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異世界転生したら、弟が婚約者になりました  作者: くなぎ八重
第二章 赤き竜とオアシスの街
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104話  ひとときの休息①


「ルナリスさまぁ――!」


 神殿から戻った一行を迎えたのは、喜びと涙だった。

 リヒトたちがルナリス救出のために出発してから今日まで、サフィナはいても立ってもいられず、朝から晩までフェニアの門前で彼らの帰りを待ち続けていた。

 そして六日目。日が沈みかけ、砂漠の空が紫に染まり始めた頃――。遠くの地平線に、豆粒ほどの影が現れた。

 徐々に近づくその影がリヒトたちの一行であると悟った瞬間、サフィナはオズの制止も聞かずに、砂を蹴り飛ばして走り出していた。


「サフィナ、ただいま!」


 駆け寄った侍女は、ルナリスが手を伸ばすよりも早く、その身へ勢いよく飛びついてきた。

 二人は抱き合ったまま砂の上に転がってしまったが、ルナリスはそのまま泣きじゃくるサフィナの頭を優しく撫でた。


「ごめんね、サフィナ。心配かけて……」


 子供のように喉を詰まらせながら、サフィナは「よかった……よかった……」と何度も繰り返す。

 これほどまでに心配をかけてしまったことが胸に刺さるが、今はただ、この再会の喜びを噛みしめることにした。


「なかなかの大冒険だったようだね」


 声をかけてきたのは、エルフの青年ティオだった。

 リヒトたちの姿は、砂埃と汚れにまみれ、装備もところどころ擦り切れている。


「まあね。でも……こうして皆、帰ってこれた」

「お疲れ様。話したいことも山ほどあるだろうけど、まずは休んだ方がいい。キミ、王子様とは思えないくらいボロボロだよ」


 グレイスはベルのそばへ寄ると、彼女が担いでいた荷物をさりげなく引き取ってやる。

 騎士たちも、そしてザヒールも、目前に輝くフェニアの灯りを見てほっと息を吐いていた。


「ご、ご無事でなによりです、皆さん」

「オズも、留守を預かってくれてありがとう」


 オズは、未だルナリスにしがみついて泣き続けるサフィナを引きはがしながら、安堵の笑顔を向けた。

 彼もまた、ずっとサフィナに付き添っていたのだろう。その顔には、この場の誰より深い疲労が刻まれていた。


「サフィナ、行きましょう」


 ルナリスが手を差し出す。

 サフィナは、その温もりを確かめるように手を握り返し、また大粒の涙をこぼしながら歩き出した。


 青の雫亭へ戻ったルナリスたちは、旅の汚れを落とし、軽い食事を済ませると、まるで糸が切れたように眠り込んだ。

 砂漠での強行軍に、さすがのリヒトも疲れ果てたようだ。全員がそろって起き上がるまでに丸一日を要し、ようやく現在、宿の一室で豪勢な夕食を囲むことが叶った。


「やっぱりこの串焼き、うまいなぁ。フェニアを発つ前に、香辛料の店に寄ってみるか」

「俺たちも、あとでオアシスのあたりを散歩してみる?」

「私たちは観光に来たわけではないのだが……」


 革鎧を脱ぎ、ようやく肩の力を抜いた騎士たちが語り合う一方で、


「えぇ~!? あんたたち、こんな豪華な食事を毎日食べてたの!?」

「だって、頼まれなくても勝手に出てくるし……」


 ベルとグレイスは相変わらず賑やかで、周囲の空気を明るくしていた。


「サフィナ、あまり飲みすぎないでね」

「ルナリスが言うんだ……」

「そうですよぅ! 私はまだ一本目です。ルナリス様の帰りを待っている間、心配で心配で……お酒一滴喉を通らなかったんですからね!」


 空になった果実酒の瓶を前にごたつく三人を、オズとザヒールが微笑ましく見つめている。

 窓際では、ティオがリュートを奏でていた。その近くでは黒狼が丸くなり、尾をゆったりと揺らして音に合わせている。

 ようやく訪れた休息の時間は穏やかに流れ、酒も料理も空になった頃には、すでに深い夜の静寂が宿を包んでいた。


「──なるほど。その神殿で見つけた杖が、これか」


 リヒトからの報告を聞き終えたティオが、ザヒールの手元に視線を落とす。

 少年の手には、黒瑪瑙の杖がしっかりと握られていた。


「見たところ、魔道具のようですが……」


 ずれた片眼鏡を直しながら、オズが言う。


「そうなのか?」

「はい。でも、この杖が使えるということは――」

「ザヒールにも、魔力があるってことね」


 オズの言葉を継ぐようにルナリスが言った。

 魔道具は、使用者に僅かなりとも魔力がなければ起動しない。

 その事実を知らされたザヒールは、誰よりも驚いた顔をした。


「そ、そうなんですか……?」


 今まで魔術の類とは縁がなかったザヒール。だが、杖に触れたことで眠っていた魔力が呼び覚まされた――それがオズの推測だった。

 さらにこの杖は、ザヒール以外の魔力持ちが手にしても、反応を示さなかった。

 赤の部族、それも祈祷師の一族だけが扱えるように術式が組まれているようだ。


「なるほど。ムザが血眼になってザヒールを探すわけだ」


 ティオは肩をすくめる。

 開け放たれた窓からは涼しい夜風が吹き込み、オアシスの水面に映る街の灯が、ひとつまたひとつと消えていく。


「思ったより、長い旅になったね」


 リヒトは隣に座るルナリスへ微笑みかけた。

 ルナリスは金の髪を風に揺らしながら、気持ちよさそうに目を閉じている。


「そうね……。でも、まだ終わりじゃないでしょ?」

「うん。まだ、一番の大仕事が残ってる」


 ルナリスを蝕んでいた核の欠片は消えた。

 だが赤竜の巣に渦巻く瘴気は、いまだ残り続けている。放っておけば、炎蹄馬のような存在が再び生まれる可能性だってある。

 そして、ウォルフワーズに広がる瘴気も、まだ消えてはいない。


「二日後の朝、この街を出よう。それまでは、ゆっくり休んでくれ」


 リヒトの一言で、この夜はお開きとなった。




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