パーティーへ向かう。相変わらず男性にはモテない。夜にお酒を飲む習慣の婚活相手に、精神疾患のリスクを話したが、嫌われてしまう。この場での私、一寸法師くんに似てるかもしれない。
「普通の女になりたかったなぁ……」
婚活から家に帰って呟く言葉、もうずっと同じだ。私も「免罪符」が欲しい。ありのままに生きていいっていう「免罪符」が。




