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異世界転生したら、弟が婚約者になりました  作者: くなぎ八重
第二章 赤き竜とオアシスの街
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103話  宝石の導き④


 それは、本当に小さな響きだった。

 耳を澄ませ、意識を研ぎ澄ませて、ようやく拾えるほどのくぐもった音。

 しかし、その微かな振動は確かにルナリスへ届いていた。

 宝石たちが告げる、導きの声が。


「まずは左足、脛のところにある緑の宝石を砕く!」


 ゼファーに陽動を任せ、マシューとアイゼンを呼び寄せると、リヒトは素早く作戦を伝えた。


「宝石……あの光ってるところですか」

「承知いたしました」


 二人は疑問を挟むことなく頷いた。リヒトが何かを掴んだのなら、その判断に従うべきだと理解している。


「魔石として使われている宝石は、通常よりも脆くなっているそうだ。切っ先で一点だけ、正確に狙え!」


 ルナリスは再び意識を集中させた。三人はすでに抜身の刃を手に走り出している。

 推察が正しければ、緑の光――ペリドットを砕けば、次の声が導きを示すはず。


「ゼファー、止まれ!」


 杖を咥える黒狼の動きを追っていた魔導人形は、ゼファーが急停止すると同時に間合いを詰め、巨拳を振り下ろした。

 ゼファーが身を翻した直後、拳は床を叩き割り、部屋全体を震わせる。だが、重く硬い巨躯は、すぐさま体勢を立て直すことができない。


「今だ!」


 ペリドットを砕いたのは、アイゼンの刃だった。

 切っ先は見事、埋め込まれた宝石の中心に突き刺さり、緑の輝きは粉々に砕け散った。


「次はトパーズ……右足の黄色!」


 ルナリスの声に応えたのはマシューだ。

 大柄な彼の武器は、突くよりも叩き切る攻撃に特化している大剣だ。右の脛に埋まった黄色の宝石を粉砕したのは、豪快な横薙ぎだった。

 両脚の宝石を奪われた魔導人形は、咆哮のような音を響かせながら崩れ折れた。

 しかし、まだ終わりではない。

 床に沈みながらも、腕をあがくように振り回し、暴風のような拳撃を何度も繰り出す。移動を封じても、近付くのは容易ではなかった。


「次は?」


 その声はルナリスのすぐ隣から聞こえた。

 ベルが愛用の槍を手に、息を整えながら立っている。


「ガーネット。左腕の赤い宝石!」

「ま、ちょっとはいいとこ見せないとね」


 軽く笑みを浮かべ、ベルはふたつ結びの髪を揺らして駆け出す。

 暴れ狂う拳を軽やかな足さばきで躱すと、巨体の隙間へ滑り込み、槍の穂先でガーネットを貫いた。


「リヒト! 右腕の紫──アイオライト!」


 言い終わる前に、紫の光が砕け散った。

 リヒトはすでに魔導人形の肩までよじ登っていたのだ。

 上方から振り下ろした一撃が、美しい菫青石に亀裂を走らせると、欠片はそのまま粒子となって消え失せた。


「最後は頭か」


 四肢の宝石を砕かれた巨体は、もはやただの岩塊に近い。


「最後は……額の黒曜石(オブシディアン)。砕いて! リヒト!」


 ルナリスの叫びに応えるように、リヒトは雄叫びを上げ、剣先を黒く輝く宝石へ突き立てた。

 黒曜石へ網の目のような亀裂が広がり、次の瞬間、砕け散った。

 同時に、石の巨人は支えを失ったように崩れ落ち、ガラガラと大きな音を響かせながら瓦礫と化した。



 

 魔導人形を撃破したリヒトたちは、階下の聖堂へと戻った。

 ザヒールの手には黒瑪瑙の杖がしっかりと握られている。その先端が、仲間たちの見守る中、静かにルナリスへと向けられた。


「ほ、本当に大丈夫でしょうか……」


 少年の弱気な声とは対照的に、ルナリスの顔には一片の迷いもなかった。


「大丈夫よ。それに、もしその杖で私の中の瘴気を払えるのなら、赤竜の魂鎮めだってきっとできるはずよ」


 黒瑪瑙は魔を祓う宝石。

 この神殿を満たす清浄な空気は、おそらくこの杖の力によるものだ。これがあれば、赤竜の巣に渦巻く瘴気を払うことも不可能ではない。

 まずは、杖が本当に瘴気を消せるのか確かめる必要があった。その役目を名乗り出たのは、胸に核の欠片を抱えたルナリス自身だった。


「やってみよう、ザヒール」


 ベルが小さな背中を軽く叩いて励ます。

 ザヒールは仲間たちの顔を一人ひとり見回し、決意をこめて頷いた。

 杖がルナリスへと翳される。


「――アルヴァス・シェンヌ、クリアエル・リスラ」


 謳うように流れ出たのは、不思議な響きをもつ古代語。その詠唱に呼応して、黒瑪瑙が淡く輝き始める。


「ドルメン、エッサル・ヴェイルン……!」


 呪文が紡がれるごとに光は強まり、遂には白い光がルナリスの身を包み込んだ。

 そして一瞬、眩いばかりの閃光が走る。


「ど、どうでしょうか……」

「……消えたわ」


 ルナリスは胸元にそっと手を添える。胸元に埋まっていた核の欠片は、霧散するように跡形もなく消えていた。

 少年へと向けられた菫青色の瞳には、喜びの色が宿っている。


「凄いわ、ザヒール!」


 思わず抱きついたルナリスに、ザヒールは顔を真っ赤にして固まったが、


 「本当にありがとう!」

 

 感謝の言葉を聞いた途端、照れたように笑みをこぼした。


「いつまでもくっ付いてるんじゃないわよ。婚約者が妬いちゃうでしょ」

「えっ!? いや、別に、俺は――」

「まぁまぁ。とにかく、良かったじゃありませんか」


 賑やかな声が聖堂に響き渡る。


「でも……よろしいのですか?」


 唯一、冷静な声をあげたのはラセルだった。


「この杖が神殿を清浄に保っていたのだとしたら、今後、この場所は……」


 それは、ルナリスも考えていたことだった。

 地下遺跡には、まだ多くの魔物が潜んでいる。

 もし杖の力が魔物を封じていたのだとしたら、杖を持ち去ったあとの神殿がどうなるかは、容易に想像がつく。


「ザヒール。きみは……どうしたい?」


 リヒトは少年に視線を合わせて問いかけた。

 ザヒールは、赤の部族に伝わる祈祷師の末裔。魂鎮めが祈祷師のみに扱える奇術ならば、この杖は、彼こそが持つべきものでもある。

 少年は迷いなく答えた。


「ぼくは……やっぱり皆さんの助けになりたいです」


 その声音には、幼さよりも強い決意が宿っていた。


「ウォルフワーズの瘴気を消す間、この杖を借りていきます」


 まっすぐにリヒトを見返す瞳には、揺るぎがない。


「でも……祖父たちの命を救ってくれたこの場所が、魔物でいっぱいになるのは寂しいです。だから、瘴気を消す旅が終わったら……この杖は必ず、ぼくがここへ返しに来ます!」

「そうか」


 リヒトの表情は静かに緩んだ。

 ザヒールは、この旅を通して確かに強くなった。仲間たちは、少年の成長を眩しそうに見つめていた。

 こののち、ザヒールは誓いを果たすために再び旅へ出ることになる。

 少年は彼自身の物語を新たに紡ぐことになるのだが──それは、もう少し未来の話である。




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