76話 ふたつの道行き③
夜が訪れると、砂漠の気温は一気に下がった。乾いた砂は水蒸気を含まぬため熱を蓄えられず、太陽が沈んだ途端、昼間の熱はすべて奪われてしまう。
ザヒールの隠れ家で魂鎮めに関する情報を整理する一行も、皆外套を羽織って肩を震わせていた。
ランプの小さな灯りの下、ザヒールとティオ、そしてオズの三人は膝を突き合わせて石板を前にしている。
「もう一度、呪文を言ってくれ」
ティオに促され、ザヒールが口ずさむ。
「“アルヴァス・シェンヌ、クリアエル・リスラ。ドルメン、エッサル・ヴェイルン”――です」
「……荒ぶる、魂。導き、眠れ――だな。この“クリアエル”ってのは何だ?」
首を傾げるティオに、オズが自信なさげに口を開いた。
魔術の呪文のなかには、古代語が含まれるものもある。ノクティリカ出身のオズにも、僅かではあるが古代語の知識が備わっていた。
「お、おそらく……“輝くもの”という意味かと。例えば、宝石、とか」
「宝石ねぇ」
ザヒールの持つ石板をのぞき込むが、宝石を示すような印は見当たらない。
「やっぱり、何か別の道具が必要になるんじゃ……」
オズは石板を撫でながらつぶやいた。
「この呪文は、誰から?」ティオが問いかけると、ザヒールは祖父がよく唱えていたものだと答える。
「でも、祖父の言葉をそのまま覚えていただけで、意味を深く考えたことはなくて……すいません」
俯きがちな少年に、ティオが力強く言葉を返した。
「それでも十分すごいさ。だが――呪文ってのは、意味を正しく知ることでより強く働く。分からなかったなら、今ここで知ればいい」
感銘を受けたように、ザヒールは真剣に頷く。オズは「おぉ……」と小さな声をあげ、どこか感動したような表情を浮かべていた。軽薄に思えていたエルフの意外な一面に、驚いているらしい。
「なんだい、その顔は」
「いや……まともなことも言うんだなって」
「ボクはいつもマトモだけど!?」
軽口を叩く二人を、ベルがランプ越しに睨んだ。
「もー、うるさいっ! 静かにしてよぉ!」
叱られたティオとオズは、しゅんと肩をすくめる。
その横で、リヒトと女性陣は本や巻物を広げ、ひたすらに資料を追っていた。リヒトは読み終えた本を畳み、今度は巻物に手を伸ばす。グレイスは、ザヒールの祖父が残した日記を読み進めている。
ちょうど赤竜の襲撃が記された頁だった。
『街が赤竜に焼かれた。なにもかも終わりだ』
震えるような筆致に続けて、走り書きがあった。
『妻を神殿に連れていれば……』
惨状そのものは記されていない。だが、怒りや悲しみの感情が文字から滲んでいた。
グレイスは思わずため息をつき、天を仰ぐ。そしてふと、思いついたように声をあげた。
「ねぇ……お宝のある場所って、どこだと思う?」
不意の問いに、皆が顔を上げる。
「そりゃあ、迷宮とか、遺跡とかだろ?」
「そうね。それに……神殿とか」
グレイスの言葉に、ザヒールの表情がはっと変わった。次いで、リヒトたちも短く声を上げる。
ザヒールの祖父たちが難を逃れた神殿――。儀式に用いる道具を保管するならば、神殿はお誂え向きの場所だ。
「神殿はどこに?」
リヒトが問うと、ザヒールは少し考えてから答えた。
「フェニアの手前に崖が連なる地帯があります。たしか、そのあたりに……」
「じゃあ、まずフェニアへ向かおう。国境を越えてくるルナリスたちとも、そこで合流の約束だ」
頷きながら、リヒトは彼女の顔を思い浮かべる。無事だろうか。胸が会いたさに締めつけられる。
「ザヒール。君も一緒に来てくれ」
少年はぱっと顔を輝かせる。だがすぐに、翳りが差した。
「ぼくが、あの街に……」
偽りの赤の部族が支配する街へ足を踏み入れることを、恐れているのだ。
「変装すれば大丈夫さ」ティオが軽く言う。
「そうだよ。一緒に行こう!」ベルも力強く背中を押した。
二人の言葉に、ザヒールはきゅっと唇を結ぶ。そして決意を込めて顔を上げた。
「……はいっ!」
その瞳は、ランプの炎よりも明るく輝いていた。




