ギフテッド一寸法師の祖母
最近、胃が重いし、膝も痛い。これはもう歳なのだろう。
「お父さん。死後の世界はどうですか。本当に死んだら何も持っていけないのよねぇ……」
夫に先立たれて三年。田舎の広い家での一人暮らし、持てあましていた。その上、最近は体調も良くないし仏壇の前に座り、夫に話しかけることが増えてきた。
「孫の問題も死後に持っていけないのよね。それはいいわぁ。たぶん、孫の問題は私が死ぬことで解決でしょう。逃げ切りたいわ……」
黒い本音が漏れてしまい、思わず口を塞ぐ。あぁ、一人で暮らしていて良かった。娘や孫には決して聞かせられない本音だ。
私の孫、なんか変だった。言葉の習得も遅かったし、じっと座ってられない。忘れものも多く、思ったことは全部口にし、友達とトラブルになるのも日常茶飯事。最近は全く学校生活にも馴染めず、担任教師からも障害の疑惑があるので、きちんとした養育を受けさせようと何度も何度も面談に付き合わされていた。
「きちんとした養育ねぇ……」
正直、深く考えたくない。担任教師が言うように、福祉の専門家に丸投げし、臭いものに蓋をしたいのが本音。昔は孫みたいな子は「変な子」の一言ですんでいたのに、どうして今はそんな風に蓋ができないのか。
「ハァ……。お父さん、いやね。もう孫のことは考えたくない」
必死に子育てした。家族も支えてきたのに、このザマだ。
また孫の担任教師と娘と三人で面談がある。正直、行きたくないが仕方ない。線香といぐさの匂いがする家から、娘の家へ向かった。
孫の担任教師は若い女性だった。いかにも真面目そう。同時に変な正義感もありそう。青臭さがツンと鼻につく。
「このまま放置しておくと、一般のクラスでついていけなくて大変なことになりますよ。特性に合った教育をした方がのびのびと……」
「うちの息子が障害者だなんて言いたいんですか!?」
担任教師は正論を振り撒き、娘はキレる。確かに孫に障害があるなんて受容したくないが、もうウンザリ。これ以上、孫のことなんか考えたくない。
担任教師が帰った後、やんわりと娘に話す。
「あの子、福祉の専門家に任せるのがいいわ。それが一番救われるしハッピーエンドでしょう?」
「お母さん、一体何を言ってるのよ? あの子は天才なの。ギフテッドなの。本当に天才なのよ!」
だめだ。娘は聞く耳を持たない。絶対に福祉に繋ぎたくないという意志だけは伝わってくる。
「それにお母さん、福祉作業所では子供の小遣いみたいな賃金で単純作業をやらせるのよ。それが本当にいいことなの?」
「作業所に行くかどうかはわからないでしょ?」
「そうなったら、あの子、好きな数学が一生できないまま終わる可能性だってあるわ。本当にそれでいいわけ?」
「数学よりも生きやすくなる方がいいでしょ? 数学なんて趣味で十分だわ」
「それはあの子が決めることでは? 今は絶対数学をやらせておいた方がいい!」
だめだ。話が全く噛み合わない。娘の甲高い声を聞いていたら、頭も痛いし、具合が悪くなってきた。
「精神科医の先生、私もう本当に孫のことを考えるのが嫌です。さっさと専門家に預けて、しかるべき教育を受けさせてあげればいいのよ。それが一番安全なハッピーエンド」
おかげで私、精神科に通っていた。まあ、毎回数分程度の診察で、薬だけ出されて終わりだけど。薬を飲むと、孫のことなど忘れ、一瞬だけ楽になった。
「お父さん、孫の問題が本当にどうしたらいいんでしょうね……。娘はギフテッドとか現実逃避しているし、疲れました……」
線香といぐさの匂いが混じる家で、死んだ夫に話しかける。
「そもそも私、あんまりお父さんのこと愛していなかった」
あの時代、女は結婚だけが生きる道だった。今みたいに自分で稼ぐ方法はない。女医や教師になるか、性風俗に行くぐらいの選択肢の中、結婚だけが一番実現可能だった。生きるための結婚だった。
「その結果がこれか……」
虚しくて目元に涙が滲む。やっぱり愛のない結婚などしない方が良かったのかもしれない。
「お父さん、孫はどうやったら幸せになれますかね……?」
私みたいに生きる為の結婚という選択肢、孫には最初からない。それも現代では通用しなくなってきた。結婚相手にも稼ぎや家事能力、美しさなど多くが求められる時代。男も女もどっちも強欲で高望みだ。
「あぁ、もう考えたくないわ……」
孫のことを考えたくなく、精神科からもらった薬を飲む。一時だけは楽。現実逃避できるみたい。孫の問題も、一発で全部解決するような打ち出の小槌があればいいのに。
「まあ、でも私もそろそろお父さんのところに行くし。逃げ切るわ。あとは知らない……。私のせいじゃないし。全部生まれつきの障害のせいよ」
とりあえず、孫は福祉にさえ行けばハッピーエンドになるはずだ。どんなに投げやりなハッピーエンドでも、私はそれで構わない。




