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異世界転生したら、弟が婚約者になりました  作者: くなぎ八重
第二章 赤き竜とオアシスの街
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67話   手がかりを求めて③


『赤翼の災禍が、雄たけびを上げて翼を広げた。その姿は、まるで巨木が枝を広げるかのように大きく、アデルを圧倒する。両者は睨み合い、互いに悟った。次の一撃が、どちらかにとっての最期となるのだと。


 アデルは剣を構え、地を蹴った。赤き竜の口が開かれる。鋭い牙の奥から、炎の奔流が奔り出る。あっ、と息を呑んだときには、炎は目の前まで迫っていた。逃れられぬ死を覚悟したその刹那、強い衝撃が身体を突き飛ばす。


 自分にぶつかってきたものが相棒の狼だと気づいたとき、すでにその美しい銀の毛並みは黒く焼け焦げていた。


「おのれ!」


 嘆く間もなく、アデルは剣を振りかぶる。全身の力を込めた一閃が、ついに赤き竜の胸を貫いたのだった。


 南方の崖に巣食っていた災禍を屠る戦いは、七つの夜を越えて続いたという。多くの者が倒れ、そして最後に残ったのは、横たわる相棒と嘆き悲しむアデルの姿だけであった。


 悲嘆の声は天に届いたのか、一頭の神馬が遣わされた。死した獣の魂を冥界へと導く神馬は、黒く焼けた毛皮にふう、と息を吹きかける。その瞬間、魂は天へと昇り、やがて光となって消えていった。


 アデルは、天へと還る相棒の魂を、いつまでも見送っていた――。』




 別荘の一室で「さすらいの冒険者」を読み進めていたルナリスは、そこで静かに本を閉じた。


「……手がかりになりそうなのは、この部分ね」


 ほうと息を吐いた彼女の瞳は潤んでおり、それでいて表情はどこかうっとりとしている。隣で聞いていたサフィナも、同じように頬を赤らめた顔をしていた。ふたりがこの物語を大層気に入っているのだと知り、リヒトは苦笑を洩らす。


「で、でも、これでは詳しい場所までは分かりませんね……。南方の崖としか、記述がないのでは」


 女性陣の向かいに置かれたソファの端にこじんまりと腰掛けていたオズが、遠慮がちに口を挟んだ。彼の言う通りだった。炎蹄馬を思わせる記述こそあるものの、具体的にどこでの戦いなのかまでは分からない。

 もっとも、父王アーデルハルトに「赤翼の討伐者」という異名がある以上、この伝承が史実を元にしているのは間違いない。

「南方の崖なら、ザルカード王国との国境付近がそうだけど……なにぶん広いからなぁ」リヒトが腕を組む。

 

「そ、それなら、陛下に質問状を送ってみるのは……」


 オズの提案に、リヒトは首を横に振った。王都への道のりを考えれば、返事を待つより実際に探した方が早い。


「とりあえず、国境の崖沿いを捜してみるか」

「はぁ……どうかお気をつけて」


 どこか他人事のように言うオズに、リヒトは眉を上げた。


「何を言ってるんだ。オズも調査隊の一員だぞ」

「え、えぇっ!?」


 目を剥いたオズは、ずるずるとソファの背に寄り掛かる。


「ぼ、僕なんかいても、お役に立てませんよぉ……」


 弱音を吐くオズに、これまでルナリスと感想を語り合っていたサフィナが立ち上がった。


「またそうやって弱気になってる! 私とオズさんは、魔道具の箱に魔力を注ぐっていう大事な役目があるんですよ。ルナリス様のお側を離れるわけにはいきません!」


 きっぱりと言い切るサフィナに、ルナリスは申し訳なさそうに眉を下げた。


「ごめんなさいね、オズ」

「うん、よろしく頼むよ」


 王子とその婚約者に真顔で言われてしまっては、オズも抵抗の余地がない。

 こうして翌日からは、現在顔を突き合わせている四人に加え、ラセル、アイゼン、マシューの顔ぶれで、調査隊が動くこととなった。


「南に行くにつれて、日差しも気温も厳しくなる。……みんな、準備だけは怠らないようにしてくれ」


 リヒトの言葉を合図に、それぞれが旅支度のため部屋を後にした。


 宛がわれた部屋に戻ったルナリスは、旅行鞄へ衣服や必需品を丁寧に詰め込み、ようやく一息をついた。肩の力を抜いて窓辺に寄ると、薄いカーテン越しに夜気が忍び込み、肌を撫でていく。外を見やれば、別荘を囲む林の木々が黒い影となって連なり、その先に街の灯火が淡く揺れていた。

 ――もし、窓が北を向いていたなら。

 この国と故郷ノクティリカを隔てる山脈が見えただろうか。

 そんなことを思った瞬間、ルナリスは首を傾げた。なぜ今、故郷のことなどを思い浮かべたのだろう。感傷に浸るつもりなどなかったのに。

 もしかすると、新たな旅への不安が、無意識のうちに湧き上がったのかもしれない。その影が、郷愁として滲み出ただけなのだろう。

 そう自分に言い聞かせると、彼女はそそくさとカーテンを閉じ、ベッドへ潜り込んだ。

 今は考えるより、眠るほうがいい。明日からは、日差しも険しい、過酷な旅路が待っているのだから。

 やがて、静かな寝息が部屋に満ちた。夜は更け、闇は濃さを増していく。

 その闇の中で、不意に声が零れた。


 「……かえり、たい」


 かすれたその声は、眠りに落ちたはずのルナリスの唇から漏れたものだった。

 だが、瞼は閉じられたまま。眠り続ける唇だけが、再び震えた。


 「還リタイ」


 今度は、はっきりとした調子で。

 その声を聞く者は誰もいない。

 彼女の胸の奥底に潜む異変を告げる言葉は、静まり返った部屋の中で、冷たくこだました。




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