表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界転生したら、弟が婚約者になりました  作者: くなぎ八重
第二章 赤き竜とオアシスの街
93/101

88話   昏き声の誘い①


 ムザが取引に応じ、ザヒールの身の安全が確保されたことで、一夜の騒動はひとまずの幕を下ろした。

 逃げるようにその場を後にするムザの背を見送りながら、マシューがぽつりと呟く。


「金輪際、ザヒールへの手出しはしない……そう言っていましたが、本当に信用できるんですかい?」

「ノクティリカとの約束さえ、反故にしていたような男ですよ」


 続けたのはアイゼンだ。彼は昼間、使用人たちからムザの悪行を散々耳にしていたため、なおさら信じ切れない様子だった。

 赤竜の核の件はもちろん、ムザにとってザヒールが疎ましい理由はほかにもある。この少年が、赤の部族の正統な末裔である――その一点だけで、彼にとっては目の上の瘤なのだ。

 だが、これ以上街の内政に踏み込むことはできない。ムザを街長の座から退かせるかどうかは、この街の、ひいてはザルカード王国自身の問題である。

 ルナリスは深く息を吐き、ようやく物陰から顔を覗かせたザヒールのもとへ歩み寄った。

 少年はリヒトやベルに砂を払ってもらっているところで、ルナリスの気配に気づくと、おずおずと顔を上げた。


「怪我はないみたいね」


 微笑むと、ザヒールはやや緊張した面持ちで頷いた。


「あ、ありがとうございます。皆さんも、たくさん助けてもらって……」


 深々と頭を下げる少年に、ティオがにかっと笑う。


「気にするなよ。ボクたちは仲間じゃないか」


 さりげない一言に、ザヒールの表情はぱっと明るくなる。

 その様子を見守っていたルナリスだったが、やがて少年と視線を合わせるように膝を折り、真剣な口ぶりで問いかけた。


「ザヒール。あなたは、これからどうしたい?」

「え……」


 大きな瞳が揺れる。

 ルナリスは、言い聞かせるようにゆっくりと言葉を紡いだ。


「異国の人間である私たちにできるのは、ここまで。けれど……本当の赤の部族であるあなたには、立ち上がる権利がある。ザヒールは、この街を……ムザを、どうしたい?」

「ちょっと! なにも今、そんな話をしなくたっていいじゃない!」


 ベルが小さな肩に手を置き、非難の声を上げる。

 だが、ルナリスは真っ直ぐに彼女を見返した。


「でも、私たちはここへ留まるわけにはいかないの」


 流浪の身として生きてきた少年に、あまりにも唐突な問いであることは、ルナリス自身も理解していた。

 しかし、彼らは異国の人間であり、自分たちは果たすべき使命を抱えている。この先ザヒールが「赤の部族」として立ち上がったとしても、側で支え続けてやれる者はいないのだ。

 ザヒールは肩に置かれたベルの手をそっと握り返すと、微笑んで首を横に振った。大丈夫、と伝えるために。


「たしかに、ぼくは赤の部族の末裔です。でも、この街のことをぼくは知らない」


 その言葉は正直で、偽りのないものだった。


「ムザは……悪いやつかもしれない。でも、焼けた土地をここまで復興させたのも、彼です。いやなことも多い街だけど……この美しさの中には、たくさんの人の想いが詰まっているように思うんです。ぼくは、それを壊したくない」


 その言葉どおり、フェニアは確かに美しい街だった。

 オアシスの水はどこまでも透き通り、塵ひとつ落ちていない通りには洗練された建物が立ち並ぶ。それは、ムザをはじめとする街の人々が築き守ってきた姿でもある。

 ザヒールは小さな拳を握りしめ、決意を宿した声を上げた。


「ぼくは、ぼくにしかできないことをやりたい。それは今、瘴気を消すことで……。誰かのためになるのなら、この力をもっと役立てたい」


 たどたどしいながらも、その言葉には力があった。赤の部族の末裔として正当性を示すよりも、ただ「誰かのためになりたい」と、まっすぐに言い切ったのだ。


「それがあなたの決意なのね」


 ルナリスは柔らかく微笑んだ。

 リヒトも頷き、手を伸ばして少年の頭をわしわしと撫でる。


「それじゃあ、俺たちと行こう」

「はいっ!」


 ザヒールの顔に、ようやく年相応の笑顔が咲いた。


 今後の方針を話し合うため、リヒトたちは宿を青の雫亭へと移すことになった。

 彼らが荷をまとめている間、ルナリスたちは戦いの後処理に追われる。

 マシューたちが退けた増援も含め、気を失って倒れていた私設兵を一人残らず診療所へ運び込んだ。治療費もきちんと払い、後腐れのないようにしておく。こちらに非は無いとはいえ、恨みを買って余計な敵を増やしたくはない。

 雇い主に見捨てられた兵士たちは、その心遣いに目を丸くし、やがて深く頭を垂れた。


「これに懲りたら、もう悪さしちゃだめよ」


 ルナリスの言葉に、彼らはしきりに頷く。しまいには女神でも拝むかのような眼差しで見送られ、ルナリスは頬を赤らめてそそくさと診療所を後にした。

 青の雫亭に着くと、入り口ではサフィナが帰りを待っていた。

 留守番を命じられていた彼女は、不満げに頬を膨らませながらも、無事な主の姿に安堵の息を吐く。


「おかえりなさいませ、ルナリス様」

「ただいま。リヒトたちはもう来ている?」


 ここで改めて合流する手はずとなっていた。

 問いかけに、サフィナは珍しく歯切れの悪い声で答える。


「えぇっと、今は……オズさんたちが……」


 言葉を濁す理由はすぐに知れた。ルナリスが部屋に戻ると、そこにはオズの他に、ティオとグレイスの姿があった。ということは、リヒトはベルと一緒にいるのだろう。


(ザヒールも一緒だろうし、気を遣わなくていいのに)


 胸の奥で、ひっそりと苦笑する。

 気にならないといえば嘘になる。けれど、つまらないことで嫉妬する自分を認めたくなかった。リヒトを信じていると口にしたのは、ほかならぬ自分なのだから。

 部屋の隅には珍しくゼファーの姿もあった。

 これまで人目を避け、オアシスの周辺で涼を取っていた黒狼だが、成り行きで宿まで連れ帰ることになったのだ。

 入り口を塞ぐほどの巨体に、宿の主人は初め大いに怯えた。だが、害はないと知るや否や、

 

「これほど立派な狼が泊まったとあらば、あの部屋にもさらに箔が付きますな」

 

 と、商魂逞しい笑みを浮かべた。

 ゼファーは負傷した兵を診療所へ運ぶ際にも大いに助けとなってくれた。


(あとでお礼をしなくちゃね。狼って、なにが好きなのかしら……)


 黒々と輝く毛並みに指を滑らせながら、ルナリスはそんなことを考える。

 答えは、リヒトに聞けばきっとわかるだろう。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ