101話 宝石の導き②
見張りを交代で立て、短いながらも休息を取ったのち、ルナリスたちは聖堂の奥へと向かうこととなった。
暗く深い地下遺跡の入り口とは対照的に、奥へ伸びるアーチの先は澄み切った空気に満ちている。聖堂と同じ、いやそれ以上に神聖な何かが満ちているのを、誰もが肌で感じ取っていた。
先頭と殿を騎士たちが固め、松明の炎が揺らめく中、一行はゆるやかに続く低い階段を慎重に進む。
階段の壁には、精巧なレリーフがびっしりと彫られていた。
花冠を抱いた人々。果実の籠を掲げた男女。
彼らは、まるで今のルナリスたちと同じように、この階段を上っている姿で描かれている。
(かつてはこの神殿も巡礼者たちで溢れていたのかしら……)
そう思わずにはいられないほど、古代の営みが鮮明に残されていた。
「殿下、そろそろ上りきりそうです」
先頭のマシューが声をかける。
松明を手にしたリヒトは、思わず前へ出るようにしてマシューの隣に並んだ。
その表情には、少年のような好奇心が浮かんでいる。
階段を上りきった先に広がっていたのは、下階の柱だらけの聖堂とはまったく違う、簡素で静謐な空間だった。
四方の壁は整然と削られ、無駄な装飾がない。
ただ奥の壁にだけ、重厚な扉がひとつ。そして扉の両脇には、対になるように石を抱えた乙女像が静かに佇んでいた。
アイゼンとマシューが像や扉を調べても、結界や罠の類は感じられない。
「封印……でもなさそうだな」
「開けますぜ」
マシューがゆっくりと扉へ手をかけた。
石造りのそれは重そうに見えたが、意外にもあっさりと開く。
「~~っ!?」
途端に、ルナリスの耳に届いていた旋律が、ぐっと大きくなった。
美しく澄んだ調べ。
だが、こうも強く響けば、頭の奥が圧迫されるほどだ。
「大丈夫?」
リヒトが心配そうに眉をひそめる。
「ええ……歌が大きくなって、少し驚いただけ」
そう答えながら、ルナリスは視線を扉の奥へ移した。胸に埋まる核の欠片すら沈黙するほどの清浄さが、その先に満ちている。
「……行きましょう」
小さく息を整えて言ったその声を合図に、一行は扉の向こうへ足を踏み入れた。
部屋は真四角で広く、天井までの高さも相当ある。
松明の灯りが届かなくとも視界が確保されているのは、微光虫の青白い光が室内を満たしていたからだ。
壁には四方すべてに古代語のレリーフが刻まれ、中央には円形の台座。その上には、一本の杖がすっと立てられている。
しかし一行の視線を最初に奪ったのは、杖ではなかった。
台座の前に、まるで守護者のように鎮座する巨大な石像。
足を折り、腕を膝に置き、静かに虚空を見つめる石の人形。
その姿に、ルナリスは息を呑んだ。
「魔導人形……!?」
思わず声が漏れる。
それは、故郷ノクティリカで開発・運用されている魔導人形と瓜二つの姿をしていた。
「ゴーレム?」
「それは……ノクティリカで使われていたという……」
ルナリスの呟きに真っ先に反応したのは、リヒトとラセルだった。
その中でも、「使われていた」と過去形で語ったラセルの声音に、ルナリスは改めて彼女の知識の広さを思い知る。
そういえば、ラセルはノクティリカとも浅からぬ縁を持つと聞いたことがある。加えて、ウォルフワーズ騎士団の一員であれば、両国が今のような友好関係を結ぶ以前の歴史に通じていてもおかしくはない。
目の前の魔導人形。
かつてノクティリカが、魔術の粋を尽くし兵器として創り上げたもの。
現在では危険性が明らかとなり、兵器としての運用は廃されたが、国内の鉱山作業や運搬などにはまだ使われている。
「そんなものが、なぜここに?」
アイゼンとマシューは首を捻りながら石人形に近づいた。
ベルの背に隠れていたザヒールが、おずおずと声をかける。
「あ、危ないですよ……」
しかし、石の巨人はただ黙して動かない。
怖いもの知らずの二人が、折られた膝や足元を軽く叩いてみても、ぴくりとも反応しなかった。
「壊れてるんじゃないですかい?」
太い腕を組んで笑うマシューに、リヒトは即座に首を横に振る。
「いや。こういうのは、大抵――あの杖を取ったら動くんだよ」
ルナリスも、ラセルを伴って石人形へと歩み寄った。
「これは……魔力が原動力となっているのですか?」
「……ノクティリカのものなら、ね」
ルナリスは神妙な面持ちでゴーレムを見上げた。
確かに今は沈黙しているが、かつては確実に意志を持って動いていた気配を纏っている。
石の肌の奥に、まだ眠れる魔力が潜んでいるようにも思えた。
「それより、問題はこの杖ね」
ルナリスはリヒトの耳元に身を寄せ、そっと囁く。
「あの歌……ここから聞こえてるわ」
二人は同時に台座の上の杖へ目を向けた。
柄の部分は、二本の枝が絡み合ったような形状をしている。先端に向かうにつれ枝分かれはさらに細かくなり、その枝の中心に、艶めく黒い宝石が据えられていた。
「杖の先……黒瑪瑙ね」
黒瑪瑙――魔を祓うと古くから信じられてきた宝石。
他国にも広く流通している石ではあるが、目の前のそれは桁違いの大きさだった。人の拳ほどはあり、吸い込まれそうな深い黒を湛えている。
「ザヒール、こっちへ」
リヒトが呼ぶと、少年はベルの背後から恐る恐る姿を現した。
彼が杖へと歩み寄るたびに、歌声がさらに強く、鮮烈に響きはじめる。
「核の浄化に必要なのは、この杖じゃないのか?」
ザヒールの細い喉が、ごくりと鳴った。
ルナリスは額を押さえる。
彼女にだけ聞こえる旋律は、すでに痛いほど大きい。
(……まるでこの杖が、ザヒールを呼んでいるみたい)
少年は吸い寄せられるように、小さな手を伸ばした。
「ま、待って待って! それ、取ったら危ないんじゃ……」
ベルが慌てて声をかける。
「でも、この杖が浄化に必要なものだったら、俺たちはこれを持ち帰らないといけない」
リヒトはすぐに守れるよう、ザヒールの背後に控えた。
誰もが息をのむ。
同時に、全員の警戒が極限まで高まる。
そして、ザヒールの指先が杖に触れた瞬間。
バチッ――!
空気が裂けるような光が走った。
稲妻の奔流が杖からほとばしり、一直線にゴーレムへと注ぎ込まれる。
次いで、石の巨躯全体が白い光に満たされ、うねるように脈動した。




