12-3・闇の中
「尊人くん」
「うん」
障害は消えた。あとは、この世界に出現した異世界のバグを排除するのみ。振り返って、屋上に浮かぶ黒い塊に視線を向ける。
「あれ?」
先ほどまで浮かんでいたはずの黒い塊が無い。
「どこいった?」
「消えちゃった?」
排除されたくなくて逃げた?黒い塊って意思があって動くの?
真田さん、櫻花ちゃん、藤原くん、沼田さん、近藤くん、土方さん、皆で屋上のあちこちに分散して黒い塊を探す。
僕は屋上の手摺から身を乗り出すようにして、校庭にいる陽ちゃん達に「探してほしい」と大声で依頼をする。
「きゃぁぁっっ!」
おーちゃんの悲鳴が聞こえた!振り返ったら、数本の黒くて長い腕が伸びて、おーちゃんを掴んでいた!黒い腕は中庭に浮かぶ黒い塊から生えている!僕等と校庭から死角になる中庭側の校舎の影に隠れていたのだ!
〈ヨウコソ おーチャン〉
黒い塊が嫌な声を発する。
〈君ハ 僕ノモノ〉
おーちゃんは必死に抵抗するんだけど、長く伸びた手に引っ張られて黒い塊に引き寄せられていく。
「おーちゃんっっ!!」
駆け寄っておーちゃんの腕を引っ張るんだけど、黒い手の力が強くて引き寄せられない!真田さんがおーちゃんの手を掴んで手伝ってくれるんだけど、力負けをして、おーちゃんが離れていく!
「尊人っ!助けてっ!!」
複数の長い手に拘束されたおーちゃんの体は、屋上の手摺を越えて中庭側の空中に浮かぶ!土方さんも加わって、僕と真田さんと3人で手摺にしがみつきながらおーちゃんを掴み続けるんだけど、おーちゃんは徐々に引き離されていく!
辛い体勢で引っ張っていた土方さんの手からおーちゃんが離れた!小さい体を精一杯伸ばして手摺から落ちそうになる真田さんを、藤原くんと近藤くんが支える!
「くっ!このまんまじゃダメだ!」
助けてもらってばかりの櫻花ちゃんを、何が何でも助けたい。1年前みたく、目の前で失って泣くことしかできないなんて絶対に嫌だ。
「わぁぁぁっっっ!!」
櫻花ちゃんを掴んだまま、上半身を手摺の外側に出して、ブラークさんの剣を振り上げて、有りっ丈の魔力を込め、黒くて長いたくさんの腕に振り下ろした!
長い腕は切断されて、拘束を失ったおーちゃんが自由落下をしたので、必死になって引っ張って支える!
「おーちゃん!頑張ってっ!!」
「尊人っ!」
「尊人くん、あと少し!」
おーちゃんを掴んでる手に渾身の力を込めて引き寄せ、一緒に掴んでくれている真田さんに預ける。真田さんが両手でおーちゃんを掴んでくれた。藤原くんがおーちゃんの腕を掴み、土方さんがおーちゃんの腰に腕を回して支える。良かった、これでおーちゃんは助かる。
「尊人くんっっっ!」
「尊人っっ!!」
「おい、バカっ!!」
真田さんと櫻花ちゃんと藤原くんの怒鳴り声が同時に聞こえる。
「・・・あ」
先のことを考える余裕なんて無かった。おーちゃんが助かって「めでたしめでたし」ではなく、おーちゃんを引っ張った結果、おーちゃんと僕の位置が入れ替わって、僕の体は手摺の外側に飛び出していた。
僕の真後ろに黒い塊が浮かんでいて、僕の全身に黒い塊から伸びた腕が絡みついていた。真田さんと櫻花ちゃんが、必死な表情で僕に向かって手を伸ばす。僕も懸命に手を伸ばすけど届かない。空中に浮かび、みんなから引き離され、黒い何本もの線が僕の視界を塞ぎ、やがて黒以外が見えなくなる。
・
・
・
中学時代に冒頭だけ書いた僕が主人公の物語=統和の英雄。
太陽の子・織田櫻花を敵の先兵から助けたのがキッカケで、僕は人とは違う潜在能力を確信した。
続きの展開は、最初は反目気味だった仲間達と信頼関係が生まれるとか、徐々に大きな事件に巻き込まれて最終的には世界の平和を賭けた戦いに発展するとか、ライバルキャラとはお互いに認め合う関係なんだけど理想追及の為には相容れずに決着をつけるとか、様々な苦難を乗り越えて新時代を作った僕が統和の英雄と呼ばれるとか・・・
初期の技は武器強化。装備した武器に闘気を込めて強化をする。最初の戦いで、僕は無意識に武器強化をしていた。だから、ただの竹刀を殺傷力のある武器に変えて怪物を倒すことができた。この才能を見出されて、僕は櫻花ちゃんの守護者になる。
やがて、普段は柄しかないんだけど、闘気を込めると光の刀身を発する武器・フォースソードを獲得する。この剣は、僕の気合い次第で刃の長さや切れ味が変化をする。
最大の奥義は火の鳥を纏って突撃をするフェニックスアタック。かなり消耗するけど凄まじい破壊力でボス格を倒す。習得をするのはストーリーの中盤以降。
脳内では設定や粗筋が色々と浮かんだけど、部活動で疲れて余力が無かったり、文字化するのが面倒臭くて書かなかった。
「いや・・・違う」
続きを書かなかった明確な理由は解っている。
「多分、その頃から価値観が変わってきて、
“統和の英雄”のゴールが見えなくなったんだ」
凄い力を持った僕が悪を倒して、櫻花ちゃんと相思相愛になり、英雄として世界中の人々から称賛される。子供の頃は、そんな夢物語を想像した。
でも、現実では徐々におーちゃんとの距離を感じるようになって、届かない理想を妄想するだけで実際には何もできない自分に虚しさを感じるようになった。
「世界を救う英雄ってなんなの?」
日本史や世界史を学ぶ過程で、歴史の上で英雄と呼ばれる人達を何人も知った。凄い偉業を成すんだけど晩年は惨めだった人。カリスマ性で国を平定するんだけど亡くなった途端に子孫による骨肉の争いが始まって国が弱体化をする。若くして暗殺されたり戦死して「生きていれば英雄になれた」と評される。英雄扱いから逆賊や戦犯に格下げされた人。
統和の英雄(僕が主人公の物語)はどうなるんだろう?カリスマと才能を備えた僕が櫻花ちゃんと手を携えて世界を平和に導く。そこまでは良いとして、そのあとどうなるの?依頼永劫、僕の子孫が世界を統べるの?それとも、子孫には僕ほどの才能が無くて、平和なのは僕一代限りで、世界には再び権力争いが勃発するの?僕の子孫達が骨肉の争いをするなんて最悪じゃん。
そもそも論として、悪を倒す力に優れた人に世界の安泰なんて作れるの?戦闘能力と政治力は別物でしょ。世界中の人達は、凄い力を持つ僕を怖がらないの?僕は戦闘能力で世界を統治する独裁者になるの?カリスマ性だけが高くても、世界中の人を幸せにできなきゃ、みんなは納得なんてしないよね。
時代に選ばれた者は、その時代の終わりと共に去る。英雄が死後もずっと英雄として尊敬される為には・・・英雄のまま死ぬしかない。
ラスボスを倒すんだけど英雄も死ぬ。残された仲間達が争いで荒廃した世界を安定させて、その頂点に立った櫻花ちゃんが死後の僕に「統和の英雄」という称号を贈る。
僕は新時代に導くための犠牲になって「愛する人に世界の未来を託す」と言えば格好良いんだけどさ、要は僕では想像できない「面倒な部分は丸投げ」だよね。
妄想内で、そんなラストが見えたので、続きを書かなかった。
異世界転生や追放や現代ダンジョンが好きになれないのも、多分、根底は同じ。主人公が凄くて、偉業を成したり、周りからチヤホヤされるのは良いんだけど、そのあとどうなるの?死ぬまで偉業を成し続けてチヤホヤされるの?それとも、どこかの時点で、安泰に収まるの?世捨て人みたく隠遁するの?隠遁先で誰かに危機が迫ったら、「もうチヤホヤされたくない」と言って放置するの?それとも、見て見ぬふりをできなくて助けて、また周りから「凄い」って言われるの?
主人公に感情移入すると“主人公万歳”に慣れてしまったら安泰になんて収まれない。一時的な安息は良いんだけど、やがて新しい刺激が欲しくなる。みんなから“万歳してもらう”のが前提になってるんだから、目立たない一般人には成れないのは当然だよね。
周りの人はどうなの?主人公をチヤホヤした人達は、安泰に落ち着いた主人公を特別な眼で見ないの?主人公は死ぬまでずっと「凄い人」って眼で見られるの?それは安息ではないよね。
自分の偉業やチヤホヤに気付かない無自覚系なら刺激は必要無いんだろうけど、僕には「適応力が著しく低い=極端な世間知らず」「ヤバさを教えてくれる友達がいない=孤独」としか思えない。さすがに、その主人公には全く感情移入できなかった。
突出しすぎた力なんて要らない。その場しのぎの承認欲求のために一生分の安息を捨てるような力なんて欲しくない。
大活躍をできなくても、ふて腐れずに続けていれば、尊い物を手に入れられる。夢を忘れるんじゃなくて、叶える気のない夢に逃げることをやめて、頑張れば届く可能性のある夢を追いたい。普通の中で皆より少しだけ前に行けるように頑張るのが良い。それが僕の結論だった。
だから、統和の英雄(僕が主人公の物語)の続きは存在をしない。
・
・
・
「僕・・・なんで、今更、こんなことを考えているんだろ?」
僕は真っ暗闇の中で、どうでも良いことを思い出していた。あれ?これって、もしかして走馬灯ってやつ?
尊人の「櫻花への憧れ」と「勝手に空けた櫻花との距離」を『統和の英雄』経由で出した答えが、櫻花に全てを託して死亡するラストになる。




