81話 オアシスの街④
時を遡り、二日前。
ルナリスたちは、ザルカード王国側にそびえる国境の砦で休息をとっていた。
馬用に設けられた水飲み場には、砂漠を越えてきた商人の一行が立ち寄っていた。互いに挨拶を交わし、街道の様子や天候の移り変わりといった情報を交換する。こうしたやり取りは、旅人の心得でもある。
商人はエルドラで開かれる収穫祭を目指しているという。
祭りの開幕はひと月以上も先だが、その頃には全ての宿が満室になってしまうらしい。早めに部屋を押さえておくのが肝心なのだと、彼は笑いながら肩をすくめた。
「フェニアあたりでのんびりできりゃいいんだがね。だが、あそこは金がかかるし……何より、今はちょっと物騒でな」
荷馬車に座る妻と息子を一瞥し、商人は声を潜めた。
「物騒とは?」
ラセルが小首を傾げる。
「まぁ、あんたらにゃ関係ないかもしれんが――」そう前置きしてから、商人は続けた。
「なんでも、子供を探してるらしい。男の子だ。歳は……うちの息子と同じくらいだな。街長の私設兵が、血眼になって探してる」
家族を連れていたこの商人も、砦に来るまでの道中で兵に捕まっていたという。身分を証明し、息子が探し人ではないと信じてもらえるまで、丸一日も足止めを食らったらしい。
「男の子、ねぇ……どうしてまた」
マシューが訝しげに首を捻る。
「そこまでは分からん」商人は苦い顔をして肩を落とした。
「ひどい話だな。無関係の人間まで巻き込まれるなんて。災難だったな」
大袈裟な手ぶりで同情を示したのはアイゼンだった。
そのまま話の流れをつかみ、さりげなく街長の名を聞き出す。こうした情報収集は、彼の得意とするところである。
街長の名はムザ。フェニアを蘇らせた「赤の部族」の生き残りで、街の設立にも深く関わっているという。だが同時に、筋金入りの拝金主義者でもあった。
観光客が金を持っていそうだと見るや、徹底的に取り入り、宴を催させ、最後には法外な金を請求する。ムザにはそんな悪癖があった。
フェニアが今の繁栄を誇るのも、彼の辣腕によるものと同時に、そうした搾取の積み重ねがあるからだろう。
愚痴を一通り吐き出した商人は、どこかすっきりした顔になり、
「あんたらも、気をつけたほうがいいぜ」
と忠告を残して去っていった。
「おまえは、本当に話がうまいな」
ラセルが額を押さえて、苦笑混じりに夫へと視線を向ける。
アイゼンは得意げに鼻を鳴らすと、「人徳ってやつだな」と冗談めかして笑った。
商人の一件を耳にしたルナリスたちは、砦を後にしてからも道すがら話し合いを続けていた。
「ルナリス様、街長が私設兵を動かしてまで探している男の子って――」
「ええ……きっと、ザヒールでしょうね」
その推測に異を唱える者はいなかった。
商人の息子とザヒールは、年頃も近い。それに、赤の部族の正統な末裔である少年は、ムザにとって目障り以外の何物でもない。
「そのムザって男から、直接話を聞けないかしら」
ルナリスが提案するも、ラセルがすぐさま否定した。
「“なぜ男の子を探しているのか”などと問えば、逆にこちらの関わりを疑われてしまいます」
「じゃあ、おびき寄せちまえばいいんだ」
マシューが低く唸る。商人の話を聞いて誰より憤っていたのは、子を持つ彼だった。
大きな体に似合わず、家族への愛情は人一倍深い。
「あのおっさんが言ってただろ。金を持っていそうな相手に取り入るって」
「……つまり、私たちが上客になれば、ムザのほうから現れるというわけね」
ルナリスも手を打ち、納得する。そこで酒を振舞うなり取り入るなどして、話を聞きだせばいい。
だがすぐに、ラセルが現実を突きつけた。
「しかし、気を引けるほどの金は持ち合わせておりませんよ」
腰の袋を揺らすと、虚しい銀貨の音だけが響く。
宿代や物資を賄うには十分だが、贅を尽くすほどの余裕などない。
それはルナリスとて同じことだった。重い金貨は旅の妨げにもなるので、幾分かを手元に残し、あとはエレナに預かってもらっていた。
再び議論が振り出しに戻りかけたとき、サフィナがそっと手を上げた。
「あの……ルナリス様」
彼女は鞄の中から、両手に収まるほどの木箱を取り出す。金の縁取りに精緻な模様が彫り込まれた箱は、それ自体が立派な品だが、蓋を開けるとさらに眩い輝きが溢れ出す。
「これは……私の宝飾品じゃない。あなた、こんなものをいつも持ち歩いていたの?」
「だって、貴重品ですし」
サフィナは、主がいつでも着飾れるようにと宝飾品を携えていた。
ルナリス自身は華美な装いを好まないため、ほとんど使われることはない。それでも、侍女は常に備えていたのだ。ちなみにこれはほんの一部で、祖国の屋敷にはさらに大量の宝飾品が眠っている。
「荷物になるし、今度からは置いてきていいのよ……」
そうは言いつつも、今回ばかりは感謝しなければならなかった。
ノクティリカ産の特級宝石を贅沢に使った品々は、金貨の代わりとして十分すぎるほどの価値を放っていた。
「ひえぇ……平民なら、あれひとつで立派な家が建つぜ」
「さすが五大鉱脈家……」
アイゼンとマシューが目を丸くして囁き合う。それを横目に、ルナリスは装飾品のひとつを手に取ると、かざして状態を確かめた。
美しい音色が聞こえる。輝きには、一切の曇りも傷もなかった。
これならムザの目を引くに違いない。
一行は顔を見合わせ、決意を新たにした。
こうして、街長をおびき寄せるための一芝居が打たれることになった。




