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異世界転生したら、弟が婚約者になりました  作者: くなぎ八重
第二章 赤き竜とオアシスの街
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68話   赤竜の討伐地①


 調査隊の旅が始まった。

 目的は赤竜の討伐地を突き止め、欠片の手がかりを得ること。与えられた期間はおよそ一月半。エルドラで収穫祭が幕を開ける、その日までだった。

 ただし、それは欠片の力が抑えられていることを前提としている。今は呪い封じの箱でなりをひそめているが、いつまた、あの不吉な欠片が力を振るい出すのか分からない。一刻も早い解明が求められていた。

 ルナリスたちが目指すのは、国境に広がる巨大な裂け目である。東の海岸線から西の山脈へと果てしなく延びるその断崖は、大陸を二つに分かたんばかりの姿をしており、まるで大地が怒りのままに引き裂かれたかのようだった。

 断崖の縁から覗き込めば、色を重ねた地層が幾重にも折り重なり、褐色や紅の岩肌が陽光に照らされては、まるで炎の残滓のように輝く。無数の亀裂や峡谷が入り組み、底へと流れ落ちる細い川は、遠くから見れば銀糸のようにきらめいている。風が吹き抜けるたび、地鳴りに似た轟きが足元を震わせ、自然の猛威を改めて思い知らされる。

 その南側には、乾ききったザルカード王国の砂漠が広がっていた。乾いた熱風が裂け目を越えて吹き上がり、視界をかすめるたびに、一行の誰しも水袋の重みを確かめずにはいられなかった。

 広大にして複雑、そして容赦なく過酷な地形。竜の痕跡を求めるには、あまりに険しい舞台であることを、誰もが理解していた。


「……こんな景色があるなんて。大地の歴史が詰まっているみたい」


 ルナリスは馬上から裂け目を見下ろし、思わず息を呑んだ。

 眼下に広がる景色は、ただ壮麗というだけでなく、底知れぬ威圧感をもたらす。大地が何千年もかけて削られ、穿たれ、今もなお生き物のように呼吸しているかのようだった。

 岩山に築かれたノクティリカでも、地層は見ることができる。だが、ここまで色鮮やかな光景ではない。白や黒、灰色といった故郷のそれと比べると、同じ大陸であることが信じられなかった。

 一方、隣で同じ景色を見下ろすリヒトの瞳は、輝きに満ちていた。

 

「すごいな……! 大陸が竜の爪で引き裂かれたみたいだ」

 

 声に抑えきれない高揚が混じる。恐れよりも好奇心が勝っているのだろう。少年の横顔には、未知へと踏み込む冒険者の顔があった。


「呑気ねぇ。ここから赤竜の痕跡を探さなきゃならないっていうのに」


 とは言いつつも、ルナリスも心の昂りを感じていた。

 初めて読んだときから夢中になった、冒険の物語。その舞台が、今まさに広がっているのだ。

 

「しかし、どこから探したもんですかねぇ」

 

 アイゼンが途方に暮れたように眉を下げる。鎧冑は外し、長い金髪をひとつにまとめている。その姿は幾分軽やかだが、照りつける日射しの下では誰もが同じだ。ラセルもマシューも、暑さをしのぐため軽い革鎧に着替え、額には汗をにじませていた。

 一行が思案を重ねる中、ただ一人、そわそわと落ち着かない様子を見せる影があった。オズである。

 

「さっきから落ち着きないですけど、どうしました?」

 

 サフィナの大きな瞳に見つめられ、オズは言葉を詰まらせる。そして「うぅん」と唸ったのち、ようやく口を開いた。


「あ、あるには、あるんです。ただ……」

 

 歯切れの悪い声に、仲間たちの視線が自然と集まる。促されるように、オズは続けた。

 

「簡易的ではありますが、あの欠片を使って探知ができるかもしれません。ただし、それにはルナリス様のご協力が必要で……再び影響を受けてしまう恐れもあります」


 言葉が落ちた瞬間、沈黙が広がった。

 リヒトも、サフィナも、誰一人として軽々しく賛同できない。ルナリスの身を案じているからこそ、決断をためらうのだ。

 ルナリスは頷いた。

 

「その方法を教えて、オズ」

「ルナリス……!」

 

 思わずリヒトが声を上げるも、彼女は引き下がらなかった。


「もしまた操られたとしても、私なら非力です。力づくで止められるでしょう」

 

 皆の役に立ちたいという思いと、一刻も早く謎を解き明かしたいという願いが、彼女の言葉を支えていた。

 ルナリスは仲間の顔を一人ひとり見回し、最後にリヒトへと振り返った。

 

「お願いね、リヒト」


 確かに彼女の言うことは理にかなっていた。広大な裂け目をあてもなく探し回るよりも、その方がよほど確実だろう。

 だが、ルナリスはひとつだけ思い違いをしている。

 ――力づくで止める、などと。

 リヒトには、彼女を傷つけることなどできはしない。たとえ髪の一本すら。

 それでも、逡巡の末、リヒトは静かに頷いた。

 ただ、この不安が杞憂であることを祈りながら。


 オズが探索用の道具を作ることになり、一行は昼食を兼ねて休憩をとることにした。崖を臨むなだらかな地面に簡易天幕を張り、その下で日射しを避けながら腰を下ろす。

 マシューの作った干し肉のスープをすすると、素朴ながらも塩味がきいており、汗をかいた身体に染み渡っていった。

 食事を終えるや否や、オズは早速作業に取りかかる。横で眺めていたルナリスは、彼がナイフで自らの掌に一筋の傷をつけた瞬間、慌てて制した。

 

「な、何をしているの!?」

 

 隣にいたサフィナも反射的に顔を背け、目をぎゅっと閉じる。


「僕の血を糸に馴染ませることで、魔力がなくても動かせるんです」

 

 彼の手元には、魔力を通しやすいという特殊な白糸。そこに赤い血がじわりと染み込み、鮮やかな色の対比を描いた。


「そんな……」

 

 責任を感じて声を失うルナリスに、オズはなんでもないことのように答える。締まりのない表情はいつもと変わらない。けれど、心配そうな二人の視線を受け、彼は少しだけ照れくさそうに笑った。


「だ、大丈夫です。傷はすぐに塞がりますから。それに……嬉しいんです、僕。こんなふうに、誰かのお役に立てるなんて、今までなかったから……」

「オズさん……」

 

 サフィナが思わず声を漏らす。

 オズは、リヒトから預かった小箱を手に取り、中の黒い欠片を取り出す。そこに、血で赤く染まった糸を括りつけた。

 

「ペンデュラムです。即席なので長持ちはしませんが……これが振り子となって、欠片の魔力を辿れるはずです」


 欠片が他者に影響を与えず、ルナリスにのみ作用することを踏まえれば、今の“寄生主”は彼女に他ならない。だからこそ彼女が手にすることで、この振り子は初めて力を発揮するだろう――それがオズの見立てだった。

 作業を終えると、サフィナがすぐに手当を施す。小さな切り傷ひとつに、やたらと厚く巻かれた包帯。その手を取って、ルナリスは深々と頭を下げた。

 

「本当にありがとう、オズ」

「い、いえ……!」

 

 オズは照れくさそうにボサボサ頭をかき、片眼鏡がずれ落ちる。思わずルナリスとサフィナは顔を見合わせ、小さく笑みを交わした。




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