【第二話】もう一度、人生を
十八歳で死ぬなんて……当時、僕は考えもしなかった。
なぜなら────明日は念願の高校卒業式で、あのクソみたいな三年間から解放されるのだから。
「明日がついに卒業かぁ……。あんなところから卒業できるなんて、めっちゃうれしいなぁ〜」
……なんて、呑気なことを考えていた。明日が来るのが楽しみで仕方なかったのだ。
高校生活は、正直楽しくなかった。友達と呼べる存在もいない。誰かと笑い合うことも、放課後に一緒に帰ることもなく、ただ学校に通い、授業を受け、家に帰る。そんな毎日を繰り返すだけの、退屈で少し苦しい三年間だった。
けれど、僕は最初から一人だったわけじゃない。
小学生の頃には仲の良い友達がいた。一緒に遊んで、くだらないことで笑って、何気ない話をする。当時の僕にとって、それはごく当たり前の日常だったし、ずっとこのまま続いていくものだと思っていた。
けれど、中学に進学してから少しずつ何かが変わり始めた。その友達には新しい友達ができた。そいつが新しい友達と楽しそうに話している姿を、僕は何度も見た。
もちろん、僕だって最初は話しかけた。以前と同じように話せば、また一緒に過ごせると思っていたから。
けれど、思うようにはいかなかった。
「なあ、今日一緒に帰らない?」
いつもなら、そんな一言で済んでいたはずだった。
「ごめん、今日はこいつらと帰るわ」
友達はそう言って、隣にいた連中と笑いながら教室を出ていった。
「そっか。じゃあ、また明日」
そう返したけれど、あいつはもうこっちを見ていなかった。
……別に、珍しいことじゃない。
そう思いながら、僕は一人で帰った。
何か決定的な出来事があったわけじゃない。大喧嘩をしたわけでも、絶交を告げられたわけでもない。ただ少しずつ、本当に少しずつ、僕たちは疎遠になっていった。
あの頃、何を考えていたのかは、もうよく覚えていない。ただ、僕の何がいけなかったんだろう、と思ったことはあった。
次に話しかければ、前みたいに戻れるかもしれない。
そんな期待も、どこかに残っていたのだと思う。
いつからだろう。人に話しかける前に、あれこれ考えるようになったのは。
今、話しかけても大丈夫だろうか。
変なことを言ってしまわないだろうか。
考えているうちに、話しかける機会を逃す。
そんなことが何度もあった。
''話しかけなければ、傷つくこともない''
そうやって一人でいることに慣れていき、いつしか誰かと話すことさえ怖くなっていた。
そして、そのまま高校に進学した。
新しい環境になれば何かが変わるかもしれない。そんな期待がまったくなかったわけじゃない。けれど、一度覚えてしまった恐怖はそう簡単には消えてくれなかった。
誰かと仲良くなりたいと思ってもどうすればいいのかわからない。相手の何気ない言葉を気にして、話しかけるタイミングを逃して、結局何もできずに終わる。そんなことを繰り返しているうちに、僕は誰にも心を開けなくなっていた。
だけど、そんな高校生活も明日で終わりだ。……卒業することが、まったく悲しくないわけでもなかった。やっぱり人間というもの、しばらく過ごした場所から離れるというのは寂しくなるらしい。それが、どんなに苦しい場所だったとしても。
「卒業式かぁ……お前、泣く?」
卒業の二か月前、クラスメイトから聞かれた質問が、今になって再び頭の中によみがえる。
「別に……」
低めの声で、僕はそう返した。あのときの僕は学校に対して大した思い残しもなく、ただ卒業の日を待っていた。……本当に、それだけだったのだろうか。
もし、もう少し人と話せていたら。もし、もう少し素直に誰かを頼れていたら。
そんなことを考えたことが、一度もなかったわけじゃない。それでも、過ぎてしまった時間は戻らない。明日からはもう高校生ではなくなる。ようやく終わるのだ。そう思っていた。
そんな冷めたことを言っていた過去の僕に、教えてやりたい。
お前が楽しみにしていた「明日」は、永遠に来ないんだぞ、と。
原因なんてどうでもいい。ただ、僕の十八年の人生はあっけなく幕を閉じた。
だけど、神様は僕にやり直しの機会をくれたらしい。
「あー……うー……」
おっと……そんな昔のことを思い出していたら、口から出たのは言葉にならない赤ちゃんの下手くそな声だった。いけない、いけない。せっかくもらった新しい人生なんだから、前世のことでしんみりしている暇なんてない。
今度こそ、誰かと笑い合えるかもしれない。
今度こそ、もっと違う生き方ができるかもしれない。
……まあ、そんなことを考えたところで、今の僕にできるのは泣くか、寝るか、ミルクを飲むかくらいなのだけれど。
それでもいい。今度は、最初から決めつけたりしない。
この世界で────楽しく生きてやる。




